握緊める



ひとしきり食べて話して各々が団欒の時間を過ごしている時、もう我慢ならないという様子で宵越が立ち上がった。ズカズカと大股で歩き、仁王立ちで王城の前に立ち塞がる。名前は眉間にシワを寄せた宵越の様子を固唾を飲んで見守る。対して当の本人である王城は穏やかな表情を浮かべていた。
宵越は眉間のシワをより一層深くして口を開く。

「なんでお前が部長なんだ?」

それまで楽しげに言葉を交わしていた水澄たちも黙り込み、静まった部屋に緊張が走った。ただ王城だけが表情を崩さず、笑みすら浮かべている。宵越の質問に怒るでもなく、ゆっくりと瞬きをして静かに言葉を返す。
「そうだね。僕の身体はカバディ向きじゃない」
淡々と話す王城の姿を名前はじっと見つめた。白くなるほど握りしめられた手を膝に置き、静かに次の言葉を待つ。
「でも僕が部長なのは……僕が一番、強いから……」
その言葉を聞いて、名前はごくりと喉を鳴らした。

ああ、そうだ。この王城を早く見たかったんだ。

力がふっと緩んで、手に赤みが戻りじんわりと暖かくなる。

体育館で勝負をすると言い出しても名前は一切止めなかった。むしろ興奮を抑えるのに必死で何も言葉を発せられなかった。


「名前、抑えろよ。正人は退院明けなんだから」
「わかってるよ」
内から湧き上がる高揚感を押さえつける。慶に注意されてしまうのも仕方がない。きっと抑えきれていない興奮が顔に出ていたのだろう。
私はまた同じ過ちを犯すのか。
久しぶりに正人のカバディが見られる。ワクワクしないわけにはいかないけれど、名前は行き場のない感情に胸を押さえた。

誰よりもカバディを愛し、
誰よりもカバディを楽しむ。

「早く……やろう」

その獣じみた姿を見て、胸の前で手を握りしめる。

王城は自分を抑えるために深呼吸をする。
名前もまた同じように大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

そして、自己紹介代わりのゲームが始まる。
瞬きをする間もなく、王城が指先でトンと宵越に触れた。

その瞬間、足元からゾワゾワと何かが這い上がってくるような感覚に襲われる。

やっぱり正人のカバディは、誰よりも楽しそうで、見ている者までワクワクさせてくれる。

名前が感動に浸っている間にも、第二回戦が行われようとしていた。
再びコートに意識を戻し、食い入るように王城を見つめる。

宵越が王城のような動きでぬるりと攻撃を躱す。それは本人も意図してやったものではなく、全くの偶然だった。しかし、その動きを見た時、素直に喜べない自分がいることに名前は気づく。
それはなぜか……? わからない。わからないのは、考えようとしていないからか……。

宵越の動きを見た王城にスイッチが入る。
ドッと走り出し、カウンターで宵越を振り倒した。

「ああ……はは……やっぱり……楽しいなぁ……」

一瞬の出来事に呆気にとられるも、倒れ込みながら不敵に笑う王城の姿を見てはっと意識を戻す。

「正人……!」
名前は王城に駆け寄った。顔には大袈裟なくらい焦燥の色が浮かんでいる。
「名前……」
名前の声を聞いて、王城はむくりと身体を起こした。駆け寄る名前を見て次第に獣の顔から人間の顔へと戻っていく。
「無理、しすぎだよ。まだ本調子じゃないんだから……」
名前の言葉はどんどん尻すぼみになっていく。王城のカバディを見て、1番興奮していた者のセリフではない。本当はもっと王城のカバディを見たいのだから。そんな本心が、名前の口調には表れていた。
「ゴメン……僕の技、真似されたの初めてだったから……」

そうだね。知ってるよ。わかってる。

だからこそ、名前はそれ以上何も言わず、王城の足を擦る。怪我をしたそこは、まだ完全には治っていない。
わかってる、わかってるよ。って言うように。

「ありがとう、名前」
王城は足を擦る名前の手にそっと自分の手を重ね、穏やかに微笑む。王城の中に潜む獣は見る影もない。


王城のカバディを体感し、宵越は考えを改めざるを得なかった。
同じ攻撃手として、目標とすべき人物。

そして、好敵手でもある。

「ねえ、また唇切れてるよ」
「舐めてれば治るよ」
「こら。そうやって舐めるからひどくなるんで、ひゃあ!」
名前がぺろぺろと舐められる唇に指を持っていくと、そのまま王城は名前の指をぺろりと舐めた。
以前、水澄たちが部長には彼女がいるとかいないとか話していたことを思い出す。

顔を真っ赤にして怒る名前を前にしてヘラヘラと笑う王城。誰も立ち入ることができないほど仲睦まじい姿を見せられて、宵越は眉間に深いシワを寄せた。






[list]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -