is more regrettable than dying.




右に二宮、左に犬飼。
傍から見たらホストクラブの人気キャストとその客、といった構図だろう。しかし現実は両手に花なんて心地の良いものではなくて、身じろぎすることすら躊躇ってしまうような緊張感溢れる状況である。


なぜこんなことになってしまったのか。
それは5分前に遡る。


藤沢が師匠の元へ初訪問する場面を見届けた名前は後日、懲りずに茶野を尾行していた。だって藤沢だけ見届けて茶野のことは放ったらかしなんてありえないよね。体が2つあれば同時に見届けたかったくらいなのだから。
そして、茶野が無事に挨拶を済ませ二宮隊に入りほっと一息ついた瞬間、まだ閉まりきっていない扉の中から二宮の鋭い一言が聞こえたのだ。

「鏡宮いるんだろ。入れ」

背筋が凍りついた。
なぜバレた? 姿は見られていないはず……逃げるか。
一瞬そんな考えが頭を過ったが、それが名前の首を絞めることになるのがわからないほど名前は取り乱してはいなかった。

彼の声に従ってゆっくりと扉の先に歩み出す。

顔を覗かせると、目を丸くする茶野、にっこりと笑みを浮かべる犬飼、一瞬目が合ったが頬を赤くして驚いたように視線を逸らす辻、そして、微かだが意地悪げに唇を歪める二宮に出迎えられる。

なんとなく抱いた違和感に、名前はそれ以上足を踏み込めない。

というか二宮が笑ってるなんて、きっと明日は雨どころか槍が降るし、なんなら今この場から逃げ出したいほど嫌な予感しかしない。


二宮に視線で促され、名前は渋々と彼の側まで足を進める。そして、茶野の側から離れた犬飼に腕を引かれ、二宮の隣に座らされた。その犬飼は名前の腕を掴んだまま反対側にどかりと腰をおろす。
3人がけのソファにすっぽりと収まった名前たちに、どう対応していいのか困ったように口元を引つらせた茶野の視線が突き刺さる。


シン……と静まり返った部屋が息苦しい。隣の犬飼は何が楽しいのか口元がニヤついている。



「二宮さん……私と同じサイドエフェクト持ちでしたっけ……?」

耐えかねた名前は窺うように口を開いた。
息もできないほどの張り詰めた沈黙のあと、プッと隣の犬飼が吹き出す。

「そうですね。名前さん限定気配感知です」

犬飼はふつふつと止まらない笑いを噛み殺すように口を手で押さえるも、震える肩で相当笑っていることはバレバレだ。

馬鹿なことを言った自覚はある。未だ何も反応のない二宮が怖くて膝を見つめたまま固まってしまう。怒っているだろうか、呆れているだろうか。もうどんな罵りでも受けるのでせめて何か言ってほしいと思っていると、頭上から二宮の落ち着いた声が降ってくる。


「馬鹿なことを言ってないで訓練に入れ」

それが犬飼に向けられた言葉だと気づくのに数秒を要した。
ようやく笑いがおさまったらしい犬飼が、了解でーす、と間延びした返事をし、困ったように立ち尽くしていた茶野に歩み寄る。名前はすぐさま犬飼がいた空いたスペースに体をスライドさせた。


犬飼と茶野が訓練スペースに入って行くと、なんとも不思議な空間が出来上がる。
辻はいつの間にか部屋の隅に移動してじっと固まっているし、二宮と名前は会話もなくソファに隣り合う。


いや、犬飼くん! 放置して行かないでよ!


