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危険なものには※
主にサンホラ
Twitterでイドさんいっぱい

sh/drrr/小話/返信

おかしのへやのあおひげ(井戸親子+コルテス)

「むかしむかし、とても大きな屋敷に、一人のお金持ちが住んでいました。このお金持ちはお屋敷の倉にたくさんの宝物や宝石を持ち、至る所に別荘を持っていました」
「…べっそー?」
「べっそう、だ。いつも住んでいる家とは別に、自然が綺麗なところや気候が良いところに建てる家のことさ」
「…!ままこ、うみのとこがいい!ふぁーてぃと、いっしょ!」
「嗚呼、仕事と時間が許すならばそうしたいな…いや、可愛い娘の為なら、海の見える見晴らしの良い丘に作ろう。それまでは船を別荘にするのも良い案かもね」
「おふね、のってみたい!」
「とても慌ただしいことになりそうだけどな、主にコルテスが」
「?」
「さて、お話に戻ろうか。そのお金持ちは、もじゃもじゃの青い髭が生えたとても怖い顔をしているので、人々からは『青髭』と呼ばれて嫌われていました。青髭には奇妙な噂がありました。それは、今まで六人の奥さんを貰ったのに、みんな何処かへ消えてしま…イタッ…痛い痛い痛い!どうした継子」
「ふぁーてぃ、あおくない…ううー」
「ええ…そういう文句は私の両親に言ってほし…いたたた…ッそれは髭じゃなくて髪だ。引っ張るな。ほら、継子も私と同じ色だろう?」
「…ままこ、しってるよ。こぅてすおじさま、おうごんとおんなじだって」
「黄金?嗚呼、色がかい?」
「きらきらしてて、おほしさまとおつきさまみたいなんだよ!」
「色々恥ずかしいことを子供に言うなあいつは。成る程、じゃあ私たちの髪は売ったらきっと、すごく高く買ってもらえるね、例えば…カツラ。コルテスの」
「まふらぁー」
「マフラー!?もっと他の使い方してほしい!そんな、動物の毛皮じゃないんだから」
「ふぁーてぃのかみ、まふぁーみたい。もふもふ」
「はは、冬は首に巻けば温かいな」
「ままこも!」

