ジュゼッペのウィンターパーティー序曲。 豆腐屋さんの漫画の後、猫夢さんの漫画『ひとときをともに』の前あたりの時間軸です。 『夢追い人』の流れもお借りしています。 また、以下のTL会話もお借りしています。 ルゥルゥさんとドレスコードについて カナさんの馬車とヴェルナーさん Cast: ツミキ様宅 シイスーンさん カナさん 猫夢様宅 クレーさん ヴィンフリートさん(お名前のみ) 豆腐屋様宅 ルゥルゥさん オーギュストさん(お名前のみ) やこんぬ様宅 アルルコットさん(お名前のみ) ―――さあ、もうすぐ、待ちに待った季節がやってくる。 ―――準備をしなくちゃ! からん、とベルの音がした。続けて聞こえた友人の声に、ジュゼッペは作業の手を止め、立ち上がった。 「シイスーン!やあ、遊びに来てくれたのかい?」 「え、いや、……先生、もう起き上がって良いんですか」 右手に彫刻刀を持ったままのジュゼッペに、シイスーンは眼鏡の奥から不思議そうな瞳を投げかけた。 「うん、ちょっと風邪で寝込んでいたけれど、すぐに熱も下がったからね!仕事もお休みしちゃったし、少しペースを上げないといけないかなって」 普段通りの調子で相手に告げながら、ふと相手の言葉に違和感を覚えた。起き上がって、とは? 「……あれ?もしかして、シイスーン、……お見舞いに来てくれたのかい?」 相手の持つ紙袋を見ながら、ジュゼッペは首を傾げた。それを目にして、シイスーンが盛大にため息をつく。 「…………心配して損した」 呆れたような表情のシイスーンに、ジュゼッペはきょとんとした表情を見せた。次第にその表情を緩め、へにゃりとした笑いを浮かべる。 「……えへへ、ありがとう!心配して会いに来てくれるだけで嬉しいよ!」 「先生はなんでそう、お気楽なんですか……全く」 再びため息をついたシイスーンを見ながら、ジュゼッペは彫刻刀を机の上に置いた。木屑を服に落とさない為のクリーム色のエプロンを外し、ソファーに腰を下ろす友人に声をかける。 「今コーヒーを淹れてくるから、待っていて!キッチンに来るかい、それともソファーが良いかな?」 「そうだな……ここで良い」 「わかった、すぐに持ってくるね!あ、テーブルを出しておいてくれるかな!」 ソファーの後ろに立てかけてある折り畳み式のローテーブルを指さしながら、ジュゼッペは足取りも軽く、工房から続く自宅へと歩みを向けた。 通りがかりに暖炉から薬缶をおろし、扉をくぐる。すぐに広がるキッチンで、手際よくコーヒーの準備をする。数分もすると、家じゅうに香ばしい香りが漂い始めた。 「そういえば、先生はパーティーとやらに行くんですか」 砂糖をたっぷり入れたコーヒーを口に運びながら放たれたシイスーンの言葉に、ジュゼッペは満面の笑みを向けた。 「お城のパーティーかい?うん、もちろん!今からわくわくするよ!」 「……そう、ですか」 煮え切らない言葉に、ジュゼッペは小さく首を傾げた。ソファーの方へと向きを変えて腰かけていた作業用の椅子から、ほんの少し体を前に乗り出す。 「ん?どうしたんだい?」 「いや、……どうしようかなーと思って……参加するか、しないか」 相手の言葉に、ジュゼッペは再び笑みを浮かべた。 「良かったら、一緒に行かないかい?今年はまだ誰も誘っていないし、衣装も用意していないからさ!アルルコットの店へ行って、服選びもしようよ!」 顔を上げたシイスーンに、驚きと呆れと、その他いくつかの複雑な表情が浮かぶ。 「…………男同士行ったって仕方がないでしょう。可愛い女の子じゃなくて良いんですか」 どこか皮肉交じりのシイスーンの言葉に、ジュゼッペは目を瞬かせた。