06:復



スーーハーー……スーーハーー……

書庫の扉の前で何度目かの深呼吸をする。
扉にかけられた手はなかなか動かない。

大丈夫、大丈夫。
落ち着いて、上手く話せるはず。

そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと扉を開けた。


中を覗き込むと、薄暗い書庫の窓辺に佇む金髪の少年が見えた。その綺麗な金色の髪は月明かりに照らされて輝いて見える。

私がその美しい光景に見惚れていると、不意にアルミンが振り向いた。慌てて中に入り扉を閉める。

「待たせちゃってごめんね」
「ううん。僕の方こそ、急に呼び出してごめん」
アルミンの顔は穏やかで、少なくとも怒っているようには見えない。

幾分か心が軽くなり、改めてアルミンと向き合う。

彼とは数日話していないだけなのに、随分と久しぶりに顔を合わすような感覚だ。
まだ緊張は解けないけれど、アルミンを前にすると不思議と上手く話せそうな気がした。自分は、逃げられない状況では腹をくくれる質なのかもしれない。

私とアルミンは月明かりが照らす窓のそばで向き合う。今日は月が明るい。

「名前、」
目の前のアルミンの心地よい声に顔を上げた。
「まずは先日のことについて謝りたいんだ。僕は名前に余計なことを言った。そのせいでキミを困らせてしまったよね、ごめん」

…………え?
予想もしなかった出来事に空いた口が塞がらない。
アルミンが、私に謝る?どうして?アルミンは私に余計なことなど言っていない。謝る必要なんかない。
むしろ……

「……むしろ謝るべきは私の方だよ。あの日、勝手に出て行っちゃって……ごめん。あんな態度をとっちゃって、ずっと後悔してた。数日前からアルミンに元気がないってミカサから聞いて、謝ろうと思ってたの。ごめん……」
「え!? どうして名前が謝るの。顔を上げてよ」
ゆっくりと顔を上げると、困ったように眉を下げるアルミンが私の顔を覗き込んでいた。

「ここからが本題なんだけど、もし名前が許してくれるならまた話したり、訓練をしたり、名前ともっと仲良くしたいんだけど……」
「も、もちろん! 私もアルミンと話したいし、一緒にご飯を食べたり訓練をしたり……もっともっと仲良くなりたい……!」
食い気味に自分の気持ちをぶつけてしまった。
だって、早くこの気持ちを伝えなきゃアルミンが遠ざかっていくような気がしたから。私が変な間を置いてしまうと、アルミンはきっと深く考えすぎて誤解が生まれてしまう。

私の必死な思いはアルミンに届いたらしい。
アルミンは緊張の糸が切れたように顔を綻ばす。
「よかった……」
安堵の息とともに漏らした声は思わず出てしまったというふうで、アルミンがどれほど緊張していたのかがわかる。
そんなアルミンの様子を見ながら、私もほっと息をついた。

おもむろに顔を上げたアルミンとバッチリと目が合う。
私の顔を見たアルミンは、目を細めてふふっと笑みをこぼした。
「名前とまたこうして話せるようになって本当によかった」
その瞬間、胸がきゅうっと苦しくなった。

不意打ちで輝かしいアルミンの笑顔を真正面から食らってしまった。
苦しさすら覚えて胸元を抑える。なんだその満面の笑みは。輝かしすぎてまともに見られたものじゃない。

「名前……?」
様子がおかしい私を心配したアルミンに顔を覗き込まれる。
「だ、大丈夫。なんでもない」
視線をあさっての方向に向けたまま片手を上げた。まだ心臓はバクバクと鳴っているけれど大したことではない。アルミンが輝いて見えるのは月が明るいせいだ、きっと。

アルミンがじっと私の顔を見ているものだからソワソワと落ち着かない。
「あれ、よく見たら名前の前髪に何かついてる……」
「え!? ほんと!?」
なんかすごい見られてるとは思っていたけどこれは恥ずかしい。もしかして夕食のパンカスがついてるのか!? 口元ならまだしも髪に!? 私はあたふたと手で髪を払う。

「えっとそこじゃなくて……」
そう言ってアルミンは無闇やたらに動く私の手首を掴んだ。突然のことに固まる私を良しとするように反対の手で前髪に触れる。
「うん、取れたよ」
アルミンは微笑んで手首から手を離した。
「じゃあそろそろ戻ろうか」

私は呆然としたまま出口へと向かうアルミンの背中を追って、気がついたらミカサたちが待つ自室の前にいた。
前髪についていたものを取ってくれたお礼を言ったっけ……? おやすみって言ったっけ…?