「イド…そろそろいいか?次の航海の予定を」
「あおひげ!!」
「青髭!?」
「おっと…身近に髭の生えている男が居る事を忘れていた」
「お前ら一体何の話を…いたたた、髭は引っ張らないでくれ!」
「おひげー!」
「青髭の話をしていたのだよ。私の髭は青くないって怒られてしまった」
「青い以前に髭生やしてないだろう…継子ちゃん、俺の髭も青くはないと思うんだが」
「ちくちく…もじゃもじゃじゃない…」
「そっちか!心底残念そうな顔されるとヘコむぞ…!」
「今度から髪だけではなく髭の増量にも力を入れないとな」
「お前はいちいち腹立つ発言すんな」
「こぅてすおじさま、あおひげ、ない?」
「うーん、俺は青髭の様に妻を何人も娶ったりしてないからなあ…」
「女誑しがどの口で」
「じゃあままこ、あおひげになる!おひげで、うみいって、ふぁーてぃとべっどお!」
「おしい!べっそうだ!ファーティとベッドなら今と変わらない!」
「べ、っそ」
「そうそう」
「ふぁーてぃ、おはなしのつづき、おしえて」
「ん?ああ。どこまで話したっけ…、そうそう。ある日青髭は、近くに住む美しい娘を七人目のお嫁さんにしたいと思いました。そこで娘とそのお兄さんとお母さん、友達を呼んで青髭の別荘でパーティをしました」
「ぱーてぃ…!!おたんじょうび!」
「お誕生日?」
「娘の誕生日にはパーティを開くと約束したんだ。船員総出で」
「総出で!?」
「みんなは青髭の別荘に何日も泊まり、その間青髭はずっとニコニコしていました。娘は青髭のお嫁さんになっても良いと言ったので、青髭は大喜びで結婚式の準備をします。結婚式から数日後、青髭は奥さんを呼び出してこう言いました。『明日から用事があるから、わしは出かけることになった。だからお前に、この鍵束を渡しておこう。どの部屋だって入っていいし、退屈だったらお前の友人達を呼んでパーティをしても構わない。ただし…この、黄金の鍵だけは決して使ってはならない』」
「…どおしておうごんのかぎは、だめなの?」
「何故だろうね?娘も気になって尋ねてみましたが、青髭は答えてくれませんでした。『絶対に入ってはいけない』と娘に念を押して、次の朝に出かけて行きました」
「ばいばいー…」
「継子、黄金の鍵の部屋の中には何が入っていると思った?」
「ん…おかし!あおひげ、おかねたくさんもってるから、ひとりじめ!めっ!」
「はは、奥さんに食べられないように大切に隠しておくのか。じゃあ奥さんはきっとお菓子の甘い匂いに誘われてその秘密の部屋を開けてしまうな。壁は焼き菓子、窓は白砂糖…お菓子の美味しい部屋を拵えてあげようか!」
「別の話になってるぞ」
「おくさんみんな、おかしいっぱいたべる!」
「成る程、六人の妻達はそのお菓子の部屋が美味しすぎて、ずっと籠って食べていたわけだな」
「ひとりじめ、だめ!みんなでたべるの!」
「嗚呼そうだとも。青髭も七人目の妻も加わって、飽きる事の無いお菓子パーティだ!」
「わーっ!」
「すげえ!話が混じり過ぎて原型が無くなってる!」
「我が娘の想像力を持ってすればどんな話も幸せな結末を迎えるな…!どうしようコルテス!うちの子は天才かもしれない!」
「あーはいはい親バカも大概にしろ」
「………うー…」
「…ん?継子、そんなに考え込んでどうした?」
「えと、ね…あのね、ふぁーてぃがおくさん」
「えっ」
「こぅてすおじさまが、まえのおくさん!」
「!?」
「ままこ、あおひげやるよー!するよ!」
「えっファーティ二十歳にも満たない娘の役なのかい…!確かに私は女と違えるほどの美しい金髪の持ち主だが、せめて男役がいいな…!あっでも青髭は嫌だ」
「俺なんか一人で六人分やる感じですよね!?」
「髭面の娘を娶るなんて変態にも程があるな」
「…なんかまた別の話に…」
「ああ、いとしいわがはなよめよー」
「「どっち!?」」




2012/11/04 21:58

あさのふうけい(コルイド)

(ナチュラル同棲現代パロ)

「おは…眠い」
「おはようくらいちゃんと言い給えよ。おはよう」
「休日なのにこんな朝早く目覚ましかけるとか狂気の沙汰じゃねーか…。朝飯は」
「朝早くってもう10時だが。今日はベルが遊びにくるから部屋の片付けと洗濯物をさっさと終わらせなければいけないだろう。朝飯はヨーグルトだ」
「はあ?そんだけ?」
「クロワッサンとカフェオレ付きだ」
「おい普通メインはそっちだろうが。まぁいいや…朝はあんま食べられないし」
「一度やってみたかったんだよな、カフェオレにクロワッサン浸して食べるの。フランス人みたいで憧れていたんだ。なかなかやろうと思っても朝飯なんて手近にあるもので済ますから忘れてしまう」
「ああ…あるよなそういうの。俺いつも出勤十分前に起きるから朝飯なんていつも食わねえし」
「君はもっと朝の時間を楽しむべきだ。ほら、ヨーグルト」
「サンキュー。なにこれカスピ海ヨーグルト?」
「あ、君アロエが好きなんだっけ。プレーンしか買ってこなかったな…たしか冷蔵庫にジャムが」
「カスピ海って何処の海だ?ヨーグルトなのに海?」
「カスピ海は海じゃないぞ低能。お…ブルーベリーのジャムがあった。これ入れるか?」
「入れる。今度アロエの買ってきてくれ」
「私アロエ苦手なんだよなぁ…子供の頃近所にある家のアロエを食用だと勘違いして千切って食べたら翻筋斗打つくらい不味くて」
「馬鹿じゃないのか。それよりカスピ海って海って言ってんじゃねーか」
「ググれ面倒臭い。ほら、さっさと食べて食器片付け給え!ベルは昼時に来るぞ!」
「はいはい…って、お前は何するの」
「とりあえずリビングの片付けと掃除だな。ああ、その寝間着早く脱ぎ給えよ。ベルが来るまでには干したいから」
「それより寝室のシーツの洗濯を優先した方が…。昨日お前が文字通りめちゃくちゃに汚し」
「う、る、さ、い!分かってる低能!!」


