Than dying while young.




意気込んで風間の前に立った名前はその試合、初めて彼に刃を向けた。
10戦中その1戦は引き分けたが、結局名前が攻撃に転じたのはその一戦だけだった。

「三雲くんと同じですね」
「……結果だけ見ればな」
内容は三雲より酷いものだ。本気を出して戦った彼の方がよっぽどいい試合をしただろう。

「すみません風間さん……せっかく誘っていただいたのに……」

名前はただ謝ることしかできない。何を言っても彼に失礼だと思ったし、それほどのことをしている自覚はあった。

「謝るくらいなら克服しろ」
「はい……」
風間の冷たい声は容赦なく名前に突き刺さる。項垂れたままちらりと目線を上げると、彼の赤い瞳と視線が絡み、捕らわれたように目を逸らせない。

何を考えているのかわかり辛いその瞳をじっと見つめていると吸い込まれそうになる。吸い込まれて、捕らわれて、風間さんという人の深層を知りたくなる。

今、風間さんは何を考えているのですか。

彼に失望されたくない、そんな思いを込めて底が見えないその瞳を見つめる。

風間は表情を変えることもなく、ごく自然な動きで腕を上げた。そのまま同じ高さにある名前の頭をぽんと軽く撫でる。
「また声をかける」
そう呟いて風間の温もりが頭から離れていく。彼の態度も、声も、視線も、冷たく感じてしまう時もあるが、その手の温もりは確かだ。
「は、はい! ありがとうございました!」
去って行く風間の背中は、とても大きかった。



「名前さんお疲れさまです」
「お疲れさまでーす」
「あ、菊池原くんと歌川くん! お疲れさま!」
ブースを出た名前を迎えたのは、相変わらず眠そうな目でストローを咥えている菊池原とシャンと背筋を伸ばして微笑をたたえる歌川だった。

「風間さんなら向こう行ったよ?」
「名前さんの間抜け面見に来たんですよー」
「え?」
「あんな試合して風間さんよく怒んなかったですよねー」
「うぐ……」
「風間さん相手に引き分けてるだけでも十分だと思います」
「歌川くん優しい……」
「えーでも引き分けって玉狛のメガネと同じじゃん」
「そんなこと言うのはこの口か」
ぶうぶうと文句をたれる菊池原の頬を両手でぷにぷにと挟んでやる。それを言ってしまったら風間が三雲に引き分けたことはどう説明するのか、と意地悪な質問をしたくなるが彼の生意気な口を塞ぐにとどめた。


「というかこのギャラリーなに」
名前はふと我に返ってブース前がやけに賑わっていることに気がついた。パッと見たところC級隊員が多いようだ。
「ふぁひっへ、ひんひゃ」
口を挟まれながらも唇を尖らせて何かを訴える菊池原の頬を解放してやると、はあ、と大きなため息が彼の口から一つ溢れる。

「だから、みんな名前さんたちの試合見てたんですよ」
「え!? いつの間に!?」
「割とすぐ噂になったみたいで、俺たちの耳に届いたのが4試合目くらいだったんですけどすでに結構集まってましたね」
苦笑混じりの歌川の声に、名前は小さく悲鳴を上げる。
醜態を晒してしまって茶野たちに合わせる顔がない。しかしよく考えれば風間の個人戦に人が集まらないわけがないのだ。三雲の時もいつも以上にギャラリーが集まっていたと聞く。

「名前さんが風間さんに頭撫でられてニヤついてるのもみんな見てましたよ」
「あ、終わった」
風間さんの手が暖かかったとか、意外と繊細で優しい手つきだったとか、そういった感情が顔に出ていたのだろうか。
今更ながら顔を隠しても後の祭りだ。
誰か知り合いはいるのかと顔を巡らすと、かわいらしい二人とばちりと目が合う。

「噂をすれば三雲くんのところの子だ」
名前がぺこりと頭を下げると二人も慌てて頭を下げる。それを見て、女性同士ごゆっくりとだけ残してさっさと去っていった菊池原たちと入れ替わるようにして雨取ともう一人の女の子が歩み寄ってくる。

「この前はお疲れさま」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「いやあ、見事にやられちゃったよ」
あははと笑うと雨取はきゅっと口を結ぶ。ちらりと視線を移すと、雨取の隣で猫を頭に乗っけていた子がその猫を腕に下ろしてペコリと頭を下げる。
「はじめまして。夏目出穂っす」
猫を抱えた夏目は雨取と同時期に狙撃手になったらしい。ずっと頭に猫を乗っけているのだろうか。

なんとも羨ましい。

触りたくてウズウズする手を徐々に夏目の方へと忍ばせる。
「触っていいっすよ」
「やったー!」
手の動きを見られていた名前は年甲斐もなく大喜びで猫に手を伸ばす。
「にゃーにゃーかわいいなあ〜」
驚くべきことにこの猫は見ず知らずの他人から触られても逃げないできた子だった。うふふと気味が悪い笑みを浮かべながらその柔らかい毛を撫で回していると、どこからかシャッター音が鳴る。

外野たちの声に紛れたその機械音がやけに大きく聞こえ、思わず顔を上げた名前は不審なものを見るようにすっと目を細めた。
「……何してんの」
「いやーあかん、反則やわ。動物と名前さんの組み合わせはかわいすぎや」
「名前ちゃんのかわいさがカンストしてて心臓止まってまうかと思ったわ。てか何この空間。かわいい子しかおらん」
何言ってんだと白い目を向けるもマイペースの代名詞である生駒と隠岐の呟きは止まらない。
物陰から隠れるようにして顔を覗かせこちらを伺っている。もう見つかっているのだから隠れる必要はないと思う。

その時名前はあることに気がついた。
今の生駒たちの行動って私が茶野くんたちにやってるのと同じことではないか、と。
うん、自分の行動を見られてると思うと普通に怖いな。
いくらかわいくても尾行は自重しようと心に決めた。

とにかく未だにバレバレの盗撮をしてくる二人を放っておくわけにはいかない。せっかくなので猫ちゃんのかわいさを共有しようではないかと二人に向かって手招きする。

「隠岐くんたちも触らせてもらいなよ。大人しい子だよ」
「え、俺ら行ってええんかな。あの空間に入れる?」
「入りたいけどあの空間は壊したくないよなあ。あそこだけキラキラしてるやん」
「いいから来い」
「「はい」」
名前の一声でピンと背筋を伸ばして歩み寄ってくる生駒たちを見て、飼いならされてるなと思ってしまった夏目だった。




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