無自覚な恋の仕草




俺は放課後をだいたいボーダー本部で過ごす。学校の宿題なんてそもそも出されているのかどうかも把握していない。放課後の貴重な時間を勉強なんかに費やすより個人戦で身体を動かすことに使った方が俺にとってはよっぽど有意義だ。


あ? 受験生?
知るかそんなもん。


推薦で三門大に行けるなら勉強なんて関係ない。
そんなわけで今日も今日とて学校から直行で自身の作戦室へ向かう。
烏丸と苗字。二人のおかげで清潔さを保っている作戦室に足を踏み入れると、そこにはすでに先客がいた。


「苗字」
「あ、太刀川さんお疲れ様です」
ソファに座って何かを見ていた苗字は、俺が声をかけるとパッと顔を上げニコリと挨拶する。誰もが心を許してしまうような人当たりの良い笑みを浮かべる姿を見て、今日も我が隊員に異常がないことを確認する。
口元を弧の形に保ったまま苗字はすぐに視線を手元に戻す。その視線の先には太刀川隊共有のタブレット。ログを見ているのだろう。

今はB級ランク戦の時期ではないので恐らくそれ関連のログではない。それならば答えはほぼ一つだ。その辺にスクールバッグを放り投げた俺はある一人の人物を頭に思い浮かべながら、苗字の頭越しにそのタブレットを覗き込む。

そこには突撃銃アサルトライフルとスコーピオンを器用に使いこなしている隊員の姿が映し出されている。
「また嵐山のログか」
「はい! 何度見ても勉強になります」

苗字は嵐山の同級生だが、ボーダー歴で言えば1年ほど後輩だ。同級生ということで入隊当初はよく嵐山が苗字の面倒を見ていたらしい。
初心者の頃、それこそ銃を持てばあらぬところを撃ち抜き、攻撃されれば受け身を取ることもできずにやられてしまうようなひよっこの頃からずっとだ。嵐山が世話好きなのかは知らないがある意味感心する。

俺はその時のことは全く知らないが、耳にタコができるほど当時のことを苗字から聞かされたので興味がなくても二人の関係は知っている。それはもう大変嬉しそうに語る苗字を見たら、ちょっとは話を聞いてやるかくらいには思い、一応耳は傾けていた。
まあその嵐山の指導のおかげで今の苗字がいるのだから、嵐山がその時苗字に費やした時間は無駄ではなかったわけだ。


そんな経緯があったからか、苗字は指導してくれた嵐山と同じ万能手オールラウンダーだ。ただしこいつは銃手ガンナーではなく射手シューター。そのへんは戦いながら自分に適したものを選んだのだろう。器用に攻撃手と射手を使い分けて、次の動きを読ませず敵を翻弄させるコイツの戦い方が俺は結構気に入っている。


「なあ苗字、模擬戦行こうぜ」

苗字の回想はさておき、俺がここに来た理由は模擬戦だ。訓練室に行けば誰かいるかもしれないが、身近に手っ取り早く戦える相手がいたのでとりあえず誘ってみた。相手が取り込み中だろうが関係ない。
すると苗字は挨拶した時と同じように顔を上げて、赤ん坊が笑うような笑みを見せる。一歳しか違わないとは思えないその無邪気な笑顔に、知らずと自身の口角も上がっていた。
「いいですね! すぐ準備します」
「よしキタ」
プツリとタブレットの画面をオフにする苗字の頭を乱暴に撫で、扉へとのんびり歩く。

なかなか面白い戦い方をするだけではなく、聞き分けがいい点もコイツの気に入っているところだ。かなり扱いやすいので周りの人間に利用されていないかはコイツを預かっている身として多少心配だ。


準備とやらを終えたらしい苗字と並んで訓練室へ向かう。
「今日は何本ですか?」
「10」
「10本?」
「×10セット」
「徹夜ですか……!?」
苗字は明日も学校ですよと焦りながら俺を見上げる。予想通りの反応にニヤニヤと下卑た笑いが溢れる。
俺は別にコイツがくたばるまでやってもいいが、さすがにそこまで鬼ではない。
冗談だと言うと苗字は心底安心したように息をついた。


「そういえば最近太刀川さんの相手ばかりしている気がします」
前を向いたままの苗字は独り言のようにポツリとこぼす。
「おいおい、ボーダー屈指の強さを誇る俺と戦えるんだから喜べよ」
横目に苗字の不満げな様子を見ながらそう言うと、苗字は焦って俺を見上げた。
「あ、嫌だとかそういうのではなくて! たまには他の人とも練習しとかないといろんな攻撃パターンに対応できなくなるなあと思いまして!」
俺はどうにもコイツをからかう癖がある。別に俺と戦うのが嫌で言っているわけではないとわかっているが、ついついこういう反応見たさにからかってしまうのだ。

予想通りの反応を得られて満足した俺は、視線を前に戻す。
「ログばっか見てねぇで身体動かせよ?」
「そうですね……ありがとうございます。嵐山くんの動きは参考になるのでつい見ちゃいます」
コイツの趣味は嵐山のログを見ることと言っても過言ではない。見るより動いた方が断然身につくと思うのだが、嵐山のログを見ている時の顔が俺と戦っている時よりも輝いているように見えるのは、ほんの少し釈然としない。
苗字は注意されたと思ったのか苦笑いを浮かべる。俺はただ苗字の腕が鈍らなければいいだけだ。貴重な対戦相手であり太刀川隊の一員だからな。


「ほんと嵐山のこと好きな
思ったことをそのままポツリと呟くと、苗字がパッと俺の顔を見上げる。子どもみたいに純心な苗字だが、コイツも一応華の女子高生。好きとかそういう単語は流石に否定するかと思ったが、次にコイツの口から放たれたセリフに予想を裏切られる。


「そうですね。同級生として尊敬してますから!」


キラキラと輝く眼。心から尊敬していますと顔に書いている。


「あーうん」


ど天然
純粋


それが苗字にピッタリな言葉だろう。コイツはやっぱりまだまだお子さまだ。

「あ、太刀川さんは雲の上の存在って感じで、太刀川さんも尊敬してます!」

なんの曇りもない晴天のような眼を向けられて、腹の奥がくすぐられたようにむず痒くなる。思い出したように付け足したそれは、気遣いとかそういう不純なものは一切含まれていないのだろう。ただ単純にそう思っただけなのだ。

「あ、そう」

ぶっきらぼうにそう答え、苗字の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。

ほんとコイツといると毒気を抜かれる。こういうことを素で言ってしまうヤツだから、下手にからかっても大真面目に返されてしまうことが多々ある。

「もうお前はずっとそのままでいろ」
キョトンと不思議そうなアホ面を向ける苗字。

できれば今後も変わりなく、今の扱いやすい苗字のままでいてほしいと願う。
そしていつまでも俺を尊敬してろ。



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