2012/10/20 23:19

暗い部屋での再会(コルイド)

(いつか言っていたコルイド再会話。完全に繋がっているわけではありませんが、同じ話です。またこれも中途半端に終わります)


この船には、金鉱から取れた僅かな金とサトウキビの他に白人の罪人が乗っている。その男の名を知ったのは出港から1日も経っていなかった。船を出す前からその手の話は聞いていたが、興味もさして無かったし船を動かすことだけが仕事なので関わる気も無かったのだ。それなのに船上を動く船員たちの話を聞いて、罪人への食事の運搬を自分に任すように願い出たのは単なる気紛れではない。他人の口から聞いた単語が、酷く懐かしい響きを持っていたからだ。

航路の確認が終わった後、イドは食事を持って奥の部屋へと移動した。そろそろ太陽が傾き始める時刻であり、罪人への食事運搬はこの時間と早朝の二回と決まっている。昼前に出港したのでこれが初めての食事だ。他に食事をする手間を省きたかったので自分の分の食事も一緒に運んだ。ポケットに入れてある鍵を取り出して扉を開き、光が一切灯らない部屋へと足を運ぶ。一応窓はあるが薄暗い地下に存在するその部屋には太陽の光は届きにくい。イドは敢えてランプに火を灯すことをせずに罪人の目の前まで歩いた。影でなんとか人が居ることは分かるが、顔までは分からない。それは向こうも同じだろう。人が入って来たことに気付いたのか罪人を繋ぐ鎖が音を鳴らす。

「食事の時間だ」

「いらん。帰れ」

膝を地につき足元に食事を置くが、罪人は一向に動こうとしなかった。その反応にイドは怒りもせず、ただ苦笑して返す。

「そう突っ撥ねるな、仲良くしようじゃないか?私も此処で食べるつもりだからね。…ああ、繋がられては食えんか」

部屋の鍵と一緒にまとめてあるもう1つの鍵を手に取り、男の右手の鎖だけ外そうと身体を伸ばす。そのまま鎖の冷たい感覚を探ろうと手を動かすが、触れたのは壁だけで鎖も右腕の感触も見当たらなかった。行き場を見出だせない右手に疑問を覚え、数回瞼を瞬かせる。縛る鎖も縛られる腕も無い。罪人が縛られて、いない。瞬時に頭を回転させて行き着いた結論にイドは目を剥く。まさかと手を引き寄せて体を後退させようとした。刹那、鳩尾に鈍い衝撃が走った。

「…ぐ…ッ!」

鋭い痛みにイドは体を丸めて地面に伏す。重い衝撃だった。痛みを堪えるため眉間に皺を寄せ、細めた目を辛うじて使って視線を向けると、鎖が引きちぎられていた。鎖だったものが塵のように床に散らばっている。男は自由になっていた右手でイドが持っていた鍵を奪い取り左手や足に絡み付いている鎖を取り除き始めた。じゃらじゃらと音を立てながら大して時間も掛けずに男は鎖を全て外す。

