07:覚



あれからアルミンとはよく話すようになった。それこそ私が彼を意識する前のように、毎朝挨拶を交わしたり訓練の合間にお喋りをしている。
悟られたくないからって避けていてはまた誤解を生むことになる。だから少しずつでもアルミンと会話して仲良くなろうと努めているのだ。
相変わらずアルミンと目を合わせて話すのはドキドキするし、遠くから眺めている時間のほうが長いけれど、以前よりもぐっと距離が縮まったことは実感している。

そんな私たちの裏で、とんでもない噂が出回っていた。



「…………へ!?」
私が間抜けな声を出したものだから、ミーナはもう一歩私に近づいてきて私の目をしっかりと覗き込んだ。

「だから、名前とアルミンって今どういう関係なの?」
いや、二回言われてもやっぱりこの質問がどんな意味を持つのか理解できない。
「どういうって……普通の同期だけど……?」
「普通の同期……? いやいや! それはないでしょ!」
「ひぃっ……!」
目を釣り上げたミーナが身を乗り出してくる。一体何がどうなっているのだ!? 目をぱちくりさせている私に、ミーナはさらに追い打ちをかける。

「私が聞いてるのは、名前とアルミンが……その……付き合ってるのかどうか、ってことだよ」
「…………はい?」
だんだんとしりすぼみになっていくミーナの言葉は、別の言語のようだった。なにか言われているのはわかるけれど、一言一言咀嚼しないと意味が理解できない。

名前と、アルミンが、付き合っているのかどうか……。

名前っていうのは私の名前だ。つまり、私とアルミンが付き合っているのかどうか……? 付き合っているっていうのは、ちょっとそこまで付き合ってよなんて軽い意味じゃなくて、所謂彼氏と彼女の関係の付き合っているという意味? えっと……つまりどういうことだ?

「名前! ちゃんと瞬きしないと目が充血してきてるよ? というか息してる!? 大丈夫!?」
ミーナに揺さぶられたことで私はようやく正常動作を取り戻した。とりあえずパチパチと瞬きをする。目が乾燥して痛い。

「え、いや、あの、ちょっとよくわからないというか、とにかくアルミンとは同期で、あわよくばお友達と思われてたらいいなってくらいなので本当にそういう関係ではなく……」
「あぁ〜、わかった。よくわかった。ごめん私が悪かった。だから戻ってきて名前!」
頭が真っ白でほとんど酸欠のような状態で喋りながら後退る私をミーナが引き戻す。

「いきなりごめんね。最近名前とアルミンが噂になっててさ、私の目から見ても仲が良いし思い切って聞いてみたんだけど……名前は見てるだけで十分って感じだもんね」
「噂……!? というか私がアルミンのことをその……知ってたの!?」
何が何やらパニック状態の私を他所に、ミーナは何故かドヤ顔で強く頷く。
「もちろん。名前って本当わかりやすくてかわいいんだから!」
ななななななんてことだ……! ジャンが言っていたことは正しかったのだ。私がアルミンを盗み見ていたことは周知の事実らしい。穴があったら入りたい……今すぐに。



「おはよう名前」
「あ、お、おはよう」
せっかくアルミンから声をかけてもらったのに、私は目も合わさず挨拶もそこそこに彼から離れた。
昨夜あんなことを聞いてしまってまともに話せるわけもない。それに私自身も最近、特にアルミンと話している時に視線を感じていたことを思い出した。気のせいだと思っていたのだけど、あれは今思えば私たちの噂をしている人たちの視線だったのかもしれない。

どこか空いている席はないかとあたりを見回すと運良くアニの隣の席が空いているのを見つけた。ほっと胸を撫で下ろす。
「アニ、ここ座っていいかな」
「…………」
アニは私を一瞥して食事を再開する。これは勝手にどうぞって意味……だと思う。言葉はもらってないけどお言葉に甘えて隣の席に座らせてもらおう。
「今日の対人格闘術の訓練をお願いしていい?」
「あんたも懲りないね……」
アニは呆れたような顔をする。私の技術や筋力が伸び悩んでいても毎回付き合ってくれるのだからアニは面倒見がいい。その優しさについつい甘えてしまうのだ。


とにかく今日は身体を動かしたい気分だ。動いて動いて他のことを考えられないくらい動いて。本来訓練兵とはそういうものだ。さすがの私も訓練中は集中しているけれど、休憩中などふとした時に目の端に綺麗な金色が写り込んだりする。今日はそういうのもすべてシャットアウト。訓練兵らしく訓練にこの身を捧げる!



「はぁ……はぁ……アニ……もう一回、お願いします……」
「……いいけど、今日のあんたおかしいよ」
そう言いながらアニはいつもの独特の構えを取る。私も息切れになりながら構えた。
しかし、アニは子どもを相手するかのように私を放り投げた。地面が見え、隣で組んでいる訓練兵たちが見え、最後には空が見えて……この景色を見るのは今日で何度目だろうか。
息も絶え絶えに真っ青な空を見つめていると、急に青空を背景にしてアニの顔が視界に入ってきた。
「名前、あんたは基本的に何でも卒なくこなす方だけど、これだけはてんでダメだね。まず筋力が足りない」
アニからの直々のアドバイスだ。これは寝転んでいる場合ではないと急いで起き上がる。しかし身体中を地面に打ち付けていて漫然な動きしかできなかった。アニはそんな私に構わず続ける。
「だけどあんたは筋力をつけたとしても、対人格闘には向いてないよ」
「え……?」
「……あんたは人を傷つけられない。その度胸がない。相手が傷つくことも自分が傷つくことも恐れてる。本気でぶつかってるように見えるけど、あんたはいつも逃げ腰なのさ」

逃げ腰……アニにそう言われた瞬間、目に見えない縄で縛られたように身体が硬直した。その通りだ。逃げてばかり、自分を守ってばかりでちゃんと向き合おうとしない。
アルミンと仲直りできたのだって彼が動いてくれたからだ。私は機会がないからと自分に言い訳をして逃げていただけだ。今朝だって……。これじゃあ前と同じだ。

せっかく仲直りできたのに、私のせいでまたアルミンと疎遠になってしまう。そりゃあ突然避けられたら誰だって良い気分はしないだろう。今度ばかりは愛想を尽かされるかもしれない。

そもそもアルミンは噂のことを知っているのだろうか。もし知っていたら私に話しかけないだろうから知らないのかもしれない。
アルミンの耳に届く前にこの噂を鎮めるにはどうしたらいいのだろう。
やっぱり、噂が鎮まるまでアルミンとの接触を極力避けるほか手段はないのでは……。

いや、それでは前の私と同じだ。逃げるだけじゃ解決できない。これでは堂々巡りだ。何か策を考えないと……。

アニのおかげでそれに気づくことができた。アニに背中を押してもらった。もしかしてアニはそれをわかっててあんなことを言ったのではないだろうか。
「アニ……」
しかし、訓練場を出るアニの背中は既に小さくなっていた。




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