Day 5


ご飯を食べ終えてもなお名前は食堂の椅子に座っていた。付き添うと言ってくれた天海のありがたい申し出も断ったので、名前の他にはただ一人後片付けをする東条だけが厨房にいる。

「ごめんなさい。待たせたわね」
用事が全て済んだのか、東条が厨房から出てきて名前に声をかける。
「ううん、こちらこそ突然話があるなんて言ってごめんね」
「その体調のことかしら」
「まさにその通りだよ」
話が早くて助かる。思っていたとおり東条は賢い人のようだった。おそらく知識量も半端ではないだろう。
壁一面に本が並ぶあの図書室で調べものをするのは今の名前には不可能に近かった。恐らく途中で気分が悪くなってしまう。そう思った名前が取った行動は、比較的知識の多そうな東条に助けを求めることだった。
ただ、助けと言っても、名前の身体のダルさの原因を調べてほしいなんて抽象的なものではない。夢見のいいご飯や入浴法など、直接的な解決にはならずとも、一時的に名前を楽にしてくれる、かつすぐに答えを出せそうなことに限定していた。

「それとね……」

東条の話を一通り聞き終えた名前はゆっくりと口を開く。実はここからが本題で、人払いをしたのもこれを聞くためなのだが、いざ聞こうと思うと口が重くなる。急に口をつぐんでしまった名前を不思議に思ったのか、東条は軽く首を傾げる素振りを見せたが、決して名前を急かそうとはしなかった。
黙って名前が話し出すのを待っている。そのすべてを包み込んでくれそうな雰囲気が名前の口を割ることになった。

「違ったら全然いいんだけど、昨日の夜、私が寝ている間に看病に来てくれたりした、かな……?」
「昨日の夜? ごめんなさい。名字さんが寝ている間は起こしても悪いと思って何もしていないわ。お部屋に伺った方がよかったかしら」
「いや、それは全然大丈夫なんだけど! むしろお世話になりっぱなしで本当に申し訳ないくらいなんだけど!」
引っ張った挙げ句看病の催促ですかと誤解されそうだったのでなんとか否定はしたが、東条はあまり気に留めていないようで、むしろなぜこんなことを聞くのか、真剣な顔で名前に話の続きを促す。
名前はタオルの犯人が東条ではないことに少し落胆していた。思い当たる人物といえば最原か東条くらいのものだったのだが、すべての当てが外れてしまい、いよいよ誰の仕業かわからなくなったからである。犯人とか仕業とかいう言葉を使ってしまったが、本当に私を心配して看病してくれたかもしれないのだから、あまり神経質になる必要もないのかもしれない。しかし、もしそうであったとしてもお礼くらいは言いたいのでやはり誰なのかはしりたかったのだが。


「なんか、夢遊病とかなのかな」
心のモヤは晴れなかったが、あははとそれを誤魔化すように笑う。名前は食堂を出て不思議そうにしていた東条と別れ、その足で寄宿舎へと戻った。


なんだが動き回る気になれず昨日の夜も焚いていたお気に入りのアロマを焚き、名前は布団に横になった。
全身が鉛のように重く布団に沈んでいくのを感じ、名前はすぐに夢の中へと落ちていった。



ふと意識が浮上する。
プツリと糸が切れたような目覚めで、起きた瞬間に部屋のベルが鳴っていることに気がついた。

「あ、今大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
扉の外にはお椀を乗せたトレーを持った赤松が笑顔を携えて立っていた。名前が出てくると思っていなかったのか、その目だけは少し驚いたように見開かれている。

寝ている間に夜になっていたらしい。
晩ごはんを持ってきてくれたらしい赤松は名前の承諾を得て室内に足を踏み入れる。

「わあ、いいにおい」
まさか晩ごはんを持ってきてくれるとは思わずしつこいほど頭を下げていると、突然赤松がそう声を漏らした。一瞬何のことかと首をひねるが、すぐに合点がいく。
「リラックス効果のあるアロマ焚いてるんだよ」
「へえー?」
そう言ってサイドテーブルに視線を送ると、赤松はトレーを机の上に置き興味深げにアロマディフューザーを観察し始める。
「いいね! でもこの香り、最近どこかで嗅いだような……」
「え?」
赤松がアロマディフューザーに鼻を寄せながら首を傾げる。その様子を見ながら、名前はここ数日の自身の行動を振り返っていた。このアロマを焚いたのは昨日の夜が初めてだ。
「んー、全然思い出せないや。気のせいだったかも」
そう言って顔を向けた赤松に名前も笑みを返す。

一番アロマの香りをつけているであろう名前は今日外に出たのは食堂に行った時だけだ。その時赤松の近くには行っていない。

赤松が持って来てくれたごはんが、うまく喉を通らなかった。



Day 5



4日目の真夜中、誰もが眠りにつき寄宿舎は人気を感じさせないほどシンと静まり返っていた。カチャリと開いた扉の音がやけに大きく聞こえるほど。
できるだけ音を出さずに事を成したかったが、錠を開ける部分で音が鳴るのは仕方のないことだった。薄く開いた扉からスルリと身体を室内へ滑り込ませ、音を立てずに扉を閉める。

部屋の主である彼女はベッドの上でスヤスヤと寝息を立てている……わけではなかった。顔を覗き込むと、苦しげに眉間にシワが寄っているのがわかる。嫌な夢でも見ているのだろう。
彼女の額にかかる前髪をさらりと払い、閉じられた瞼を顕にする。まだ体調が戻っていないことは一目瞭然だった。



