To live gives up which person you are,




出水と身を寄せ合い自分は銅像だと言い聞かせるように息を殺す。運悪く廊下には人っ子ひとりおらず、少しでも物音を立てれば万事休すだ。なんでもないよ〜さっきの物音はただの風ですよ〜、と意味のない念を送る。早く、早く部屋に入ってほしい。
暫くして、はじめまして、という緊張で強張った藤沢の声が聞こえ、ふうと全身の力が抜けた。

「バレたかと思った……」
「いやあ、必死な名前さんやっぱ面白いっす」
「先輩で遊ばない」
こつんと頭を叩くと、出水は嬉しそうに歯を見せて笑う。大人びた性格や考えを持つ人が多いボーダーにおいて、彼は年相応の反応を見せてくれることが多くてかわいい。

再び壁に背を沿わせたまま廊下の先を覗き込むと、藤沢が手土産の袋をぎゅっと力強く握って、北添に促されるようにして影浦隊に入っていくところだった。
その様子を真剣に見つめていた名前だが、次の瞬間ハッと何かに気づいたように振り返り、出水の背後に視線をやった。至近距離で振り返られた出水は一瞬ドキッとする。突然の行動に驚いたのと、思いの外顔が近かったことに。名前の長い睫毛や柔らかそうな唇から視線を外すのは惜しいが、いつまでも見つめていると不審がられるので泣く泣く出水も背後を振り返る。
廊下の先から、見つかったと言わんばかりに嫌そうな顔をする影浦と、いつもと変わらず真顔の荒船が並んでこちらに歩いて来ていた。

「影浦くんと荒船くんだー」
もう声を抑える必要はないのか、名前はまだ会話するには遠い距離にいる2人に大きく手を振る。名前の顔に浮かぶ屈託のない笑みを見て、影浦の眉間のシワが深くなった。

「名前さんお疲れさまです。出水もお疲れ」
「お疲れさまですー」
「2人ともお疲れさま〜」
名前はにこにこと笑顔のまま、マスクを引き上げ顔を隠す影浦に向き直る。

「影浦くん、今ウチの子が北添くんと顔合わせしたよ。ありがとうね、引き受けてくれて」
「別に俺は関係ねぇから。ゾエひとりでどうにかすんだろ」
「ああ、茶野隊の師匠の件ですか」
「へぇー、師匠つけてあげるんだ。それでさっきから尾行してたのかあ」
かわいい"ウチの子"が心配でついてきたってところだろう。奇行の理由が漸くわかった出水は腑に落ちたというように一つ頷く。
「みんな私が育ててあげられたらいいんだけど、やっぱり専門の人に教えてもらったほうがいいかなって思って。茶野くんは犬飼くん、藤沢くんは北添くん、十倉ちゃんは栞ちゃんに頼んでるんだ」

「過保護っすね」
「俺も過保護だと思います」
「けっ、そんなもん一人でどうにかすんだろ」
「だって強くなってほしいから……」
まさか年下の男の子たちから小言を言われるとは思わなかった。呆れたようにため息をつく3人を前にして名前はただ苦笑いを浮かべるしかない。

「ああわかった。そんなこと言って影浦くんも可愛がってほしいんだ」
「はあ!?」
仰け反って嫌がる影浦の頭をむりやり撫でる。影浦をかわいがるのは最早名前の日課と言っていい。本部に来るたびに彼の姿を探してかわいがっている。
似たようなサイドエフェクトを持っている彼には一方的に親近感を抱いているのだ。

その特性故苦労していることも多いだろうが、名前は知っている。影浦が名前を見つけると必ずマスクをつけるのは、名前のその大きな感情を恥ずかしがっているからだと!