あまりにも衝撃的すぎた。
正気に戻って手首に意識を戻すと、顔が熱くなってくる。

アルミンに掴まれた部分にそっと触れる。そこにアルミンに触れられた時の熱を感じた気がした。同時に、アルミンの安心しきった笑顔や目があった時の顔を思い出す。
「あんなの……反則だ……」
赤くなった頬を冷ますように壁にくっついた。ヒンヤリとした壁にくっついて目を閉じるといくらか熱が引いてくる。

「……何をしているの」
「……ミカサ!?」
慌てて身体を壁から引き離すもミカサの不思議そうな視線からは逃れられない。
「あー……ちょっと暑いなって思って壁にくっついてた……。ヒンヤリしてて気持ちいいよ!」
「そう」
ミカサはそれ以上深くは追求してこなかった。ミカサのこの淡白な反応が今は嬉しい。

「アルミンとは仲直りできた?」
ミカサにそう聞かれて、ドクッと心臓が跳ねる。
さすが幼馴染だ。アルミンと私が気まずい雰囲気になっていることなんてお見通しだったんだ。だから今日私の帰りが遅くなってもミカサは部屋で待っていてくれたんだ。アルミンと私を仲直りさせようとミカサなりに考えてくれていたのかもしれない。
「うん。仲直りしたよ……ミカサありがとう」
ミカサの不器用な優しさが嬉しくて思わず抱きつく。ミカサはそれを甘んじて受け入れてくれた。ミカサのこういうところが大好きだ。


翌朝、いつもより早く起きて身支度を整えてからミカサと一緒に食堂へ向かった。
仲直りしたとはいえ昨日の今日なのでやはり緊張する。感情が昂ぶっていたこともあるけれど、うまく話せるかが気がかりで昨日はあまり眠れなかった。
立体起動の試験がある日くらいには緊張している。
「おはようエレン、アルミン」
「お、はよ!」
ミカサに続いて挨拶するも声が裏返ってしまった。こういうのは第一声が肝心なのに失敗した。
「はよ」
「おはようミカサ、名前」
エレンは私の声が裏返ったことに気づいているのかいないのか相変わらずいつも通りだ。対してアルミンは柔らかく微笑んで私とミカサを交互に見た。
本当……朝からこの笑顔を拝めて私は幸せ者だよ。


朝一からアルミンの笑顔パワーをもらって充電されたのかその日の訓練は順調に終わった。

「名前、今日はこの後なにか予定があるの?」
「アルミン……! えっと今日は、ジャンが掃除当番だから自主訓練もないし……予定は何もないよ」
「本当!? よければなんだけど、立体機動の訓練に付き合ってほしいんだ。最近の名前は立体起動が本当に上手くなったと感じていて……ってこんなこと僕が言える立場じゃないけど……」
「ぜひ! 私でよければぜひ!」
「……はは、よかった。じゃあ行こうか」
アルミン断ちをしていたからちょっとしたことでも舞い上がるほど嬉しいのに、いきなりこんなご褒美をもらってしまっていいのだろうか……。しかも何気に立体機動の技術を褒められてしまった。天にも昇るような気持ちだ。

しかし浮かれてばかりではいけない。自主訓練と言えど本気でやらなければ意味がないのだ。
私たちはお互いに意見を出し合いながら自主訓練をした。ジャンが相手の時のように一方的に技術やコツを教えてもらうのも身のためになるけれど、今日みたいに教える側に回るのも自分の技術の再確認になって良い訓練だ。


あっという間に夕食の時間になったので2人で食堂へ戻った。席はすでに多くの訓練兵で埋まっている。空いている席がないかと見回しているとミーナとアニの向かいの席が一人分空いているのを見つけた。アルミンも同じタイミングで別の席を見つけたようだ。
「今日はありがとう。また付き合ってくれると嬉しいな」
「こちらこそありがとう。願ってもない申し出だよ! 訓練頑張ろうね」

最後にアルミンの素敵な笑みを見届けた私は食事を持ってミーナたちの元へ向かった。席に着くなりミーナが身を乗り出して興味津々というように目を輝かせて私を見る。
「名前! さっきまでアルミンといたの?」
「え? そうだけど……」
「なんでなんで? どういうこと?」
ミーナの目がキラキラしすぎていて眩しい。彼女が何かを期待していることはわかるけれど、たぶんその期待には応えられない。
「一緒に自主訓練をしていただけだよ。アルミンの方から訓練に付き合ってくれって誘ってもらって、私も最近は弛んでたから本当に良い訓練になったの」
へへ、と緩く笑うとミーナは乗り出していた身体を元に戻した。
「なるほどねぇ……。うんうん! 仲良きことは美しきかな、だよね! アニ!」
「別に……」
ミーナの笑顔がニコニコというよりニヤニヤしているように見えるのは気のせいだと思いたい。

晴れ渡った青空のように清々しい気分だと食事もより一層美味しく感じる。私はそんなことを思いながらにっこにこ笑顔のミーナと相変わらず無愛想なアニと楽しい食事の時間を過ごした。


これから、別の悩みが私を苦しめるとも知らずに。




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