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翌朝、あまり眠れていない頭を無理に働かせて食堂に向かう。今日も名字さんや王馬くんはいない。それどころか百田くんの姿も見当たらない。
春川さんは僕を見るなり切迫した表情で衝撃的な事実を告げた。


「百田くんが捉まった…!?」
僕の頭が徐々に活動を始める。1日の間に何が起こったというのだ。
「春川さん、どういうこと?」
完全に脳が動き始めた僕に、春川さんはことの顛末を手短に説明してくれた。


昨日、百田くんがサイバーな中庭に行くところを春川さんは偶然目撃した。彼の切迫した表情を不思議に思った春川さんは百田くんに話しかけたのだが、
「オレが王馬と話をつけてくる。安心してろよハルマキ。みんなで外に出ようぜ」
彼はそう言って中に入ってしまったらしい。後を追うか迷ったけど、春川さんは彼の任せろという言葉を信じて中庭の外で待っていたのだ。
しかしいくら待てども百田くんは出て来ない。しびれを切らした春川さんがエグイサル格納庫に向かって呼びかけるも物音すらしなかったらしい。


春川さんは瞳に暗い色を湛えて自前の小刀を握りしめる。
消息不明の名字さん、エグイサル格納庫から出てこない百田くんと王馬くん。

「ボクたちも確かめに行きましょう!」

「待って!」
キーボくんに続いて白銀さんたちも食堂を飛び出そうとするが、僕の制止の声でみんなの動きが止まる。
「エグイサル格納庫のシャッターはエレクトハンマーを使わないと開けられないよ。それ以前に警報装置がついているから近づけない…」
「警報装置なら、エレクトボムを使えばいい。あいつから奪った分がひとつある。あいつの首を絞めた時にさ…」
「……え?」
「さすがハルマキじゃなあ。それならばウチらはエレクトハンマーだけを持って行けばいいのじゃな」

違和感を覚えた僕を他所に、各々がエレクトハンマーを取りに行く。
「最原、あんたも百田を助けに行くでしょ」
春川さんはその場に留まったままの僕に暗く冷たい視線を向ける。
「も、もちろん…!」
今はとにかくエグイサル格納庫へ向かおう。
僕は違和感を取っ払い、春川さんに続いて走り出した。




「じゃあ、いくよ」
春川さんは狙いを定めてエレクトボムを投げる。僕はそれを見届けてからパネルにエレクトハンマーを振り下ろした。

ゆっくりとシャッターが上がっていく。

中から血生臭いにおいがした。
シャッターが上がるにつれてそのにおいはキツくなっていく。


僕たちが通れるくらいまでシャッターが上がった時、僕は、目の前に広がる光景を受けとめることに必死で、立ち尽くすことしかできなかった。

ピンポンパンポーンという間の抜けた音と僕らを嘲笑うモノクマのアナウンスで、またコロシアイが起こってしまったのだと理解した。


「そ、んな…」
みんなの顔が絶望に染まっていく。その視線の先にあるのはプレス機だ。
その横に誰かのエレクトハンマーが捨てられている。
そして、プレス機の隙間から、信じたくないものを見つけてしまった。

百田くんの制服

いや、制服があるだけだ。この血が百田くんのものだと決まったわけではない。

目をそらしたいけど僕らは捜査しなければならないのだ。
こんな状況でも…僕がやらなきゃ…。


「名字か!?」

覚悟を決めて歯を食いしばったとき、エグイサル格納庫の奥に入って行った夢野さんが大きな声で彼女の名前を叫んだ。
その名前を聞いた瞬間に心臓が大きく脈打つ。僕は弾かれたように声がした方へ向かった。焦燥と動揺で足がもつれる。


床に座り込んで項垂れた状態の名字さんは夢野さんに肩を揺さぶられているが反応はない。手には見慣れた市松模様のストールが握られている。


………僕は全身から血の気が引くのを感じた。
足早に夢野さんと名字さんに近づく。
助けを求めるように小さな声で僕の名前を呼んだ夢野さんと場所を交代し、僕は彼女を抱き上げた。


