竜になった君へ(甘)






お題サイトDOGOD69様より









空のむこうで


今日もあなたは幸せですか



『おい、燐っ!わしがおうしゅうのおうとなったらわしのせーしつにしてやるぞ』

『ほんとー?燐とぼんのやくそくねっ』

『やくそくじゃ』



「−−−っ」


なつかしい夢を見た。

まだ私が3つか4つのころに交わした口約束の夢。

そのころはまだ、その約束がどんなに難しく、遠いものだなんて知らなかった。


幼く、無謀な夢。



「燐殿、そろそろ行きますぞ」

「はい、ただいま」


なぜ、今頃になってから夢など見るのだろう。

急がなくてはと支度をするものの、夢の映像が頭をよぎり身体は鉛のように重くなってゆく。


まだ、どこかで夢見ているのだろうか。



「これはこれは燐殿。先日の戦、たいへん素晴らしかったですな」

「いえ、恐れ多いです。貴方の軍略があったからこそ、私も奮闘できたのです」

「はは、また次も宜しくお願いしますよ」

「ええ」



−−−政宗。


いや、もう・・・政宗、様か。



「ささ、政宗様がお待ちですぞ」

「ええ、今行きます」


政宗様のために刃を振るわなくては、と自覚したのはあれから数年過ぎたころだった。

父に武士とは何なのかとか、一族全員が政宗様に仕えた武士であったとか、嫌というほど聞かされ、また嫌というほど鍛錬を積み重ねた。

気が付いたころには、手は豆だらけ、髪は短くツヤがなく、化粧や花嫁修業なんてほど遠くなっていた。

それに比例するように、男にも負けないくらいの力がついていった。


すべては、政宗様のために。



・・・そう言い聞かせて。



「政宗様、燐に御座います」

「うむ、入れ」

「失礼します」


もちろん、政宗様と私の関係も変わった。


「先の戦、御苦労。とても良い働きであったと聞いておる」

「ありがとうございます」

「これでまた天下へと近付いた。感謝している」

「政宗様の天下のためならば」


城主とそれに仕える将。

それ以外の何でもない。


よくある関係。



「して、燐」

「はい」

「次の戦じゃが、お前には先陣をきってもらうぞ」

「はい、必ずや成果をあげます」

「期待しておる」


代々、伊達家の家臣として尽力してきた九条家は、たまたま男が生まれず、生まれてきたのは女ばかり。

女当主が珍しいわけではなかったから、父上は姉妹たちの中から何故か私を選び、男にも負けない武と教養を身につけさせたのが始まり。

他の姉妹たちは、普通の女の子たちと同じように花嫁修業を終え、無事に嫁いでいった。私を一人残して。

修行を終えた私は、伊達家と最上家の戦において初陣を飾り、伊達家への奉公を改めて誓ったのである。

そう、目の前の、政宗様に。




『燐、後悔しておるか』




前に一度、政宗様は私に聞いてきたことがある。

女としての道に進み、女としての幸せを掴むことができずに後悔しているか、と。

その瞳はいつもの輝きや野心はなく、小さいころのあのときの梵天丸のようであった。


『後悔しておりません。私の幸せは、望みは、政宗様が奥州の王となることです』



私の模範解答のような言葉に対し、そうかとぽつりと溢した政宗様は、頭をたれたままの私の髪を撫で、静かにその場をあとにした。



言えるわけがないだろう。


あの、小さいころのやくそくが、私の幸せだなんて。

あのやくそくを叶えたいのが、私の望みだなんて。



「燐殿っ、燐殿っ」

「軍師殿?一体どうしたのですか、そんなに慌てて」

「政宗様が!敵による奇襲を受け、重傷です!!」


さらに時は過ぎて、雨がよく降る季節となった。

戦はどしゃ降りの雨のように苛烈さを増し、そのたびに私は戦場へとかり出された。

政宗様の天下のために。


「政宗様っ!」


そんな最中であった。

いつものように先陣を任せられ刃を振るっていると、聞かされたのは政宗様への奇襲。

あのお方は強い、でも。


途端に手足が震え始め、不安が立ちこめた。

必死に馬を走らせ本陣へと撤退した。途中でほら貝の吹く音が聞こえた、私たちの負け戦となった音だ。


「・・・」

「・・・燐か」

「ご無事でしたか」

「先陣を切ってお前を駆けさせたものの、わしが背後を取られるとはな。悪かった」

「いいえ、政宗様がご無事で何よりです。私にとっても、伊達軍にとっても政宗様がすべて、ですから」


ぽつりぽつりと溢す言葉を、静かに政宗様は聞いていた。

どこか遠いところを見ているかのように、静かに。


「燐」

「はい、政宗様」

「わしは奥州の王になる男じゃ」

「はい、政宗様ならば」

「いずれは天下を取り、奥州をさらに良き地へとする」

「はい、もちろん」

「そしたら、やくそくどおりお前を正室に迎える」

「はい・・・え?」

「なんじゃ。忘れおったのか、4つの時ぞ」

「・・・政宗様、覚えていらっしゃったのですか」



あの、やくそくを叶えたいと願っていたのは私だけではなかったのか。



「当たり前じゃ。奥州の王となり一人前の城主になったとき、お前を娶る」


ふと合った瞳は、とても力強い自信に溢れていて。

まっすぐに私を見る瞳に、あのときの梵天丸を思い出した。

なんだ、やくそくを交わしたときからこの人は変わっていないじゃないか。


「拒否権はないぞ」

「ええ、もちろん。政宗様も返品は聞きませんからね」

「うむ、当たり前じゃ」


任せておけ、自信溢れた笑みを浮かべた政宗様につられて私も笑みが思わずこぼれた。


きっと、奥州の王になれる。







結んだ小指と小指。

再び結んだ"やくそく"。



奥州の独眼竜が、王となる



三月ほど前のことだった。








end

(竜の決意)

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