「…っ」

イドは右手で体重を支えて男を見据えた。脂汗が数滴額から流れ落ちて床に染みを作る。しかしその表情に浮かんでいたのは負の感情ではない。他人が見ていたら、下手をしたら次には殺されるかもしれないと危惧する状況でイドは口元を吊り上げていた。くく、と乾いた笑いが部屋に響く。自由になった筈の男はその不気味な笑い声に足を縛られ、部屋を出ることが出来ず不審そうにイドを見た。
イドは無造作に額に滲んだ汗を乱暴に拭い、地面に乱雑に投げ出された食事と一緒に転がっているランプを手に取ると男の眼前で火を灯した。ぽう、と幽かな光が暗い部屋に灯る。淡い光が室内を照らし、薄暗い空間が若干の赤色に染まる。狭い部屋に光は届き易い。その明かりによって映し出されたイドの金髪を見て男は目を見開いた。

「……イド……!?」

「…やっと気付いたか。っけほ、っこの、低能」

イドは殴られた鳩尾を左手で支えながら、笑みを浮かべて立ち上がる。

「…久しぶりだなあ、フェルナンド」

ランプの明かりはイドの姿だけではなく、目の前の男も満遍なく照らした。長い黒髪を1つに結い、白い顔に髭を生やした頑健な体躯を持った男。イドにとっては彼の名前も、その無駄に均衡が取れた体型も懐かしいものだった。忘れることもできないくらい鮮明に記憶にこびりついている。
コルテス。彼は久し振りの友人だった。



「まったく、鎖を引きちぎる罪人なんて初めて相手にしたよ。相変わらず無駄に馬鹿力だな」

「お前ヴェネチアに居たんじゃ無かったのか…?こんな所で何やってるんだよ」

「それは此方の台詞だか?。私は航海士として雇われているだけさ。運ぶ商品が変わっただけでやっていることは昔と変わらない。キューバからスペインまでサトウキビの他にスペインの罪人も運んでくれと頼まれて、詳しく聞いたらそいつの名前がコルテスだって言うじゃないか。また何かやらかしたのか」

「またって何だよ」

「女絡み以外に何があるんだ」

真顔で何の戸惑いもなく紡いだイドにコルテスは苦笑する。数年振りに会っても調子は昔と何ら変わっていないし、認識も変わっていない。イドは相変わらず毒舌であり、コルテスも相変わらず女に弱かった。

「まあ…否定しない」

「…学びたまえよ」

清々しいほど露骨に自分を棚に上げた発言だが、コルテスは指摘せずに首を横に振る。

「誤解されないように言うが、今度は人妻に手を出したわけではないからな」

「その弁解が逆に誤解を招くと気付きたまえ」

口ではそう言いながら、イドは変わらぬ友人の言葉には気の抜けた笑みを浮かべてしまう。出会えた喜びを抑えることは出来なかった。調子を戻すように会話を交わす。イドもコルテスも互いの機嫌を伺うような性格では無かったので、遠慮せずに昔の調子を探ることが出来る。数年間の空白の月日が無意味だと感じる程、あっさりとその行為を終えた。自分にとっての良き理解者は暫く会えなくても脳が必要を感じて昔のまま保存してくれているのだろうか。ああこんなものかと、懐かしいと感じる暇さえ無かった。

「まあ良いだろう、深入りはしない。どうせ君のことだ、眼前の出来事に思考を全て持っていかれ少し考えれば踏みとどまれる程度のことなのに猪突猛進し後になって冷静を取り戻したところで後悔先に立たず、というところか」

「お前、暫く見ない間に性格悪化してんな…」

成る程愚者の典型だ、と納得するイドにコルテスは苦い溜め息を吐く。会わない間に変声期を迎えていたのだろう、記憶よりも棘のあるように思えた。先程暗闇の中でイドの声になかなか気付けなかったのもこの為だ。違和感に思うほどではないが、やっぱりこいつも男なんだなあと妙なところで感心する。
首辺りにじろじろと視線を向けるコルテスに、イドは居心地悪そうに身を捩った。

