その差はほんの僅かだというのに(甘)






お題サイトDOGOD69様より








「松寿丸、松寿丸」

「燐様、危ないから走らないで」

「もう、様なんてつけなくたっていいって言ったじゃない」



はずれにある湖。

僕たちの出会いはそこで、思い出もまたそこに溢れていた。

いつも煌びやかな着物を身につけていた燐。

その姿は湖に映えていて、いつ見てもとても美しかった。



「でも、義母上は燐様はとても偉い方だと言っていたんだ」

「義母様が?うーん、父上は立派な武将だから偉いのかもしれないけれど、私は私。あなたとおんなじだよ」

「けれど・・・」

「松寿丸は私の友達でしょう」


だから、私のことは燐って呼んで?

そう言って彼女は笑っていた。


そういえば彼女はいつも笑っていたように思う。

穏やかにうつくしく。



「松寿丸、背伸びたね」

「随分会っていなかったからね、そう見えるだけさ。でもそのうち燐も越してみせるよ」

「うふふ、楽しみね」


僕よりも背が高く、僕よりも大人の彼女は僕にとって憧れにも似ている存在だった。


近くて、遠い存在。




「松寿丸」

「おや、燐。随分なつかしい呼び方だね」

「うふふ、今朝方夢を見たんですよ。健気に私の後ろをついてくる松寿丸の夢」

「偶然だね、私も幼い君を追いかける夢を見たよ」

「あら、偶然ですね」

「燐、その偶然を記念してあの湖に行ってみないかい」

「奇遇ですね、私も同じことを考えておりましたよ」


あのとき私が握っていた小さな手は、今では私の手を包む大きな手。

あのとき私の後ろにいた小さな体は、今では私の前を歩く大きな背中。


ああ、こんなにも変わってしまったのね。


「どうしたんだい」

「いいえ、松寿丸もずいぶん大きくなったと思いまして」

「あのときは君の背を越すのが目標だったからね」

「あら、そうだったのですか」

「そうだよ。子どもらしい目標だろう?」

「ええ、とっても」


でも、陽だまりのような笑みは変わっていない。

穏やかなやわらかい笑み。


私の、松寿丸のだいすきなところ。


「お、見えてきた」

「松寿丸、松寿丸」

「なんだい?燐様」

「うふふ、もうっ、様なんてつけなくたっていいって言ったじゃない」

「そんな急いではころんでしまうよ」

「松寿丸じゃないんだから、大丈夫よ」


私の手を包んでいた大きな手を引っ張って、湖までの道程を小走りで進む。

あのときは遠い遠いと思っていた道のりも、大人になった私たちにはさほど遠くもなくって。

すこしだけ笑った。


「つかまえた」

「捕まえたもなにも引っ張ってたじゃないですか」

「だって燐は歩くのが早いんだ。昔も今も」

「だって嬉しくって、つい」

「ふふ、私もだよ」


目の前に広がるふたりの湖。

瞳をとじて耳をすませば、風の音が聞こえてきて、それといっしょにあのときの光景が頭に思い浮かんでくる。

いつもいっしょに笑っていたな、それは今もか、なんて。


「なつかしいね」

「ええ、とても」

「しばらく連れて来れなくてすまなかったね」

「いいえ、世の現状が現状ですから」

「でもこれからはいつでも来れる」

「もしかして、そのためのご隠居ですか?」

「ふふ、そうかもしれないね」

「今の言葉、輝元が聞いたらなんと言うのかしら」

「輝元には秘密にしないとね」

「ふたりの秘密にしておきますよ」

「そうしてくれると助かる」


いじわるそうな、でもやさしい笑みはなんだか童のときの元就様のようだった。

その笑みにつられた私も笑みを浮かべると、元就様もまた微笑んだ。


「でも、よかった」

「何がです?」

「君を守り通せた。そうでなかったら、せっかく大きくなっても損だったからね」

「そのために私を越そうと?」

「笑うかい?」

「いいえ、うれしいです」


幾多の戦を刻んだ体。


こんなに愛おしい君を守り通してみせたんだ、これ以上に幸せなことはない。


ずっと目標にしていた小さな私は、今、小さな君をすっぽりと包んでしまえるんだ。


君のあたたかさが私に伝わってくる。

自然と笑みがこぼれるのがすぐにわかってしまう。


「愛しているよ、燐」

「ええ、私もですよ元就様」



だから、どうか

ひと時でも長く近くにいて



いつか遠くにいってしまうときまで






end

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