ifで始まる無限夢想




「嵐山隊はすごい」

これは名前の口癖だ。

一緒にラウンジで一休みしている名前は今日発売された雑誌を徐に広げ始める。女性向けファッションが華やかに紹介されているページはパラパラと読み飛ばし、お目当てのページでピタリと手を止める。
そこには嵐山、綾辻、時枝、佐鳥が並んでいる写真がデカデカと見開きカラーで載っている。今回はかなり大きく特集が組まれたようだ。

そしてそのページをたっぷり10秒は見つめた名前が、ぽつりと冒頭のセリフを呟いた。
私は静かに彼女の言葉に耳を傾ける。


「嵐山くんたちの肩には想像もできないような重荷があると思うんだよね」

雑誌に目線を落としたままの名前を見ながら頷く。嵐山たちをすごいすごいと褒めちぎる名前だけど、どうすごいのかを聞いたことは今までなかったように思う。彼女が何故こんなにも嵐山に傾倒しているのか興味があった。

「街中を歩けば声をかけられることだってあると思う。自分は知らないのに相手は知ってるって、常に見られてる感じがして外出するだけでも億劫になりそう」

苦い顔をした名前が顔を上げる。

「それだけじゃなくて、”ボーダーの顔”だから余計に大変だと思うの。自分が疲れてても困っている人がいたら見てみぬふりはできない。気づいていなかったんだとしても、周りから見て無視したと思われたらそれはもうアウトなんだよ。常に周りに気を配っていないといけない。それがボーダーの評価に直結するから」

再び視線を落とした名前はゆっくりとページをめくる。左ページの上には『ボーダーの一日に密着』という見出しが書かれており、嵐山が大きく取り上げられている。そこにあるのはいつもと変わらないさわやかな笑顔で、名前が懸念する大変さは微塵も感じられない。

「本当に大変な立場だと思う。それを嵐山くんはなんの文句も言わずにやってのけてる。そういうところ、すごく尊敬してるんだ」

名前はにっこり笑うと再び雑誌に視線を落とした。記事の内容までちゃんと読むつもりらしく、ふむふむと何かに納得しながら文字を追っている。


名前の言うとおり、嵐山たち広報部隊は徐々に仕事が増えてきているようで、普段の学校生活に加えてボーダーの防衛任務、さらに広報の活動と毎日忙しない日々を送っている。それだけではなくオフの日でさえも気を配っていないといけないのは、確かに想像だけでも気が滅入りそうだ。
ただ彼らはそれを当然のようにやってのけている。だからこそその大変さを忘れがちだ。

名前のように、彼らの裏の努力にも目を向けている人はいったい何人いるのだろう。
彼らはきっと普段から他人のために動けるような人たちなのだろうし、比較的人の目も気にしない性格なのかもしれない。
特に隊長である嵐山は根付に見込まれただけあって、元の性格がヒーローそのもののように正義感で溢れている。


なるほど名前は嵐山をよく見ていてその上で彼を褒めちぎっているのかと納得する。
だが名前が言う嵐山の凄いところというのは彼女にも当てはまる点が多いと私は思う。

名前もいつもニコニコとしていて人当たりがよく、実際に名前のことが好きな人はたくさんいる。困っている人を見たら放っておけない性質だし、ボーダーの戦力としても努力を惜しまず確実に強くなっている。
ここまで嵐山と似ている名前だが、唯一違うのはどこか抜けていて放っておけない点だろうか。


そんな名前も、今は真剣な面持ちで記事を読んでいる。
眉間にシワまで寄せていて、それが何だか子どもが真剣に本を読んでいるみたいで可愛くてフフと笑みが溢れる。

「私は名前なら嵐山隊に入ってもやっていけると思うけど」

そう言うと、顎に手を当てて何やら考え込んでいた名前は弾かれたように顔を上げる。その目が丸々と見開かれていて少し可笑しい。

「む、無理だよ! 私には太刀川さんがいるもん」
首を振って必死に否定する名前の返答に思わず吹き出しそうになる。今のセリフだけ聞くと勘違いする人がいてもおかしくはない。太刀川本人が聞いたら、お前は最高の相棒だとかなんとか言って名前と模擬戦をし始めるに違いない。

やはりどこかズレている名前にくすりと笑みをこぼす。
「もしもの話よ。名前は街の皆にもすぐ好かれると思うわ」
そう言うと名前はほんのり頬を染めるも、水分を失った朝顔のようにみるみる萎んでいく。

「でも私、人前で話すの苦手だから」

ある意味そういう部分もシャイでかわいいと人気が出そうな要因なのだが、名前に説明しても理解してもらえないだろう。


自分と嵐山を比較したらしい名前はまたスイッチが入ったようで、一転して今度は優しく微笑む。この子は表情がコロコロ変わるので本当に見ていて飽きない。

「嵐山くんはすごいよね。誰を前にしても臆することがないし、みんなに優しい。この前なんかね……」

嵐山がいかに優しいかを喜々として語るその様子に名前らしさを感じて目を細めた。もし嵐山のことを恋愛感情として好きなら自分にだけ優しくしてほしいものだろうけれど、名前にその様子はない。今はきっとみんなに優しい嵐山を尊敬していて、それだけで十分なのだろう。
名前の気持ちが変わっていくのかずっとこのままなのか、私は密かにこの先どう転ぶのか楽しみにしている。

「名前は本当に嵐山くんのことを尊敬してるのね」
「うん!」

満面の笑みで大きく頷く名前はヒーローに憧れる少年のように純粋だ。これだけ尊敬されると嵐山本人はプレッシャーにならないのだろうかと思うが、彼ならそれさえも糧にしてしまうかもしれない。


「あ、蓮ちゃんこの後会議なんだっけ」
少し休憩をするはずが、つい長話をしてしまったらしい。名前の言うとおりもうそろそろ会議の時間が迫っている。
「そうね。そろそろ行かなきゃ」
「わかった。同性の同い年が少ないから、久々に蓮ちゃんと話せてよかった! 私も模擬戦行ってくる」
「私も名前と話せてよかったわ。名前と話してると頑張ろうって元気をもらえるから」
私の言葉に目を見開き、嬉しいと喜ぶ名前の頭を撫でる。同い年だけど妹にほしいくらいかわいい。嵐山がよく名前の面倒を見ていた気持ちがわかる。

「模擬戦がんばってね」
「ありがとう! 嵐山くんのサポートができるくらい強くなるためには今日も頑張らないと!」
「……そうね」

名前は強くなったと思う。十分嵐山の戦力になるくらいに。けれど名前からしたらまだまだらしい。名前の中の理想はきっと私たちが想像するよりも遥かに上なのだろう。

そこにあるのは決意と尊敬。
恋心はまだ芽生えていないのか、気づいていないだけなのか。
私には知る由もないが、ただ唯一思うのは純粋で健気な名前がかわいいということである。

名前が幸せな未来なら、どんな未来でも私は満足だ。





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