顔色は悪いけど、重く気だるげに開かれた目が彼女が生きていることを示している。
僕は思わず名字さんを抱きしめた。腕の中で、彼女のぬくもりと、とくんとくんと生きている音を感じる。
「ん……」
その時、名字さんが身動きをとった。彼女の顔をよく見ると、頬に涙の跡がある。

「名字さん…!」
「さいはら、くん…」
名字さんはゆっくりと掠れた声を出した。僕は名字さんの頭を撫でながら、そうだよ、と何度も頷く。
次第に名字さんの目が大きく開いてきた。
そして焦ったように辺りを見渡す。

「王馬くんはどこですか…?」

名字さんはそう僕に問いかけた。今まで見たことがないような彼女の真剣な眼差しを真正面から受ける。

「…………名字さん、立てる?」
「あ…はい」
僕は名字さんの問に答えることなく、両手を掴んで立ち上がらせた。急に立ち上がったからか、名字さんの身体がフラリと傾く。

「名字…?どうしてここに!?」
いつの間にか僕の背後に立っていた春川さんが掴みかかる勢いで名字さんに詰め寄る。キーボくんや白銀さんも騒ぎを聞きつけて来たようだ。

「は、春川さん…気持ちは分かるけど…」
春川さんは一瞬僕を睨むとすぐに名字さんの方に顔を向けた。名字さんは春川さんと数秒目を合わし、眉を下げてまた辺りを見渡した。


「えっと……王馬くんは…?それに…百田くんも…」
名字さんは泣きそうな顔でそうつぶやいた。問いかけというよりも、否定してほしいというような口調だ。
「いないよ、二人ともね」
春川さんは間髪を入れずに言葉を続ける。
「今度は私の質問に答えて。あんたはここで何をしてたの?どうして格納庫の中にいるの?あの死体は…誰のものなの?」

格納庫内が静寂と緊張に包まれる。
今の名字さんに聞くのは酷な質問のように思うが、ここにいる全員が気になっていること。全員の視線が名字さんに集まる。

名字さんはうつむいたまま徐に口を開いた。


「いろいろあって、王馬くんを探しまわってたんですけど、格納庫の前に来た瞬間にルーちゃんが異常な反応を示したんです。なのでエレクトハンマーを使って中に入ったらこのありさまで……」

名字さんは一度そこで間をおいた。その目は悲しみと慈しみが混じっていて、今にも涙がこぼれ落ちるのではないかと思った。

「どうやって警報装置をくぐり抜けてエレクトハンマーを使ったの?それと、そのストールはどうしたの?王馬くんのだよね?」
「…実は警報装置が作動していなかったんです。ルーちゃんがシャッターに近づいたことで気づきました。…このストールは、王馬くんからもらいました」

それだけを言うと名字さんは困ったように僕たちを見た。王馬くんのストールを胸の前でぎゅっと握りしめている。そこにはそれ以上僕たちが踏み込めない領域があった。

「そっか…。もう一つ聞きたいことがあるんだけど、いろいろあったって…何?」
名字さんが意図的に言葉を濁したのなら、この"いろいろ"が示す部分に何か隠されているのではないか。

名字さんは一度喉を潤すように唾液を飲み込み、僕を見据えたまま絞り出すように声を出した。
「えっと…実は王馬くんの交渉に失敗して逃げられちゃったんです。それで…その…謝ろうと思って探してたんですけど…。あ、そう言えばその時春川さんとも会いましたよね?」
「え、そうなの?」
「……うん。顔を合わせたのはほんの一瞬だったし、報告するほどでもないと思ったから言ってなかったけど、確かに昨日の午後に王馬を探してる名字と会ったよ」

僕は口に手を当てて考える。
交渉に失敗して探していた…か。春川さんにもその姿を見られているわけだから、王馬くんを探していたのは確かだろう。
しかし、何かが引っかかる。
名字さんが格納庫に行ったのは夜中…。王馬くんを探すにしてもそんなに時間がかかるものなのか?


名字さんを疑いたいわけではないけれど、誰も殺害現場に入れない状態で、中にいた人を疑わないわけにはいかないだろう。
現に、困ったような悲しいような、でも容赦のない疑いの眼差しが名字さんに向けられている。

それでも弁明もせず静かに眉を下げているだけの名字さんが何を思っているのかは、僕には分からなかった。





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