残酷な、言葉だと思った。(微糖)
お題サイトDOGOD69様より
穏やかな昼下がり。
桔梗の花がひっそりと咲く其処に、貴方はいました。
「燐、燐はいるかい」
「はい、此処に」
「よかった。いないのかと思ったよ」
庭に咲く桔梗のようにひっそりと余生を楽しむやもめが一人。
表舞台で咲いていたころは謀将などと言われていたが、今では穏やかなただの老爺となっている(見た目はそのように見えないのだけれど)。
「屋根裏におりました」
「そんなところにいなくても、私の部屋にいればいいのに」
「元就様を敵より守るのが私の役目ですから、休んでなどおれません。第一私は忍です」
「私を狙うような物好きなんていないから大丈夫さ」
毛利が中国一の勢力となり、孫である輝元様に委ねる前からこの方はこの調子。
いつも穏やかに笑って、当たり前のように私を人として扱う。
屋根裏に忍ばず、並ぶことを良しとする数奇なお方。
主を守れない忍など、何の意味を持つのか。
常に主の御身を守ることが宿命であるのに。
「ご命令がないのであれば御免したいのですが」
「んー、君と話がしたかったじゃ駄目かな」
「私は貴方のお命を守る影、日の当たる場へそう出てはいけない存在なのです」
「それが掟なのかい」
「いかにも。我が一族の掟に御座います」
「そうか、困ったなあ」
寝癖のついて頭をがしがしと撫で、困ったような笑みを浮かべている我が主。
どうして。
私など使い捨ての駒にしかすぎないであろうに。
「燐、命令してもいいかい」
「はい、何なりと」
「これからお茶を淹れて団子でもつまもうと思うんだけれどね、一緒にどうだい」
「・・・はい?」
「困ったことに私は茶を点てるのがそんなに上手じゃあない。君の方が上手にできると思ってね、茶道はわかるかい」
「ええ、まあ人並みには」
「なら決まりだね。さあて、女官にお団子を買いに行ってもらおうかな」
書を読んですっかり固くなってしまったのかのびをしながら、廊下へと向かおうとしている主の背をしばらく見ていると、ようやくおかしなことに気が付いた。
「あ、あのっ、元就様」
「あ、よもぎは嫌いかい?」
「そうではなくっ、まさか今のが命令ですか」
「そうだよ?」
小首を傾げきょとんとした顔をしている、さも当たり前と言うかのよう。
「ですが、忍は忍らしく影であり続け、主を守らなければ・・・」
「一族の掟、というのは命令ですら破ってはならないのかい」
「申し訳ありません」
「でもね、それでも君を側におきたいと思ってしまうんだ。年甲斐もなくね、はは」
ああ、この人はどれだけ私を狂わせるのか。
捨てたはずの人の心が、胸を温かくする。
なんて温かい人なのだろう。
なんて残酷な人なのだろう。
こころが解ける音がした。
end
(とくり、とくり)
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