「…何なんだ君は」

「いや、喉仏ついてんなあと思って」

「当たり前だろう。わざわざ何だ、君にもついているから安心したまえ」

「でもあまり無…いてててて分かった分かったもう見ねえよ!」

そういえばなかなか来ない変声期にも物凄く敏感だった。指摘した男に対して何十倍もの悪態で御返ししていたから、あまりからかう人間はいなかったけれど。コルテスは髪の尻尾を掴んで引っ張るイドの手を払いのけて、尻尾を背中に逃がす。同じ髪型をしているんだからこれがどれくらい痛いのか知っているだろうに。

「ところで、イド。頼みがある」

友人同士のおちゃらけた戯れは仕舞いだ。コルテスは改まって床に座り直した。イドは会話の合間に片付けていた食事から目線をコルテスに戻す。

「船路を変えてくれ。キューバに戻る」

「…本気か?」

「元々そのつもりで鎖を切った。上司と和解しなければならないし、このまま本国に行ったら夢が達成出来なくなる」

「夢?」

「追々話す。頼む」

「……たとえ私がそれを許可したとして、船員たちが納得するとでも?」

イドの言うことは正論だった。船員の中には妻子を本国に残し、今回の航海で漸く帰国するという男もいる。出航して1日経っていないが、時間が延びることを快くは思わないだろう。いや1日しか経っていないからこそ、陸から離れた際の緊張感を解きたくはない。それがイドの意見だった。しかし彼は確固たる意思を持ちながら、反対に聞く耳を持つ男である。イドは座った体制のまま見据えてくる眼孔に目を合わせた。二つの黒曜石は内に秘めた熱を隠しきれずにぎらぎらと輝いている。海に生きるイドとはまた違った種類の人間なのだろう。陸を這い、獲物を追い詰め怯ませる、そんな目をした男だ。

「…一つ、訊くが」

ぽつりと試すように言葉を落としたイドに、コルテスは無言で応える。

「もし私が此処で拒否し、そのままスペインへ船を進ませたのなら、君はどうする?」

「決まってんだろ。泳いで帰る」

表情一つ変えずコルテスは返答した。そのあまりにも淡々とした答えに沈黙が訪れる。暫く何も言わずに互いに見つめ合っていたが、耐えきれずに「ぶっ」とイドが吹き出した。

「っ…く…ははははは!泳いで!泳いで帰る!?船で何時間も掛かった距離を泳いでか!さぞ間抜けだろう、一生懸命島へ向かう君の横で小舟でも浮かべて観察したいものだ!」

「言ってろ。つか、最初からその気だった」

「最初から…!分かった。やめろ。それ以上言うな。腹が捩れる…っ!!」

「…涙浮かべる程笑えるか?」

ある意味殴られた時よりも苦しそうに腹を抱えて爆笑するイドに、怒るタイミングも失いコルテスは呆然とそれを眺める。此処まで露骨に馬鹿にされると怒りも吹っ飛ぶらしい。先程の真面目な空気は何処へ行ったのだろう。
そう思いながら待っていると、一通り笑い終えたイドがおもむろに立ち上がった。まだ笑いの余韻が残っているのか微妙に頬がひきつっているが、一応は落ち着いたらしい。彼は腕を組むと床に座りっぱなしのコルテスを見下ろす。

「まあいいだろう。協力してやろうじゃないか」

「本当か!?」

「ああ、というか、君がこの船に乗っていると聞いた時から行き先は変えるつもりだった」

「………は?」


ーーー
ここまでー。
このあとベルナールが絡んで色々やらかすのですが、没ったのでちょんぎった。ごめんちゃい



2012/10/20 22:34

イドとコルテス

(大学時代の話)

