スターチス(元就)
春の穏やかなひだまり
ぽかぽかと暖かくなる体
うとうとと遠くなる意識
「こら」
けれど、いつもここらへんで声が聞こえてくるもので、その先の夢の世界まではたどり着けないでいる。
「これはこれは、元就様」
「まったく。風邪をひいてしまうよ」
「うふふ、ごめんなさい」
「ほら、頬が冷たくなっているじゃないか」
陽の暖かさで体は暖まっていたけれど、風が冷たかったのか、頬は少しばかり冷たくなっていたらしい。
眠気でそんなことにも気付かなかったけれど。
「眠るときはきちんと布団で眠らないと」
「ごめんなさいね。もう若くもないのに、つい外でうたた寝しちゃったわ」
「昔から君は変わらないね」
「うふふ、あなたこそ」
彼にうたた寝を注意されたのは、今回が初めてなんかじゃない。
私が彼の元へ嫁いでから・・・いいえ、もっと前からだわ。
『燐殿。ここで眠っていたら風邪をひいてしまうよ』
『んん・・・あら、やだ。私ったらつい』
『ふふ、おはよう』
あのころはまだ、可愛らしい桃色の振袖なんかを着て、髪もすごく気をつかっていたからツヤツヤで。
毎日、お化粧をがんばって、いつもお菓子を食べてたっけ。
そして、お気に入りの縁側の柱で眠っていたんだった。
「君は昔から美しいままだ」
「あら、褒めても何もでないわよ」
「本当のことさ」
「ふふ、あなたの為ですもの。可能な限り美しくあり続けるわ」
「美しい髪も、可愛い顔も、お転婆な性格もそのまま変わらないね」
さらさらと私の髪を梳いては、私のおでこや頬に口付けを落としてゆく。
ふにゃっとした笑みはそれこそそのままで、何だかんだ言って私よりも彼の方が変わっていないのかもしれない。
「元就様」
「なんだい、燐」
「松寿丸様」
「(おや、懐かしい)なんだい、燐殿」
「元就様はあの時から変わらず、心配性ね」
「燐もあの時から変わらず、お転婆だね」
「うふふ、そんな私がお好きなんでしょう?」
「もちろんさ」
きっとこれから、
髪が白くなって、顔がしわしわになって、
おじいちゃん、おばあちゃんになる。
きっと、それでも私は彼を愛して、
彼も私を愛してくれるだろう。
「ねえ、久しぶりに城下にでない?」
「城下にかい?」
「ええ、お買い物」
「いいね。行こうか」
「決まりね。さて、おめかししないと」
「ふふ、楽しみにしているよ」
「着物は何色にしようかしら」
「そうだなあ、桃色がいい」
「まだ着られるかしら」
「大丈夫。君はずっと美しいよ」
思わず浮かれてしまう心。
桃色の着物に、赤い紅。
桃色の頬紅を少しだけつかってみて。
髪を櫛で丹念に梳かす。
いつぶりかしら、こんな娘さんみたいなことをしたのは。
「行こう、燐」
「ええ、元就様」
おめかししたのなんて久しぶり。
自然と弾む私の気持ち。
そういえば、あのときから変わっていないのもあったわね。
「やっぱり燐の手はちいさいね」
「元就様の手が大きいんですよ」
私の手を包む大きな手。
私の手を引く大きな手。
end
(永遠に変わらない心)
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