「ほんとかわいいなあ〜」
「おい!」
私のこの愛しみを込めた大きな感情が恥ずかしいんだろう! 思春期真っ盛りのかわいい奴め!
手で払い除けられても私はめげないよ。
名前はにこにこと満面の笑みを浮かべたまま、名前と影浦を見て笑っている出水と黙って事の成り行きを見守っていた荒船にも平等に愛情を注いだ。





無事に藤沢を見届け再び茶野隊の作戦室に戻ると、オペレーター席で機械を操作している十倉がいた。少し寄り道しすぎたようだ。
「ごめんね〜お待たせ!」
「名前さんお疲れさまです!」
「お疲れ〜。んじゃ行こっか」
「はい!」
十倉はきゅっと口を引き結び立ち上がる。
これから向かうのは玉駒支部。十倉の修行先だ。初回ということで名前が車で送ることになっている。藤沢たちと違って今回は大義名分のもと十倉について行くので何もやましいことはない。


「緊張してる?」
「あ、はい……。少し」
「大丈夫だよ。玉駒の人たちはみんな優しいから」
いつもより口数が少ない十倉は横目からでもわかるほど身体が固い。始めていく場所に初めて合う人たち。緊張するのも無理はない。


玉駒に着き、敷地の端に車を停める。この独特な建物、雰囲気。本部の人間が支部に出向くことはほとんどないのでかなり久しぶりだ。
両手でいいとこのどら焼きの袋を握りしめる十倉を横に従え、門を叩く。


「名前さーん」
「栞ちゃーん」
扉を開けた宇佐美がいつもと変わらない笑顔で出迎えてくれた。いえーいとハイタッチをしてから十倉の背中にそっと手を添える。
「快く了承してくれてありがとう」
「あ、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げると、その隣で十倉が腰を90度に曲げたので背中から手を離した。

「名前さんの紹介だもん。断るわけないよん。ささ、お入りお入り」
宇佐美に促されるようにして、戸惑いながら扉の中に入っていく十倉の背中を見守る。
大きくなってね。
ホロリとこぼれそうになる涙を飲んで踵を返そうとしたその時だった。

存外力強い手でがしりと腕を掴まれる。
「名前さんもどらやき食べるよね?」
「え、いや……」
「ね?」
有無を言わさぬ圧に渋々頷く。これは頷く以外の選択肢がない。
「よかった! みんな喜ぶよ」
そう言って笑った宇佐美の眼鏡がきらりと怪しく光ったように見えた。



宇佐美に乗せられほいほいとついていくうちにいつの間にかいいとこのどら焼きを片手に持っていた名前は、やいやいと質問してくる小南、黙って成り行きを見届ける烏丸、仲良く談笑する十倉と宇佐美に囲まれていた。噂を聞きつけたのかゾロゾロと人が集まってしまった。

こういうのすぐ流されちゃうんだよなあ。まあいいか楽しいし、と特に深くは考えずぱくりとどら焼きを一口頬張る。うん、やっぱり美味しい。

「名前! あんた何考えてんのよ! なんで今更ソロやめてまで……」
「んー? 桐絵ちゃんは反対なの?」
「そうじゃないけど……!」
何をそんなに興奮しているのか、小南はふんふんと鼻息荒く名前に詰め寄る。

「理由知りたい?」
「まあ、名前が話したいなら」
確信をつくと急に尻すぼみになる小南は本当に素直じゃない。そんなところもかわいくて好きだ。
名前は可能な限り深刻な顔をつくり、声を潜める。

「ここだけの話なんだけどね……」

顔を寄せた小南がごくりとつばを飲み込む。ずっと黙って聞いていた烏丸も名前に習うように内緒話の和に入る。

「茶野隊をA級に上がらせることができたら、二宮さんも飛び上がるほどの破格のボーナスをつけてくれるんだって」
「……えぇ!?」
「桐絵ちゃん、しー」

期待どおりのいい反応を見せてくれた小南に人差し指を立てる。当の小南は信じられないと言うように目を剥いている。

「ね、烏丸くん」
「はい。実は俺もそうなんじゃないかと思ってました。フリーだからこそ他の隊のバランスを崩すことなく加入できますし、名前さんほどの実力なら使わない手はないですからそれくらいはするんじゃないかと」
「ね?」
ノリのいい烏丸ににっこりと微笑みかける。
嘘ぉ! 信じらんない! と大層驚いている小南を見ながら、心の中で名前と烏丸はがっしりと握手を交わす。


「まあ、嘘だけどね」


お約束の流れに飽きもせず、怒る小南に叩かれながら名前はケラケラと笑い声を上げた。





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