あのイドが自分の感情を俺に吐露したことが一度だけある。

随分昔の話に遡る。10年以上前の話だ。当時の俺はまだ学生で、父の言い付けに素直に従い机に向かって言語や法学の勉強をするだけの子供だった。
イドに初めて会ったのはその頃だった。彼はまだ航海士として活動しておらず、街で商人の下で働きながら小塚い稼ぎをしていた。俺の通う大学の学生ではなかったが、よく大学に保管されている古い書物を引っ張り出してきてはグラフや数式が散りばめられたものを読み漁っていたり、天文学や航海学の教授の元を訪れていたりしていた。

その日の夜は月の周りを白い星が一面に広がっていた。とても美しかった。天文学を勉強するイドと話すようになってから夜空を見上げることが日課のようになっていて、彼が示す星や星座の名前を頭の中で思い浮かべるくらいは出来るようになっていた。俺はその日も空を見上げながら、月明かりに照らされて浮かび上がる石畳を歩いて大学から帰っていた。
橋を渡る手前で足を止めたのは、その友人が橋の上から川を眺めているのを見つけたからだ。彼は手元に持っていた葉を落としては、ひらひらと風に舞い川の流れにそれが呑まれるのを見下ろしていた。夜空に映える金髪ですぐにイドだと気づいた俺は「よお」と声を掛けようとして目を丸くした。先に此方を向いたイドの顔が、闇のなかでも分かるくらい真っ赤だったからだ。

「やあ、フェルナンド。ひさびさだな」

「……イド、だよな?」

疑問に思うのも不思議ではない。いつものイドとは酷くかけ離れた人間がそこには居た。とろんとした目付きで幸せそうに唇を緩ませながら俺の名前を呼ぶのだ。普段の彼が何処にも見当たらなかった。彼は危うい滑舌で挨拶すると、ちょいちょいと此方に来るように手招きする。それに従って橋の真ん中まで歩いてイドと同じように川を見下ろした。隣からは、強いアルコールの匂いがした。

「どんだけ飲んだんだよお前」

「んー…。わからん」

俺は泥酔したイドを見たのは初めてだった。一緒に飲むことは稀にあるが、彼は基本的に酒に強かったし、決して限界を越えるような飲み方はしない。他人の前で理性を失うことを恥としているからだ。何故か珍しさよりも、戸惑いの方が強かった。そして、何がイドをこんな風にさせたんだろうと少し考えた。
イドはぷちぷちと橋に絡み付いている蔦の葉を千切っては川へ投げ込んでいく。風が強く吹くと葉は川ではなく地面に落ちた。その度にイドは舌打ちをし、川に落ちる確率を増やす為に手のひらいっぱいの葉をちりばめる。葉が綺麗に川の流れに乗ると、嬉しそうに笑った。屈託のない素直な笑顔だった。

「葉が船みたいだ」

俺は頷くことしかできなかった。イドの表情を盗み見ることに精一杯でまともな返事が出来なかったからだ。ふと視線に気付いた彼が首を傾げて此方を向くので慌てて顔を前方に戻した。川の流れに乗った葉が、他の障害物に当たることなく綺麗に視界の向こうまで流れていく。何度も何度も通ってきた道だが、川の底が透けるくらいに綺麗で水の流れが意外と速いことに今更気付いた。

「海にしか好意を持てないと、ずっとおもっていたんだ」

イドは葉を千切る手を止めて苦笑する。

「でも、好きな人が出来たんだ」

俺は固まった。思わずイドに視線をやった。彼の長い前髪が目元を隠すから表情は見られない。口元だけが自嘲するように歪んでいた。
イドが海を好きなのは知っている。何故天文学を学ぶのか尋ねたら、夢があるのだと言った。彼はその道が自分の前方に広がっていると確信していた。航海士という単語が彼の口から聞けたのは出会って間もない頃だった筈だ。
だのにこの歴然とした差はなんだ。人を好きになるのはイドにとってそんなに怖いことなのか。