*



「あれ、また鍵かけ忘れたのかな」
5日目の朝、部屋を出ようと扉に手をかけた名前は違和感に気づき首を傾げる。鍵がかかっていなかったのだ。
最原にも天海にも口酸っぱく言われていたのに懲りない奴だ。自分のことだけど。

しっかりと鍵を閉めたことを確認して、寄宿舎を出る。まだ身体が重いが、昨日赤松が持ってきてくれたトレーと食器を返さなければならない。
お人好しな彼女たちのことだから頃合いを見て部屋まで取りに来てくれることも考えられるが、さすがにそこまでお世話になるわけにはいかない。

ふと、どうしてこんな状況になっているのだろうと我に返った。

すべては恋愛観察バラエティのせいだ。
こんなわけのわからない環境に閉じ込められて、体調不良になって。

体調不良で、キャストの一人が不参加に近い状態になるというのは放送事故に近い事態だと思うが知ったことではない。これはモノクマたちが勝手に始めたことで、視聴者が興ざめしようが番組が叩かれようが名前にはどうだっていい。
ただ、体調不良で棄権という理由でここから出してくれないか、という考えが頭を過ぎった。モノクマに相談してみる価値はあるかもしれない。

「名字さん」
突如背後からかけられた声に振り返る。
「あ、最原く……」
急に振り向いたのが悪かったのか、ぐらりと揺らいだ視界に成すすべもなかった。あっと驚いた顔の最原が手を伸ばしているのが視界の端に映る。
手に持ったトレーを放すという選択肢はなかった。
顔面から地面にぶつかる、と目を瞑った時、ぐんと強い力で支えられていた。

ふに、と柔らかい感触が咄嗟に伸ばした最原の手に伝わる。その感触が何であるのかを理解するよりも先に、柔らかくて気持ちいい、という感情が最原の頭を占めた。
「あ、ありがとう。助かった」
名前から発せられた声にハッと意識が弾ける。
「あ、うん! 大丈夫!?」
声が裏返っているのはどうか突っ込まないでほしい。最原のその気持ちを汲み取ったのか名前は大丈夫だよ、とだけ言って、頬をほんのり染めてはにかむように笑みをこぼした。

何事もなかったようにトレーを持ち直して、自分の足でしっかりと歩き出す。隣で必死に視線をそらしている最原は何も悪くない。バランスを崩した自分が悪いのだ。
胸……触ったこと気づいてるかな……。
たぶん気づいてるよね、声裏返ってたし。
これは所謂ラッキーハプニングというやつだ。今まで部屋に引きこもっていたヤツが出てきたと思ったらこれだ。

『こんなヤツいたっけ』『モブが大仕事w』『最原くんがかわいそう!!』
様々なネットの書き込みが次々と頭に浮かんで気分が悪くなってきた。
くそぅ。自ら番組を盛り上げてどうする。
心の中で己の足を叩いたつもりが、どうやら顔に出ていたようで最原に複雑な顔をされた。

無事にトレーを返した名前はモノクマを探すべく学校内を彷徨っていた。出てこなくていい時にはどこからともなく現れるくせに、出てきてほしい時は姿を晦ましている。重い身体を引きずるようにして正面扉から外に出ると、寄宿舎の方に消えていく2つの影が見えた。

白い服と濃いピンクの服。

それを認識した瞬間、無意識に視線を外していた。
王馬と入間が二人で何をしていようが名前には関係のないことだ。むしろ下手に絡まれなくて好都合ではないか。それなのに、こんなに胸がざわつくなんて、体調だけではなく頭までイカれてしまったのだろうか。

「青春だねえハァハァ」
「うわあ!」
突如背後から現れたモノクマに素っ頓狂な声を上げる。
「ボクはいつだって若者の味方だよ」
「何なの突然!」
ほら、あれだけ探し回っていたのにこうやって微妙に嫌なタイミングで姿を現す。
「というか、私モノクマのこと探してたの」
「ボクの?」
とぼけた顔でコテンと首を倒すモノクマに腹がたったが顔をしかめるにとどめる。

「そう。管理者なんだから最近私の体調が悪いことは知ってるよね。このままじゃまともに恋愛なんてできないし、棄権させてほしいんだけど」
「何言ってるのさ! 体調が悪い時ほどラッキーチャンスなんだよ!」
「はあ……?」
急に息巻いたモノクマに眉をしかめるも、当の本人はものともしない。
「『一人にしないで』『トゥンク しょ、しょうがねぇな』」
「ああ、はいはい……」
突然一人芝居をはじめたモノクマをぽかんと見つめていたが、意図を読み取った名前は手を振ってモノクマの動きを阻止した。
要するに看病してもらうという王道シチュエーションを活かせと言っているのだろう。今更ではあるが、この番組のプロデューサーは頭がイカれているらしい。

「そんなこと言って、この体調不良もモノクマのせいなんじゃないの? せめて原因くらいは調べてほしいんだけど……」
「最近の若者はみんなそうだ。二言目には『だって』『でも』と言い訳ばかり。他人のせいにしなければ気がすまないんだ。そうやって、自分の失敗を上司の指示が悪かったと言って……」
「ああもうモノクマが悪くないことはわかったからストップ!」
王馬と同じで話すだけ体力が削られるパターンだ。

ボクはいつだって中立な立場だからウソはつかないよ、と言うモノクマをじっと見つめる。
まっくろな丸い目を見つめても、それが嘘であるかどうかはわからなかった。





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