and without having faith,




『なぜ茶野たちの師匠を弓場にしなかったのか』
と聞かれれば、個人的に苦手だから、としか答えようがない。

しかし彼のチームメイト相手にそれを言うのはどうかと思う。自分がもし茶野たちが苦手だと言われたらやはり悲しいから。

「弓場は、素直に受け入れてくれる気がしなくて」

だから、彼のチームメイトである藤丸には半分本音で当たり障りのない返答をした。へらりと笑う名前に藤丸はふーんと素っ気ない反応を返す。この質問にあまり深い意味はなかったのかもしれない。
藤丸はその大きな胸を張り出してニヤリと調子のいい笑みを作ると、ばしりと名前の肩を叩く。受け入れ体制を整えていなかった名前は対照的に肩をすぼめてみっともない姿だ。

「たまにはユカリの相手してやんな」
「へい、ののさん」
できるかわからない約束はするものではない。適当に流そうとしているのがわかったのか、藤丸は戯ける名前をギロリと睨むもそれ以上は何も言わなかった。


弓場隊に戻っていく藤丸の背中を見送り、休憩スペースにひとり取り残された名前は浅い息を吐く。
手の中のカップには結露が出始めていた。果汁の酸味が強いオレンジジュースをズズッとストローで流し込む。空になったそれを両手で包み込み、ぼうっと天井を見上げた。
環境が変わり今まで以上に多くの人と接する機会が増えて思う。ここにいる人たちは年齢に関係なく自立していると。自分の考えをしっかりと遂行している。それが当たり前だというように。


「名前さん」

不意に名前を呼ばれハッと意識が戻る。
「あ……三輪くん……」
振り返ると、眉間にシワを寄せた三輪が休憩スペースの入り口に立っていた。

こんな時、藤丸なら絶対に情けない顔を見せたりはしないだろう。彼女は弓場とやっていけるだけあって豪快で頼もしい面がある。誰に対しても下手に出ることはないのではないかと思う。
ましてや年下になんて。

険しい顔を崩さない三輪が無言で歩み寄ってくる。情けない名前は身を縮こまらせて彼を見上げることしかできない。

「この前の、見ましたよ」
「あ、そうなんだ……」
たったその一言で、彼の言いたいことがなんとなくわかってしまった。
初戦の三雲隊たちとの試合を見られたということは、正しい判断すらできない名前の姿も見られたということだ。

三輪の鋭い眼光が名前を貫く。
「あんな醜態を晒しておいて何もしないわけないですよね」
「う……」
家族を失っているという共通点を持つ三輪は、自分と違って積極的に動かない名前に苛立ちを覚えているのだろう。彼の立派な姉とは違ってあまりに情けない名前のことが憎いとすら感じている。だから三輪は何かと名前に突っかかってくるし、名前も彼には強く出られない。
誰がどう見たって彼の方が立派に生きているのだから。

「ようやく行動を起こす気になったのはいいことですが、正直、甘すぎます」
「はい……」
名前の正面まで来た三輪は眉を下げて頭を垂れる彼女を見下ろす。

三輪は彼女を見ていると、自分が酷く小さな人間のように思えてくる。名前は弟で三輪は姉。同じように家族を失っているのに、彼女はその喪失感と悔しさを表に出さない。最初は家族の死をなんとも思っていない奴なのかと思ったが、すぐにそれは間違いだということに気がついた。名前は心の底から弟の死を悲しんでいる。しかし彼女は優しすぎた。彼女の痛みの矛先は復讐ではなく復興に向けられている。自分の心の復興、そして二度と同じ思いをする人が出ないように市民を守る。
怒りを顕にし、復讐に心血を注ぐ自分を否定されたような気がした。

遠慮がちに見上げてくる彼女の大きな双眸は不安げに揺らいでいる。
ろうそくの灯火のようにゆらゆらと。
ふとした拍子に消えてしまいそうなそれは、ひどく儚げに見える。

「くそ……」
思わず出た悪態に名前があわあわと焦りだす。
そんな名前の態度を見てさらに苛立ちが募る。もっと自信を持てよと。

名前の細い肩を掴むと、びくりと彼女の動きが止まる。想像よりも細い肩に三輪の指が食い込んだ。
すうっと深く息を吸ったものの、吐き出す言葉が見つからない。
薄く開いた口からは消化不良に終わった浅い吐息が漏れ、儚げな名前の瞳が三輪を捉える。


「なーにしてんの」

時が停止した空間に割って入った声に、三輪と名前は二人してびくりと肩を跳ねさせる。
しかし、三輪は咄嗟に名前から手を離したことを後悔した。

「迅……」

彼女の安堵したような声音と、緩やかな微笑から逃げるように顔を背ける。

普段本部にいることすら少ないコイツが都合良く人気のない休息スペースに顔を出すことがあるだろうか。
吐き場のない苛立ちが募るばかりで、悪態をつく気にすらならなかった。



苛立ちを隠せない様子で去って行く三輪の後ろ姿を見ながら名前は小さく息を吐く。
「お邪魔だった?」
「もしそうだとしても迅はそんなこと気にしないでしょ」
「そりゃそうだ」
はははとゆるく笑う迅はいつもどおり奥の見えない目で名前を見つめる。
名前はこの目で捉えられるのが苦手だったが、同時に沸々と静かに湧き上がる興奮を覚える。

誰にも言えないような気持ちをぽろりと零してしまいそうになるのだ。この瞳を前にしては何を隠しても無駄だと、諦めにも似た気持ちで。

ボーダーができる前から名前たちを支えてきた彼の手がぽんと頭に置かれる。わしゃわしゃと乱暴に動く手が名前の髪の毛を寝起きよりも酷い有様にしたが、対照的に頭の中はどこかスッキリした気分になる。
ボサボサの髪の毛の隙間から彼の顔を覗き見ると、口の端が釣り上がり唇が弧を描いている。

ああやっぱり、迅は全てお見通しってわけか。

情けなくも同級生である彼に縋り付きたくなる気持ちを堪えるように俯き、膝の上で拳を握る。
名前に懐いてくれている茶野、藤沢、十倉。戦い慣れしている空閑。名前と似た境遇にある三輪。その他にも出水や王子や烏丸、目まぐるしく過ごしてきた中で名前と関わってきた子たちの顔を思い浮かべる。

「抱きしめてあげよっか」
「……弱ってるところをついてくるのは反則じゃない?」
「んー、賢明なやり方って言ってほしいな」

反論する暇もなく、迅は名前に手を伸ばす。ニヤリと口角を上げた顔を最後に、視界が暗転する。すっぽりと迅の腕の中に収まったまま、名前は息をすることすら忘れてしまったかのように微動だにしなかった。


窓のない本部の中にいると時間の感覚がおかしくなる。気がつけば外はもう暗くなり始めているであろう時間で、名前と迅はどちらともなしに休憩スペースを出た。
無機質な廊下は隊員の賑やかな声で彩られることもなく、ただ延々と真っ白な通路が続くだけだ。

「私、頑張るよ」
「うん」
「もっとみんなと向き合ってみる。贔屓目なしに、平等に」
「名前ならできるよ」
隣に並んで歩く迅を見上げると、その顔はいつもより綻んでいる気がした。
彼の顔を見て名前もにこりと笑みを浮かべる。迅に言われるだけで、本当にできそうな気がしてくるのだから不思議なものだ。

「まずはついつい年下を甘やかしちゃうのをやめるべきだと思うんだよね」
「うんうん、その調子その調子」
にっこりと笑みを浮かべる迅の隣で腕を組み悩ましげに眉を寄せる。やることは山積みだ。


「迅さん!」


甘やかさないとは言ったものの具体的にどうすればいいのかと首をひねっていると、不意に幼さを残す声が廊下に響く。名前と迅はお互いに目を合わせ同時に振り向けば、花を咲かせた緑川が走り寄りながら名前たちに手を振っていた。

「名前さんも!」

二人に追いついた緑川は有り余る元気を発散させるように飛び跳ねる。その無邪気な姿のなんと可愛らしいことか。

「緑川くん!!」

彼に負けず劣らぬハイテンションで愛らしい緑川をがばりと抱き締める。ぎゅうっと背中に手を回す緑川がかわいくて、キュートアグレッションの欲望のままに腕に力を込めた。

先が思いやられるなあ、という苦笑気味の迅の声を背後に聞いても、名前は腕の中の庇護すべき存在を離すことはできなかった。





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