08:信



「アルミン! 今日の自主訓練はどうする?」
「ごめん、今日は当番だから無理なんだ」
「そっか、頑張ってね」
ある日の午後の訓練が終わったあと、勇気を出してアルミンに声をかけた。
しかしアルミンは申し訳なさそうに眉を下げて誘いを断った。当番なら仕方がない。

あれから私は噂をうまく鎮めるためにどうすべきかを考えた。それは、みんなと等しく話すこと。ミーナやミカサやエレンやジャンそしてアルミン、その他の比較的仲の良い訓練兵と等しく話す。そうすればアルミンに嫌な思いをさせることもなく噂も自然と消えるのではないだろうかと、そう考えた。

私にしては良い考えだと思っている。事実、ここ数日試してみて以前ほど視線を感じなくなった気がする。その視線もただの被害妄想だったという可能性もあるけれど、成果があったと信じたい。今日も等しくアルミンに話しかけ、等しく会話を終える。
変にドギマギしない、極力顔に出さない。大丈夫やればできるはず。
今も、アルミンに断られて残念という気持ちを顔に出していないはず。そして私が次に取るべき行動は……。
「名前、この後ジャンと自主訓練するの?」
「えっ……」
アルミンにズバリ言い当てられて驚きを隠せない。ハトが豆鉄砲を食らったような表情をしていたのだろう。アルミンはそうだよねと言って目を伏せた。

「自主訓練頑張ってね」
彼はそう言うと食堂へと去って行った。
アルミンが図星をついた理由も、どこか寂しげな表情をした意味もわからない。
アルミンは何を考えているのだろう。
私はどこかで間違えてしまったのか。
もうわからない。何が正解なのか。どうすればいいのか。



「おい名前! 聞いてんのか!?」
「あ、ごめん、バランスを取るコツだよね」
「そうだけどよ……」
ジャンの訝しげな視線が突き刺さる。
だめだ今日は全然集中できていない。原因ははっきりしている。アルミンとの接し方がわからなくなってしまったのだ。アルミンのあの憂いた表情が頭から離れない。

「今日はやめだやめだ」
「え! でもまだ数分しか経ってないよ……」
「やりたいなら一人でやれ。今のお前と訓練しても無駄だ」
ジャンが私に背を向けて装置を外していく。私はただその動きを見ていることしかできなかった。


自分の心も周囲の景色も色が抜け落ちたようにくすんでいる。
部屋に戻ると誰もいなかった。好都合だ。一人で頭を整理する時間がほしい。


巨人に支配されていたのだと思い出したあの日、私は取るに足らないことで友達と喧嘩した。友達と遊んでいたときに私のお気に入りの人形をその子がなくしてしまって怒ってしまった。いつもなら翌日には仲直りするような子どもっぽい些細な喧嘩だ。しかし、その翌日は永遠に訪れることはなかった。あの時私が怒っていなければ、すぐに謝っていれば、こんなに後悔することはなかったのに……。

逃げて逃げて逃げて。
硬い殻に閉じこもって身を守って。
もうあんな後悔はしたくないと周りに愛想を振りまき揉め事を起こさずに生きてきた。

いつ自分が死んでも誰も後悔しないように。
そして、仲間が死んでしまった時にあんな苦い思いをしないように……ずるい人間だ。

私は今まで誰かと真剣に向き合ったことがあっただろうか。いつも相手の反応を伺っている、それが私だ。そこに自分の意志はあるのだろうか。

自分に正直なエレンやミカサやアルミンを見ていると世界が輝いて見えた。私にとってアルミンたちが新しい世界への道標なのだ。
芯があって目標に向かって努力するその姿が私にはたまらなく眩しい。そしてアルミンの澄んだ瞳に見つめられて本音をぶつけられるとたまらなく苦しい。殻に閉じこもっている自分がひどく惨めだ。

ただ、殻を破って生身の私として向き合うには私はあまりにも弱い。失敗を恐れすぎている。それがまた同じ失敗を繰り返す原因になるかもしれないのに……。


「名前、ここにいた」
暗く深い穴に落ちていきそうな私に手を差し伸べてくれたのはミカサだった。
顔を上げると、微かに眉を下げるミカサが私の顔を覗き込んでいた。
「ミカサ……」
私の声はひどく掠れていた。
ミカサの顔を見ているとなんだか無性に泣きたくなる。涙が溢れ出る前にミカサが口を開いた。
「アルミンはああ見えて不器用だ。普段は器用に物事を片付けるのに、たまに不器用になってしまう。もっと自信を持てばいいのに」

ミカサは何を言っているのだろう。突然アルミンのことを話し始めた意図が汲み取れない。でも、私はたどたどしいミカサの話を一言も漏らすまいと食い入るように聞いていた。

「ので、わかってもらうことが必要だ。今それができるのは名前だけ」
「私、だけ……?」
「そう」
ミカサが力強く頷く。
そこで私の涙は貯蔵庫の許容量を超えた。勝手にポロポロと溢れてきて、抱きついたミカサの服を濡らした。
自分でも何故泣いているのかわからなかったけれど、ミカサは優しく受け止めてくれた。


すぐに泣き止んでミカサの服を丁寧に拭いてから食堂へ行くと、他の訓練兵たちはもう夕食を食べ始めていた。アルミンはエレンの隣でスープをすすっている。

ミカサが私を誘導するようにその席に着く。
私も一つ深呼吸をしてから席に着いた。

「おう遅かったな。もう食い終わっちまうぞ」
「エレン、口にパン屑がついてる」
席に着くやいなやミカサがエレンの口元についているパン屑をとってやるとエレンは子供扱いするなと怒った。
いつもの光景。
だけどどこか懐かしく感じるそのやり取りに目を細める。

「名前」
突然声をかけられて顔を前へ向ける。
正面に座るアルミンが困っているのか笑っているのかわからない顔で私を見ていた。
「ジャンとの訓練はどうだった?」
そう聞いてくるアルミンの顔が一瞬曇ったのを見逃さなかった。
どうしてそんな顔をするのかわからない。けれど、私は正直に答えるべきだと思った。アルミンは今どうしてか不器用になってしまっているらしい、私は言わずもがな不器用。ならば不器用同士、小細工なんかせずに正直にぶつかるしかない。


私は、目を伏せて首を横に振った。




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