ほんの僅か、考えを巡らせると、笑顔を向ける。 「……うん、スーンと行きたいな!折角の機会だもの、一緒に楽しもうよ!それに君は、誰かに誘われないと、こういうイベントには参加しないだろう?」 「まあ、そうだけれど……」 しぶしぶ、といった表情で頷く相手に、満面の笑みを浮かべる。折角の大きなイベントごとなのだ、皆で楽しまないと勿体ない。 「じゃあ決まりかな!誰か他にも……」 頭の中で知り合いを順々に思い浮かべていく。彼は誘う相手が居そうだな、彼も……。ヴィンフリートはどうだろう?声をかけてみようか――― 思いを回しているさ中、からん、とベルが鳴った。来客を告げる音に、反射的に体が動く。 「いらっしゃ…………、わお、ルゥルゥ!クレーも、お帰り!」 「ただいま。そこで会って、あなたに用があるっていうから一緒に来たの」 「城の事でわからない事がある。教えてほしい」 クレーがルゥルゥの頭元からふわりと飛び立つ。それを見ながら、ルゥルゥが言葉を引き継いだ。ジュゼッペも椅子から立ち上がり、ソファを促しながら訊ねる。 「わからない事?うん、僕で答えられることなら。何だい?」 「……や、城の事より、先に知りたい事がある。エスコートとは、何だ」 ルゥルゥの真っ直ぐな視線を受けながら、ジュゼッペははたと首を傾げた。普段から意識していることでも、いざ定義となると難しい。 「エスコート?えーと……、そうだなぁ、女性を目的地まで、丁寧に案内すること、かな?」 首を捻りながら、一つ一つ言葉を紡ぐ。拙い答えでも納得がいったのか、ルゥルゥが小さく数度頷いた。 「そうか。オーギュストから聞いた。こういう日の女性はみんな姫様だから、エスコートするようにと」 「あはは、彼らしいなぁ」 先日も世話になった、衛兵の青年を思い浮かべる。紳士的な彼の言いそうな言葉だ。一番エスコートが似合いそうだが、当日も仕事なのだろうか。 「あと、パーティーは何を着れば良い」 ふよふよと浮かびながら、ルゥルゥがシイスーンの横に腰を下ろした。二人分の視線を感じながら、ジュゼッペはうーん、と呟く。 「ドレスコードの事だよね!えーと、そうだな……」 一年前の城の様子を思い返そうとしたところで、ルゥルゥの言葉がそれを遮った。 「ドレスコードってなんだ?お菓子か?」 「ドレスコードっていうのは、うーん、こう、お城みたいに立派なところに行くときに来ていく服……だと思うよ!」 「城?城に行くのはいつもの格好じゃダメなのか?美味いものを食うのは大変だな」 心底不思議そうに首を傾げながら、質問を続けるルゥルゥ。本質を見つめるような質問に、頬を掻きながらも、懸命に言葉を探す。 「えーと、それがマナー……なのかな?美味しいものを食べるためだけに着飾るわけじゃないと思うけれど、着飾っていけば楽しいよ!みんなも素敵な服を着てくるしさ!」 「ふむふむ」 いつもと違う服をみんなで着ると面白いのか、と呟きながら、飲み込むように数度頷く。うまく伝えられたか、という不安を解消するように、ジュゼッペは尚いっそう声を明るくした。 「良かったらさ、ルゥルゥも一緒に服を選びに行こうよ!丁度僕とシイスーンも、服を探しに行くところだったんだ!」 「な、まだ服を選ぶとまでは……」 「あれ、そうだったっけ?でも、折角だしさ!三人で行こうよ!みんなで選べばきっと楽しいよ!」 慌てたように口を挟むシイスーンに顔を向けながら、ジュゼッペは明るい笑顔を向ける。同じ物事を進めるのなら、楽しく。 自分なりのモットーを、押し付けない程度に、相手にも共有してもらいたい。 無邪気な願いは、人を動かすのだろうか。 