Act, and God will act.




「藤沢くん戻ってきて!」
「名前さん! 玉駒を追わないんですか!?」
「……ごめん茶野くん、藤沢くんを置いていけない」

「千佳今だ。建物ごとぶっ飛ばせ」
「うん。わかった」

茶野を左腕に抱きかかえ、もう片方の手を前に突き出しシールドを張る。その直後、腹の底にまで響くような轟音と衝撃が身体を打ち付けた。本当にアイビスなのかと疑いたくなるほどの威力の狙撃だ。まさに大砲。

「茶野くん大丈夫?」
「はい。自分は大丈夫です。……ありがとうございます」
腕の中の茶野に見たところ負傷はない。そして、手を突き出した方にゆっくりと顔を向ける。

名前が張ったシールドはしっかりと藤沢の前を覆っているが、本人諸とも爆風に吹き飛ばされもはや盾の役割は果たしていない。

ひゅんと勢いのある風とともに目の端で影を捉える。
まずい、と気づいた時にはもう遅かった。
空閑は軽い身のこなしで間宮隊の首を取る。
「藤沢くんシールド!」
声と同時に名前が張ったシールドに衝撃が走る。空閑の一撃目を弾いた直後、藤沢のシールドが重なる。

ほっとしたのも束の間、名前の背後から飛ぶ両攻撃の弾が空閑に当たった。

はっと振り返ると茶野が両手にハンドガンを構えて吠えている。その顔は、防御しか頭にない名前よりも数倍凛々しい。


その後は一瞬のことだった。
追い打ちをかけるようにもう一発大砲が放たれ、名前と茶野は吹き飛ばされた。名前のシールドが外れたそのスキに空閑が藤沢を落す。
茶野から離された名前は飛ぶようにして茶野の前に出るが、身体の向きが悪く、突っ込んできた空閑の攻撃を脇腹に受ける。
すぐには緊急脱出するような傷ではなかったが、トリオンは容赦なく流れ出る。名前の胴から流れ出るトリオンを見て、茶野は歯を食いしばった。せめてもう一撃でも当てられればと捨て身の両攻撃を繰り出すが空閑には当たらない。白い悪魔は空中でくるくると回転し、人間業とは思えない機動力で弾を回避する。
名前は自分の呼吸が荒くなるのを感じていた。
今にも空閑の攻撃を受けんとしているのが弟ではないことも、これが訓練であることも、トリオン体であることもすべて理解している。
けれど名前は、荒くなる呼吸に伴って視界が白くなっていくことを止めることはできなかった。



『茶野隊2点、玉駒第二6点獲得! 終わってみれば玉駒第二の圧勝という結果になりましたね』
『前半は茶野隊が試合の流れを支配できてたけど、空閑くんがあえて後退してから流れが変わったよね。茶野隊の予想以上に空閑くんには戦術眼があったってことだね〜』
『やはりそこが今回の試合の分かれ目だったのでしょうか』
『でもあの場面で名前さんたちが空閑くんを追ってたら違う展開になってたと思うな』


「ごめんね……」
「いえそんな……!」
「オレたちが頼りないんです」
「違う」

それは違うんだよ。
空閑が後退したあの場面、無理に藤沢を庇うのではなく空閑を追撃していたら流れは変わっていた。佐鳥の言うとおりだ。
茶野、藤沢、十倉はフルフルと首を横に振る名前を黙って見つめる。名前が何かを抱えているのは3人とも薄々気づいていた。だけどそれを聞きだすようなことはしない。3人で示し合わさなくとも、名前が自ら話してくれるまで待つつもりでいる。

「ほんと、ごめんなさい。 次は絶対力になるから!」
「いやいや! 名前さんは今でも十分頼もしいので!」
「あの……名前さん」
徐に口を開いた茶野の様子に、室内はシンと静まり返る。名前も十倉も藤沢も、口を閉じて茶野に顔を向けた。

「自分たちは名前さんが来てくれて本当に感謝してるんです。どんな人かわからなくて不安もあったけど、実際に話してみるととても優しくて頼りになる人だってわかったし。茶野隊はまだ始まったばかりです。これからいくらでも変わっていけます。自分たちも名前さんと並べるくらい大きくなります。なので名前さんも、頼ってくれたら嬉しいです」
烏滸がましいですけど、と付け足した茶野はほんのり頬を染める。
茶野の言葉を聞いた藤沢と十倉も大きくうなづいて名前を見つめる。

彼らの視線があまりにも眩しくて、輝かしくて、直視できない時がある。それでも、彼らの真っ直ぐな目を見ていると自分はなんて視野が狭いのだろうと気付かされる。
ぐうっと心臓を鷲掴みにされたのは、何度目だろう。

