スノードロップ(半兵衛)






げほごほ、と聞こえる。





遠くの部屋から廊下を伝って俺の部屋まで微かだけれど届く音。


彼女の命を少しずつ蝕む悪魔の音さ。




そんな彼女の音に、俺は微笑む。




彼女が少しずつ蝕まれてゆく姿に、高揚感を覚えて笑みを浮かべてしまうんだ。


こんな俺はおかしいのかな?





ねえ、燐?






「半兵衛」

「ああ、勘兵衛殿。どうしたの?」

「燐が呼んでいたぞ」

「ああそう。ありがとう」

「行かぬのか」

「うん?後で行くよー」



お気に入りの昼寝場所。


そこでいつものように横になっていると、音も立てずに勘兵衛殿が現れた。

勘兵衛殿から伝えられたのはいつもの燐からの伝言というか呼び出しで。



俺はいつものように勘兵衛殿の言葉を聞き流すとまた昼寝の体勢に入った。




「・・・燐が待っているぞ」

「(・・・まだいたんだ)うん、もう少ししたら行く」

「そう言って昨日も一昨日も行かなかっただろう」

「あれ、そうだっけ?」

「燐も燐よ。なぜお前のような男に惚れ込んでしまったのだろうな」

「さあ、それは燐に聞かないと」

「・・・そうだな」




今日はちょっと長かったな。


でも、もう呆れたのか時間の無駄だと判断したのか、勘兵衛殿は俺に背を向けていなくなってしまった。

見なくたってわかるよ、だって勘兵衛殿ったらわかりやすく足音立てていなくなるんだもん。

ほんの少ししか立てていないけれど、寝っ転がっている俺には振動が伝わってくるもんだからイヤミでしかない。



「・・・燐、もうここに来ないんだね」



燐は俺の婚約者。

・・・ううん、元婚約者か。


秀吉様の紹介でそれなりに円満に婚約したんだけれど、いざ結婚っていう前に燐は病にかかっちゃって破談。

可哀想に思った秀吉様は大坂城の一室に燐の部屋を作って燐は療養生活。

秀吉様もおねね様もみーんな甲斐甲斐しく燐がよくなるようにって面倒みている。


けれど秀吉様の慈悲も虚しく、燐の体調は悪くなるばかり。




もう、歩くことだって、


立つことだってできない。




「燐の嘘つき」





俺の寝ている周りは春になれば桜がいっぱい咲く名所と呼ばれる場所。

燐の体調がいい日は秀吉様の目を盗んで(といってもきっとバレてたけど)ここに足を運んでいた。

俺も燐もここの桜が大好きで。



・・・大好きだったから、ここであげるつもりだったんだ。



秀吉様も大賛成だったのに、嘘つき。

燐は嘘つきだよ。


だって、ここがいいねって言っていたのにね。



もう死んじゃうんだもん。


もうできないじゃんか。





「でも、俺も嘘つきだね」





燐は嘘つきだけれど俺も嘘つきだ。


燐ばかり責めて、俺のことはずっと隠して知らぬ顔をし続けてきた。



一番の大嘘つきは俺だね。





「・・・そうだなあ」




いっそのこと楽になってしまおうか。


そしたら君だって苦しまなくていいし、

俺だって君と一緒にいられるよ。



そうだよ、それがいい。




そしたら、彼女の悪魔だってもう彼女を蝕むこともないだろうし。





「・・・はは、もう少しだよ。燐」





ほんの少しだけ耐えてよ。

俺だってここでずっと待っているから。



楽になって、二人に笑顔が戻ったら。

もう一度、二人でここに来よう。








桜の木の下で、二人で祝言を挙げようね。










end

(あなたの死を望む)

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