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最原くんたちに嘘をついてしまった。
王馬くんを探していたのは本当だけど、それだけじゃない。このストールも、王馬くんに手渡されたものではない。

私は王馬くんほど嘘が得意じゃないから、どこまで貫き通せるかわからない。
でも、やらなきゃ。
これで最後にするから。
私の、最後の嘘だから。

ここで終わらせる。



王馬くんも百田くんも不在のまま学級裁判が始まった。議題はもちろん私について。
王馬くんの考えも、意図も、生死もわからない今、下手に動けない。今は慎重に丁寧に質問に答えることに徹しよう。

「まずは名字さんが裁判の前に説明してくれたことをおさらいしておくよ。名字さんは王馬くんも一緒に外に出るように説得したけれど、王馬くんはそれに応じなかった。ショックを受けた名字さんは暫くして王馬くんを探し始めて、その最中に春川さんと百田くんに会ったんだね。そして格納庫に行った時、名字さんのラットによって異変に気づいた……。ここまではいいかな?」
「はい。その通りです」
「……うん。それで、名字さんはエレクトハンマーを持って格納庫に行ったわけだけど、プレス機の横に落ちていたエレクトハンマーは名字さんのものだよね。警報装置が作動しなかった原因はわかる?」
「それは私にもわからないです……」

最原くんの質問に淡々と答えているように見せているが、私は手の震えを抑えるのに必死だった。最原くんを相手にするとこんなにも恐ろしいなんて思わなかった。裁判中の彼の瞳は、普段とは違って鋭く光っている。
自分を落ち着かせるように王馬くんのストールに触れた。


「名字さんの行動は最原くんのおかげでなんとなくわかったよ。私としてはあの死体が誰なのかが地味に気になるかな」
「あれは百田じゃろ。プレス機にヤツの制服が挟まれていたからな。だとすると王馬はなぜ出てこんのじゃ」
「いや、まだ百田くんと決まったわけじゃ……」
「あれは百田だよ。プレス機から百田の制服がはみ出てたのを見たでしょ? それに、首謀者の王馬が死んだなら学級裁判は開かれなかったはず」
「ちょ、ちょっと待ってください! みなさんも王馬くんが首謀者だと思ってるんですか?」
私はみんなの自然であり不自然な反応に目を剥いた。
まさか全会一致で王馬くんが首謀者に仕立て上げられているなんて想像もしていなかった。最原くんまでもがそうだと信じて疑っていないようだ。

「名字さんはあのライトを浴びていないのでしたね」
「ライト……」
「思い出しライトと言って、その光を浴びると欠けていた記憶の一部が呼び戻されるライトがあるんだ。モノクマが用意したものだから怪しく思ったんだけど、記憶が戻るなら試してみようっていうことになって……」
「おかげでほとんどのことは思い出したのぉ。ウチらが希望ヶ峰学園の生徒ということ、絶望の残党から逃れていたこと、そして、王馬が絶望の残党だということも」
夢野さんの言葉を聞いて私はむっと眉をしかめる。
「王馬くんはそんな素振りを微塵も見せませんでした」
「私たちは彼のお得意の嘘で騙されてたんだよ」
「名字、信じられん気持ちも分かるが確かにウチらは思い出したのじゃ」
こんなの嘘だ。私が見てきた王馬くんの印象とは全く違う。王馬くんは酷いこともするけどこんなコロシアイゲームを企むような人ではない。
だって彼は人を殺さない、かつ、笑える犯罪を企むDICEの総統なのだ。
納得のいかない私を他所に、話題は王馬くんの所在へと移る。

「王馬クンは今どこにいるのですか? この学級裁判は全員参加なのですよね?」
「うん。全員ここにいるよ。ただ彼には裏で控えてもらってるんだよね。そろそろ出てきてもらおうか。それじゃあ……カモーーーン!!」
モノクマの合図とともに、ガシャンガシャンと大きな音が裁判場に響く。
次第に大きくなる音とともに奥から出てきたのはエグイサルだった。

「あぁ、わりぃわりぃ。驚かせちまったみてーだな」
そのエグイサルはあろうことか百田くんの声で話し始める。
「その声……百田クンですか!?」
「百田……?」


私は呆然とその大きな機体を見上げる。
やっぱり、あの死体は王馬くんだった。
足元から崩れ落ちるような感覚に陥る。立っているだけで精一杯で、ストールを握りしめたまま顔を上げることができない。


虚無感。


頭の中も身体の中も空っぽになってしまったようで、声も涙さえも出ない。その時、予期せぬ声が裁判場に響いた。

「バーカ! 嘘だよー! あははっ、オレが本気で死ぬと思った!? オレが死ぬわけないじゃーん!」

百田くんだと思っていたエグイサルが突如王馬くんの声で話し始めたのだ。


エグイサルを見上げながら目を大きく見開く。彼の声が聞けて安心するというよりも、信じられない気持ちの方が勝る。
だってあなたが本当に王馬くんなら……なぜこのタイミングでこんな事件を起こしたの……?

「本当に王馬くんなんですか……?」
「あ〜あ、名字ちゃんまでそんな目でオレを見るんだ……。名字ちゃんだけはオレだって信じてくれると思ったのになー。残念だよ……嘘だけど! にしし、オレがあげたストールをこんなところにまで持ってくるなんて、本当にオレのことが好きなんだねー!」

オレがあげたストール……?

この私の嘘を知っているのはあの時格納庫にいた人だけだ。それならば王馬くんはどうしてこんな嘘をつくの?
もしあの中が百田くんなら、彼はどこでこれを聞いた?

私はその言葉を十分に咀嚼して、飲み込んだ。

その瞬間に、私の頬に涙が伝うのを感じた。

「……あれ? 名字ちゃん泣いてるの? たはー! オレが生きてるってわかって感動しちゃったんだね! 照れるなあ! 嘘だけど!」
「えへへ……そうですね。安心したら涙が出てきました……」
「っ……」
涙はまだ引かないけど、私はエグイサルに向かってへにゃりと笑う。


私が出した結論は、あのエグイサルの中は百田くんだということ。
王馬くんはもういない……。
薄々感づいてはいたけど、改めてその事実を突きつけられると涙が止まりそうもない。どうしてこうなってしまったのか私にはわからない。あと一歩だったのに……。

彼の死が現実になってしまったと理解した今、私の決意が揺らぎ始めた。
もうどうだっていいか。王馬くんだって無理だったんだから、私にできるはずないよ。
王馬くんも含めてみんなを外に出すために動いていたのに、私にはもう頑張る意味が……。

「オレは死んでも白旗はあげないよ」

その言葉に私ははっと顔を上げた。
絶望に打ちひしがれ、項垂れている私に向かって発せられた言葉。
エグイサルはすぐにみんなの方に向き直った。
「だからオレは死なないってこと! みんな理解したかな?」
「んああ、お主の悪趣味には付き合っておれんわ!」
「うん! お褒めの言葉ありがとー!」

そうか……王馬くんはまだ負けていない。
王馬くんがいなくなったのなら、私が王馬くんの代わりに"勝つ"んだ。
私と王馬くんとでは目的が違うけど、私も元からそのつもりだった。私の動機に加えて王馬くんの意志も加わったとなれば本当に負けるわけにはいかなくなった。

ぐっと目や顔についている涙を拭う。


「それじゃあ議論を再開しようか!」

声を聞いていると、違うとわかっていても王馬くんがそばにいるようだ。
不思議と王馬くんを近くに感じる。
私は再び顔を上げた。



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