「……わかった、行く」 「おれも」 「わお、嬉しいな!じゃあ、すぐにでも選びに行こうよ!この後時間はあるかい?」 二人の承諾を得て、ジュゼッペはただ純粋に喜ぶ。そのままの勢いで押し進めようとしたとき、横から声がかかった。同時に、コーヒーの注がれたカップがふわりと空を舞い、ルゥルゥの前へと置かれる。 「あんたね、自分が病み上がりだってことを忘れて居ないでしょうね?全く、無茶ばかりやらかすんだから」 自分用の小さなカップを手にしながら、クレーが空いた手でぴしりと指をさした。その様子を見ながら、ジュゼッペはきょとんとした表情を浮かべる。 「無茶?」 どこかで最近聞いた気がする言葉に、数度瞬きをして、ふと思い至った。 風邪をひいて倒れ、寝込んでいた時だ。キッチンから、ふと漏れ聞こえてきた言葉。そして、その直前に届いた言葉――― “―――前向きで明るくて、子供のように純粋で、夢に一途で―――” 「……えへへ」 「な、何よ!?」 思わず、笑みがこぼれる。慌てたようなクレーの様子に、小さくかぶりを振ってごまかす。 「…………ううん、何でもないさ!気を付けるよ!……そうだ、クレーは衣装、どうするんだい?」 「あたしは自分で用意するから良いわ。あなたたちで行ってらっしゃい」 ふわりと舞うように宙に浮かびながら、クレーが答えた。それを聞いて、ジュゼッペは見上げてきていたシイスーンと、ごくごくとコーヒーを飲み干したルゥルゥへと視線を向ける。 「俺は別に、今からでも」 「ん」 「……よし、じゃあ、今から行こうか!支度をしてくる、ちょっと待ってて!」 くれぐれも無茶はしないように、というクレーの言葉を背に、三人は工房を後にした。 ダッフルニットコートを着込み、マフラーを巻いてもなお、寒気は体にまとわりついてくる。 寒いね、といったとりとめもない会話をぽつりぽつりと紡ぎながら、アルルコットの仕立屋へと足を運ぶ。 街角を曲がったところで、威勢の良い明るい声が響いてきた。その中心にいる女性に、ジュゼッペはついと歩み寄る。 「チャオ、カナ!今日も髪型が決まっているね、とても似合うよ!」 「おう、……って、突然そういうこと言うなって……。どうしたんだ、珍しい連中と連れ立って」 僅かに頬を赤らめながら、照れ隠しのように話題を振るカナに、ジュゼッペはにっこりと笑顔を向ける。 「今度のパーティーの、衣装を選びに行こうと思ってさ!カナも参加するのかい?」 その言葉を聞いた瞬間、ふ、とカナの顔に陰りが見えた。目を伏せがちに、訥々と言葉を紡ぐ。 「ううん、あたしは別に……。どうせ踊れないし、あたしが行っちまったら、ヴェルナーだって寂しがるだろうしさ」 カナは壺から手を伸ばして、そっと愛馬に触れた。それを目にし、男性陣も口を閉ざす。しばらくの間の後、何事か考え事をしていたジュゼッペが、真剣みを帯びた表情で顔を上げた。 「……うーん、じゃあ、馬車の客室と、馬を一頭だけ借りるのはどうかな?それでさ、ヴェルナーにも馬車を牽いてもらえば、一緒にお城に行けるだろう?…………僕は、カナとも一緒にパーティーに行きたいな」 茶色の瞳を、真っ直ぐにカナへと向ける。 「う、……ん、…………考えとく」 たっぷり時間をかけて、小さな声が聞こえた。安堵とともに視線を左右へ送ると、肯定の頷きが二つ返ってくる。それを目にして、ジュゼッペは子供のように純粋な、今日一番の笑顔を見せた。 「―――うん、みんなで楽しまなくちゃ!」 つむじ風のように周囲を巻き込みながら、誰もが幸せになれる道を模索しながら。彼はひたすらに真っ直ぐ、前を目指す。 [目次] [小説TOP] |