「酔いに任せたら何か忘れられると思った。だが、無理そうだ。伝えることもできそうにない」

「…何故」

「諦める方が、楽だとおもった」

自分を失うことが怖いんだとイドは呟く。俺はその時、彼の言葉の真意が理解出来なかった。彼の言う喪失がどんなものか知らなかった。イドが恋をすることで、何を失うのか分からなかった。
手で何度も顔を擦るからおそらく今イドの顔はぐちゃぐちゃに歪んでいるのだろう。俺にはその横顔をずっと見続ける勇気が無くて、ひとつひとつ言葉を落としていく唇だけを眺めていた。泣くくらい辛いくせに、彼は唇を震わせるだけで必死に自分の感情に抵抗していた。嘆くことも叫ぶことも嗚咽を漏らすこともしなかった。あの時俺は、何を其処に求めていたのだろう。どうしてあんなにも熱心にイドの言葉に耳を傾けていたのだろう。

「…諦めようとする方が、きっと辛いと思うぞ」

俺は彼の肩を軽く叩いた。慰めたいと思ったわけではないが、自然と手が動いていた。言葉と触れられる感覚どちらに反応したのか分からないが、イドはぴくりと肩を揺らす。そして此方を見ずに「ふふ」と声を漏らす。震えていた。

「きみは時々、ひどく意地悪だな」

彼の言葉は核心を衝こうとしない。漠然とそう言われて俺は言葉を呑み込むしかなかった。
真っ赤な顔で泣きじゃくってもイドはイドだった。感情を吐露する彼は綺麗に映った。でも、彼は決して傍に居る俺の方を見ようとしない。意識して頑なにそうしているのだと気付いたのは、俺が彼に何らかの好意を抱いていたからだと思う。こんな人間でも恋をするのかと知った。そして、その感情が自分に向けられていないことも知った。
自尊心の強いイドが俺に対して内面の弱さを語ったのはそれが初めてだ。酒に頼ってでもそうした理由を後に俺は知ることになる。
その日の翌日、イドは何も言わずに俺の前から姿を消し一切の消息を立った。軍事訓練を受ける場を求めてヴェネチアに渡ったのだと知ったのは数年後のことだった。

ーーー
イドの片思い。このあと続きがあるのですがぶっちぎった^^
再会の話も書いてあるのでまたいつか。


2012/10/03 01:35

マリンチェとイドさんテスト小話

(なのでとても中途半端)

 1519年、エルナン・コルテス率いる11隻の船はタバスコの海岸にて錨を下ろした。マヤ族との間で勃発した戦に、コルテスは馬を用いて完全な勝利を収める。和平の申し出としてタバスコ首長から20人の奴隷女がスペイン兵へ贈られるが、その中で一際美しく、好奇な瞳でコルテスを凝視している女がいた。サンダルを履き、ユカタン風の服を身に纏っていた彼女は、艶やかな長い黒髪と栗色の滑らかな肌、知的な鋭い眼差しを持った非常に美しい女性だった。彼女はキリスト教の洗礼を受ける事で名前を改め、スペイン兵から敬意を籠めてドーニャ・マリーナと呼ばれた。後にマリーナはコルテスの愛人兼通訳として、二つの勢力の狭間に立つ事になる。

 
 船はゆっくりと北へ進む。波を切り裂き飛沫を上げる様子をじっと眺めていた双眸が、ふと檣へと向けられた。鳶色って、ああいう色だったか。丁度檣に寄りかかっていたイドは、交差した瞳の色にそんな感想を抱いた。鳶色の瞳は若干色素が薄く、彼女の様に真っ黒い髪をした女にはあまり見られない色なのだが、彼女だけ例外なのだろうか。それとも、此処の大陸の人間は殆どがそういった要素を受け継いでいるのだろうか。今度上陸したら確かめてみようと、暇潰し程度に軽く考える。
 マリーナはイドに視線を向けたが、直ぐにまた海へと戻した。彼女は舷側に乗上る勢いで上半身を前に倒し、そうかと思えば体を思い切り捻って船尾の方へと視線をずらす。イドはその不可解な行為に疑問を覚えるが、声を掛けるべきか少し悩んだ。声を掛けた所で言葉が通じない。彼女はマヤ語とナワトル語しか話せなかった。アギラールという名の、スペイン語とマヤ語に精通した男が居るが、仕事でもないのにわざわざ呼んでくる気にはならない。

「おい、あまり身を乗り出すと落ちるぞ」

 しかしマリーナが舷側に攀じ上り始めた所でイドは考えを改めた。濡れた板の上を歩いて彼女の元へと歩く。近づいてきた男に彼女は一瞬目を丸くしたが、なんとなく言われている事は分かったのだろう、すぐに足を床に下ろした。それでも何処か落ち着かない様子で海へと視線を送る彼女に、イドは首を傾げる。

「何か見つけたのか?」

 マリーナは理解出来ない言語に眉を顰めた。何かを伝えようと、形の良い唇から言葉を紡ぐが、イドもこれを理解出来ない。やはりアギラールを呼んで来るべきか、とイドは思案する。しかし埒のあかないやり取りに先に痺れを切らせたのは意外にもマリーナの方だった。彼女は必死にイドの服の裾を掴んで引き寄せ、手を伸ばして彼の胸元を飾るロザリオに触れる。次にその指で海の底を指差した。

「…落としたのか」

 イドは目を見開いた。彼女の隣に並んで船尾の方へ視線を向けると、先程船がゆっくりと避けた大きな岩に、きらりと光る物を見つける。成る程それは確かに十字架の形をしたペンダントだった。
 コルテスはマリーナが洗礼を受けた後に、付き添った僧が持っていた礼拝の対象を彼女に分け与えた。原住民でも、肌の色が違っても、この国の人間は差別をしない。神の愛を受け入れているか否かが重要なのだ。コルテスがマリーナに改宗を促したのは、彼女の行く末を想っての事だった。もし彼女達が洗礼を受けず、使い勝手の良い女奴隷としてコルテスに受け入れられていたら、船員達の慰み物として生きて行く事になっただろう。
 マリーナがキリスト教をどう受け止めているのかイドには分からないが、コルテスの真意を理解しているとは思えない。彼女にとって十字架も、男から贈られた物としか認識していないかもしれない。だがイドに縋る彼女の瞳は切実なものだった。取ってほしいと身振りで必死に伝えてくるので、彼はもう一度海へ視線を向ける。運良くロザリオは水の底へと沈んではいないので、距離は遠いが不可能ではないだろう。

「わかったよ」

 イドは溜息をついてマリーナの頭を撫でた。肯定的な意味で捉えたのか、彼女の強張った顔が少し緩む。海に入る為に上着とシャツを脱ぎ捨てたが、床が濡れている事に気づいて、マリーナに服を預かっている様にと身振りで伝えた。目の前で裸になる男に彼女は一切頬を赤らめる事なく、重い服を抱きかかえながらその様子を凝視していた。

「…イド、お前海に入るなら船を止めるように指示しろよ」

「ああ、忘れていた。じゃあ頼むよ、フェルナンド」

 丁度通りかかったコルテスに、イドはにっこりと微笑んで言葉を紡ぐ。コルテスは訝しげな顔でイドとマリーナを順々に眺めたが、何も指摘せずに通り過ぎた。近くを通る暇そうな船員に船の一時停止を命令する。イドはそれを視線で追い掛けた後、梯子を手に舷側に足を掛け、大きな水飛沫を上げて海へと飛び降りた。


ーーー
やばい原稿に手を付けていない!

2012/09/29 22:17
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