心の中で叫ぶが、さっさと訓練ブースに入ってしまった無責任な彼には届かない。
辻に負けず劣らぬ落ち着きのなさで指をいじる名前の隣で二宮は優雅に長い足を組み替える。1年長く生きているだけでここまで違うか。
気を張っているのが馬鹿らしくなった名前がふっと気を緩めると、タイミングを見計らったように二宮が口を開いた。

「お前は気を張りすぎだ」
「え、あ、すみません。二宮さんの隣だと緊張しちゃって……」
「違う。茶野たちのことだ」
「え!? あ、ああ〜! そっちですか! ははは……」

唐突に投げかけられる言葉は相変わらずわかりづらい。だけど意味がわかればこんなに心に刺さる言葉はないと思える。それは二宮の口から出た言葉だからでもある。彼の言葉には重みと、説得力があるのだ。

「肩の力を抜け。誰かに頼ることも覚えろ」

だから名前はいつも彼の言葉をゆっくりと噛みしめる。
ぽんと肩に乗せられた二宮の手は名前の肩からはみ出してしまうほど大きくて、安心感のある手だった。




「お邪魔しました。辻くんも……またね」
「ぁ、はい」
本当は辻とも話したかったが彼は終始部屋の隅っこで固まっていたのでそっとしておいた。彼と話すのはなかなか難しい。

結局二宮が名前の名前を呼んだのは、先日名前が藤沢について行った話を風の噂で聞いていたからだそうだ。お前の思考は単純だ、と小馬鹿にしたような言い方をされたものの相手が二宮というのもあってそのとおりですと頷くしかなかった。
そんな二宮のさり気ない気遣いにほくほくとした気持ちで部屋を出る。これがギャップ萌えというやつだろうか。


二宮の手の大きさと優しさを思い出してはニヤける口元を押さえながら茶野隊作戦室へ戻ろうとしている時だった。

「鏡宮」

凛と澄んだ声が名前を呼び止める。
静かで、思わず耳を傾けたくなる声。
振り向くと、そこには声と同じように凛と背筋を伸ばす風間がいる。

「風間さん、お疲れさまです」
歩み寄ってくる風間に合わせるように名前も足を進める。風間は名前よりもずっと凛々しいが、目線が同じというのもあって個人的に二宮よりも接しやすい。
「今あいてるか」
「え、そうですね。大丈夫ですよ」
「そうか。個人戦やるぞ」
「え!?」
ちょっと待って、と呼び止める暇もなく風間はくるりと踵を返し訓練ブースへと歩き始める。有無を言わせぬ彼の態度に名前は慌ててついて行くしかない。

「あの、風間さん……私、個人戦は……」
背後から伺うように声をかけるも風間はしっかりと前を見据えたままだ。
「知っている。鏡宮が人相手に戦えないことも、年下の男に弱いことも」
「言い方……」
年下の男に弱いって言い方はどうかと思う。

「俺は人間だが年下ではない」

いやそうですけども!

きっともう何を言っても風間の意志は揺らがないのだろう。
名前はもはや黙ってその背中についていくしかなかった。


戦うオペレーターと風間さんが戦ってるらしいぞ、と噂になり始めたのは二人が3本目を終えた頃だった。噂が噂を呼びどんどんと膨れるギャラリーに気づくこともなく、二人は試合を重ねる。

ぼすり、と名前の背を柔らかく受け止めるマットレスにそのまま身を委ね、うああ、と言葉にならない声を上げる。

5戦中5敗。

この数字が悔しいわけではない、
ただひたすらに、申し訳ないのだ。

『鏡宮』
「っ、はい!」

マットレスに身を委ねたまま瞼に腕を押し当てていると、風間の音声が耳に入り思わず身を起こした。いつもどおりの涼し気な声音が今は少し冷たく感じる。
失望されただろうか。
何を言われるかと身構えていると、彼から浅い吐息が一つ溢れる。

『俺はそんなに頼りないか』
「そんなこと、絶対ないです! ない、ですよ……」
『なら俺を使え。躊躇うな』

ゾクリと背筋が粟立った。口を開く間もなく、ブツリと一方的に音声が途切れる。

やはり風間は気づいている。

名前が風間相手に本気を出せないことを。

風間が名前より実力も年齢も上であることは頭ではわかっている。だが、彼を斬るイメージを想像すると、頭が真っ白になって身体が固まってしまうのだ。
それは彼に対する侮辱とも取れる行動であることも理解していた。

それでも風間は怒ることなく、名前にチャンスをくれる。名前の力になろうとしてくれている。


やっぱり私は周りに恵まれすぎている。


不意に流れそうになった涙を飲み込み、名前は再び戦場へと足を踏み出した。



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