「ありがとう〜!」
ぎゅううと茶野を抱き締め頭を撫でると、う、とかあ、とか明らかに困惑した声が聞こえてきた。でも離してなんかやらない。かわいいかわいいこの子たちを。
「十倉ちゃんも!」
続いて十倉もぎゅううと抱きしめる。流れを察したのか藤沢も落ち着きなく身体が半身逃げ出しているのがまたかわいい。もれなく全員かわいがってやるから覚悟しろよ。
嵐山くらいしか共感してくれなさそうなほど愛しみが溢れて体現せずにはいられない。

茶野隊の部屋に、明るい声が響いた。




*




頑張ってね、と言って茶野と藤沢を送り出してからおよそ20秒。名前は音もなく静かに部屋を出る。
猫のように足音を忍ばせて、蜘蛛のように壁に沿って歩く。不審者として通報されてもおかしくない奇行だが、本人は至って真剣だ。茶野と藤沢の影が分かれ道に差し掛かり、軽い会話の後反対方向に歩き出す。二人の姿が完全に角の奥に消えてから、名前はさささと小走りでその背中を追いかけた。

「わっ」

ちょうど藤沢が消えた方の角を曲がろうとした時、弾むような声が耳元で響いた。同時に叩かれた肩に置かれた手を、振り返りもせずにぎゅっと掴む。
「出水くん、しー」
藤沢を見失わないように、目線は彼の背中に向けたまま、抑えた声でイタズラを仕掛けた張本人を嗜める。

「ちぇ、やっぱり気づかれてたか〜」
「迅のサイドエフェクトを以てしても未だセクハラさせたことがない私のサイドエフェクトを侮らないことだね」
ふふふと自信ありげに笑いながらも視線は藤沢の背中を追う。彼が次の角を曲がった瞬間、出水の手を握ったまま音もなく俊敏に走り出す。

名前のサイドエフェクトは気配感知だ。1回戦前、茶野が部屋に近づいていることに気がついたのも、試合中に背後に忍び寄る間宮隊に気がついたのも、サイドエフェクトのおかげである。我が身だけで敵の位置を把握できるため、戦うオペレーターという異名がついた。このサイドエフェクトは影浦同様皮膚から感じ取れるので、サイドエフェクトをより多く、正確に使いたい場合は皮膚を露出させるためさらし姿で戦う。ちなみに名前が本気で戦う姿を初めて見た時、辻は鼻血を出した。


手を繋いで人目を偲ぶように廊下を走る名前と出水。他の隊員から何をしているのかと不思議そうな視線が突き刺さるが気にしない。出水はむしろこの状況を楽しんでいるのか名前に引っ張られるままイタズラを企む子どものようにニンマリする。
「なんでおれだってバレたんですか?」
「声だよ」
「そっか」
名前の視線がこちらを見ていなくとも、握られた手を見て出水はふーんと人知れず満足げな笑みを浮かべる。それは名前の中で出水の存在は声だけで判断でき、咄嗟に手を握れるほどになっているということを指している。名前の中に少しでも自分が存在しているという事実は、出水を喜ばせるには十分だった。

「ところで何してんすか? 追いかけてるのって名前さんの隊の人でしょ?」
望む回答を得られた出水は今更のようにこの奇行が気になった。同じ隊の仲間を尾行して何になるのか。出水は太刀川隊の面々を頭に浮かべて静かに首を横に振る。あいつらの日頃の行動なんて全く気にならない。尾行なんて以ての外だ。

しかし名前が口を開ける前に、藤沢はある作戦室の前で歩みを止めた。急ブレーキをかけたように名前がピタリと壁に沿って立ち止まる。
「お」
急な行動に反応が遅れた出水が名前の背中にぶつかって、声が出てしまった。その声が聞こえたのか藤沢が振り向く。
咄嗟に名前と出水は口を押さえて影に隠れた。

名前の頭の中は軽いパニックになっていた。
バレてたらなんて言い訳しよう。心配で着いてきちゃった、なんて言って引かれないだろうか。ストーカーかよとか思われたらもう二度と顔を見れないくらいにはショックだ。まあそれが事実なんだけど。

名前が眉間にシワを寄せて出水を睨むと、彼は困ったように笑いながら両手を合わせる。

藤沢の姿は確認できないが、まだこちらを警戒していることはなんとなくわかる。

どうか、どうかバレていませんように。
こんなしょうもないことで信頼を失いたくない。

藤沢が名前たちに気づかないことを祈るように、出水と繋いだ手にぎゅっと力を入れた。




[list]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -