Ambivalent



王城の復帰から1週間後、1限目の準備をしていた名前は衝撃の事実を聞かされた。寝耳に水とはこのことだ。

「奏和と練習試合!?」
「そう。宵越君と話してさ、一度試合をさせたいと思って」
「奏和って……よく受けてくれたね。やっぱり、六弦くんが?」
「そうだよ。『望む所だ』だってさ」
「そっか。会うの久しぶりだなあ」
六弦とは冬の大会の時に少し顔を合わせた程度だ。年々身体が強く大きくなっている六弦を思い出して、ぼんやりと窓の外に視線を投げかける。元気にしてるかなあなんて呑気なことを思いながら。

王城はそんな名前の様子を、観察するようにじっと見つめる。かと思えば、ニコリと顔に笑みを貼り付けた。
「六弦と会うの、楽しみ?」
「え? うーん……楽しみ、かな。どれくらい選手として成長してるのかとか、気になるし」
「ふーん……」
楽しみと言うわりに、名前は難しい顔を浮かべる。六弦の戦いぶりは大会で何度か目にしたことはあるが、実際に戦うのは中学以来だ。さらに強くなっている彼をどう攻略するかに頭を巡らせる。

「六弦も楽しみにしてると思うよ」
対して王城は顔に貼り付けた笑みを崩さない。
「どうしてそんなこと言えるの……というか、その顔怖いんだけど」
受付嬢が機械的に微笑んでいるかのような笑みを浮かべる王城の額を軽くつつく。王城はむうと大きな目を潤ませて額を押さえたかと思えば、その手をゆっくりと離して視線を下げる。
「僕にはわかる。……六弦は名前を欲しがってたからね」
「え?」
最後のつぶやきは小さすぎて名前の耳には入らなかった。しかし、王城はなんの補足も入れない。もとより聞かせる気はなかった。
「僕も、楽しみだ」
そう言い残して王城は自席へと戻って行った。




*




奏和戦に向けて、各々の能力に見合った練習を行うようになった。井浦は畦道、王城は宵越の指導にまわる。名前はというと、王城がオーバーワークをしないように見張っているという役目を仰せつかった。
といっても、王城と宵越の集中力はすごいもので、容易に割り込める雰囲気ではない。もっともっと動きたいっていうその気持ちは十分わかるから。

日に日に宵越の動きが良くなっているのがわかり、なかなか止めさせどころが見つけられなくて困る。もうちょっと、これが終われば、と引き伸ばしているうちにすっかり日も落ちてしまう毎日。暗くなった夜道を王城と並んで歩くのが日課になってしまった。

「この前ね、宵越君の部屋に行ったんだ」
「へぇ、よく入れてくれたね?」
「うん。肉じゃががよかったのかな?」
エサで釣ったわけか。
名前は納得したように頷く。
「美味しいって言ってくれたよ。あと、名前の味と似てるって」
「わあ……意外とちゃんと味わってるんだね」
「だよね。僕もビックリしたよ」
名前と王城は、時期は違えど同じ人物から料理を教わっていたことがある。だから味が似ていてもおかしくはない。

「あ、それで本題なんだけど」
すっと王城の顔が引き締まる。料理を教わっていた人を思い出して微笑んでいた名前も、呼応するように身構えた。

「宵越君、悔しがってたんだ」
「え……?」
「僕がカバディ歴10年以上だって聞いても、勝負で負けたのが悔しかったって」
王城が退院した日、自己紹介がてら宵越と王城は勝負をした。もちろん王城が勝ったけれど、宵越は一瞬、王城の技をやってみせた。

それを名前は素直に喜べなかった。その時のことを思い出して眉をしかめる。
あれから日数も経って冷静になった今ならその理由がわかる。

私の方こそ、悔しかったんだ。

名前は眉をしかめたまま押し黙る。そんな名前の様子を見て王城はフッと笑みを漏らした。
「名前にそんな顔させるなんて、情けないな……」
眉尻を下げて笑うその表情を見てしまって、名前は何も言えなくなる。

誰よりも王城自身が悔しいはずだ。
名前にはぐっと拳を握りしめ押し黙ることしかできない。

小さい時から王城のカバディを見てきたから、王城贔屓になってしまう自分がマネージャーとしての自分とせめぎ合う。
ここ最近の居残り練習を見ていても思うが、宵越の学習能力は凄まじい。一度体感しただけでなんとなくコツを掴んでしまう。

ずるいって思ってしまう。

でも彼も努力を怠らないから、名前は宵越を認めている。能京カバディ部の攻撃手として立派な選手に成長してほしい。

それでも今は、名字名前という一個人の立場から言わせてほしい。

「どんな攻撃手が現れたって私にとっての最強の攻撃手は正人だし、私は、正人のカバディが1番好きだよ」

普段ならこんなこと言わない。恥ずかしくて今すぐ穴の中に入りたいくらい。顔もおそらく赤くなっている。耳まで熱いもん。
でも、言葉にするとモヤが晴れたような気分になった。
どんな上手い人のカバディよりも正人のカバディに惹かれたから、今私はここにいるんだ。

「名前……」
王城は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で名前を凝視する。そして、ふるふると震える手を名前に伸ばし、ぎゅっと抱き寄せた。

「今なら死ねる……」
「死なないで!?」


大好きなカバディの頂点の景色を見る時、そこに私もいれたらいいなって思ってしまったんだ。
心から幸せを味わう王城の姿を隣で見ていたいって思うから。

名前は感動のあまり震える王城の背中を擦り、優しく包み込んだ。





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