鏡を見ては、いつも




お昼休み、教室で友人と昼ごはんを食べたあと、昨日見たテレビの話とか午後一の英語の授業で出される単語の小テストの話とか、いつものように他愛もない会話を交わしていた。小テストの勉強をするということで緩慢な動きで自席に戻る友人を横目に、俺も席を立ち廊下へ出る。教室に戻ったら単語帳を復習しておくかと考えながらトイレの扉を開いた俺は、出入り口で足を止めた。

そこには真剣な顔で鏡の中の自分と睨めっこしている嵐山がいた。

それだけなら何も驚くことはないが、どうやら髪の毛を整えているらしくサイドの毛をちょんちょんといじっている。それが俺には意外に思えて、嵐山に似た誰かではなく本人だよな、と確認していた次第である。
普段嵐山は髪型を気にするような素振りを見せないし、気にするまでもなく身だしなみは整っている。

「嵐山」
「ん? 柿崎か」

その珍しい様子を不思議に思いながら声をかけると、嵐山は顔をこちらに向けてニコリと爽やかな笑みを見せて俺の名前を呼んだ。その顔は心なしかいつにも増して楽しそうである。

「何かあったのか?」
「……? 何かって何だ?」

嵐山は緩く口角を上げたまま小首を傾げる。どうやら本人に心当たりはないらしく、逆に不思議そうな顔を返された。いつもと違うように見えたのは俺の気のせいだったのだろうか。

つい弁解しなければならないような気持ちに駆られて慌てて口を開く。
「いや、いつもと違うように見えて。なんか楽しそう、な感じ?」
何となくそう思っただけで特に根拠があるわけでもない。

しかし嵐山は俺の言葉を聞いた途端目線を少し泳がせ、爽やかな微笑から困ったような笑みに変えた口から、あー、と何か心当たりがあるような音を出す。

「今からボーダーの撮影があるんだ」

それが原因だと言うように発せられた嵐山のセリフに少しばかり疑問を抱いた。確かに嵐山はボーダー広報部隊のリーダーとしてその活動に精力的に取り組んでいる。プレッシャーに耐えられなかった俺からすると頭が上がらない。嫌な顔一つ見せず、むしろそれがボーダーや市民のためになるならと心からそう思って活動を続けるその姿は同性の俺から見ても格好いい。

しかしそれとこれとは話が別だ。
精力的に取り組んでいるとはいえ、いつも撮影前でもいい意味で通常通りだったはずだ。緊張するでもなく、興奮するでもなく。彼が髪型のセットをここまで気にしているところは見たことがない。

「今日は何の撮影なんだ?」
もかして誰か特別なゲストが来るような撮影なのだろうかと思い問うと、なぜか嵐山は少し照れたようにはむかむ。
「今日は雑誌に載るボーダー特集の撮影だ」
「ああ、それか」
俺も元嵐山隊だっただけに広報活動に関してはなんとなく気にしていて、ボーダー広報関連の情報はチェックしている。しかし今回の雑誌に関しては俺がチェックするよりも早く、ある人物が教えてくれたことを思い出す。

「苗字が教えてくれたやつだな」

苗字は嵐山をとても尊敬している。いつしか嵐山の話になった時に、嵐山は強くて優しくてがんばり屋さんなのだと鼻息荒く語ってくれた。あれはまだ俺が嵐山隊にいた頃だが、今でもきっとその思いは変わっていないだろう。苗字はいつも嵐山の活躍を陰ながら応援し、自身の目標としている。その健気な想いは見ていてもどかしいくらいだ。

そしてもどかしいのは嵐山も。


「そうか……苗字は以前特集が組まれた時の雑誌も買ってくれたみたいだったが、今回も気にしてくれているのか」


そう呟いた嵐山は俯き加減に視線をそらし柔らかく微笑む。そんなくすぐったいような顔をした嵐山を見て微笑ましく思う。

きっと前回雑誌を買ったというのを聞いて、今回の雑誌も見るかもしれないと無意識に苗字のことを意識しているのだろう。


嵐山と苗字。
この二人は、誰がどう見てもお互いに想い合っているのに本人たちだけが自分の気持ちにすら気づいていない。
この二人の関係を知る人の中には、苗字は単に嵐山を師匠として尊敬しているだけだと言う人がいたり、嵐山は苗字を妹として見ていると捉えている人もいる。しかし二人を間近で見ている俺からすれば二人の間に恋愛感情が全くないとは思えない。
少なくとも今の嵐山の顔を見れば、嵐山が苗字を妹ではなく同級生の女の子として意識しているのは明白だろう。それともこう思うのも俺の先入観のせいなのだろうか。



その後、午後からの授業は休んで雑誌の撮影に向かうという嵐山と別れた。

自身も教室へと戻る途中、ちょうどスクールバッグを持った嵐山と廊下で鉢合わせる。
「頑張ってな」
「ああ、ありがとう」
嵐山は風の香りがしそうなほど爽やかな笑みを返してくれた。

ふと撮影が今日であることを苗字は知っているのかと彼女に思いを馳せた直後、まさに考えていた人物の声が俺たちの間を抜ける。


「あれ、嵐山くん帰るの?」


嵐山が俺の肩越しにその人物を見て顔に喜色を浮かべたのと同時に、俺も後ろを振り返る。そこには案の定タタッと小走りで俺たちに近づいてくる苗字がいた。彼女のために少し横にずれると、俺の隣に苗字が並び、その大きな瞳を真っすぐ嵐山に向ける。

「今日は撮影があるから早退なんだ」
苗字、と弾んだ声で彼女を歓迎した嵐山がそう返答すると、瞬く間に苗字の顔に花が咲く。苗字は表情も言動も素直で本当にわかりやすい。
「もしかして雑誌の?」
「ああ」
「撮影今日だったんだね。私楽しみにしてる! 頑張ってね!」
苗字の惜しみない応援に嵐山が目を細める。この心底嬉しそうな反応は苗字だからこそだろう。きっとクラスメイトの女の子が同じように嵐山に声をかけても、いつもの爽やかな笑みを浮かべて礼を述べるだけだ。

二人ともこんなにわかりやすいのに本人たちは全く気付いていないなんて、この二人でなければ冗談のような話だ。


先ほど鏡と睨めっこしていた時の髪を触る仕草を繰り返す嵐山に、彼の意外な癖を見つける。どうやら彼は落ち着かない時に髪を触る癖を持っているらしい。
「ありがとう。行ってくる」
「行ってらっしゃい」
照れくさそうに笑った嵐山が俺と苗字を交互に見ながら手を振ると、苗字もにっこりとかわいらしい笑顔で手を振り返した。俺もそんな苗字の隣に並んで彼を送り出す。


嵐山が完全に背を向けて歩き出しても、手こそ下ろしたものの苗字はその後姿をじっと見送り続けていた。ちらりと見た苗字の横顔は未だ微かに笑みが浮かんでいる。きっとこれから発売される雑誌に期待して胸を膨らませているのだろう。

なんとなく俺も苗字に倣って嵐山の後姿を見送り続けていると、一クラス分先の角を曲がる直前、不意に嵐山がこちらを振り返った。俺たちがいることを確認した彼は、まだそんなに距離が離れているわけでもないのに大きく手を振りニッコリと歯を見せて笑う。
すると隣の苗字も、負けじと腕を上げて大きく手を振り返した。


二人で手を振りあう仲睦まじい姿に俺は思わず頭を抱えそうになる。

二人ともどうして自分の気持ちにも、そして相手の気持ちにも気づかないんだ。これを素でやっているということに恐ろしさすら感じる。

いっそのこと早くくっつけと、もう何度目かわからないため息を喉の奥に押し込み、俺も右手を控えめに掲げた。




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