トゥルームのこんにちは小説兼、ウィンターパーティー序曲。 Cast: るる様宅 アンゼさん 翡翠様宅 アイリーンさん いりこ様宅 ラルウェルさん ツミキ様宅 アマーリアさん つねこん様宅 シルティナさん(ふんわりとお借りしました) トゥルーム TLでの会話とイラストをお借りしました。 パーティーへのお誘い ダンスの練習 「ダンスパーティー?」 縁遠かった言葉を、急に身近なものに引き寄せてくれたのは、いったい誰の魔法だったのかしら? 「もうそんな季節なのね。楽しんできなさいな」 毎年の決まり文句と化した言葉をかけながら、トゥルームはくるりと踵を返した。抱えたままの書類を、早く机に置きたかった。 教会の窓からは、葉を落とした茶色い木々が果て無く広がっている。城は確か反対の方向だったかと、わずか数秒、思いを馳せる。 「その、……トゥルーム様は、……」 「私は良いわ。若い人たちで行ってらっしゃい。残る子供たちの面倒なら見るわ」 書類をとんとんと揃えながら、相手が言わんとしたことを先回りして封じる。おそらく背後では、アンゼが困ったような表情を浮かべて立ち尽くしているのだろう。 椅子を引いて腰を下ろすと、しゃんと背を伸ばす。 子供たちの書いた文字や数字に朱を入れながら、一瞬よぎった煌びやかな大広間の風景を振り払った。最後に足を踏み入れたのは、いつのことだったか。 「ルー先生ー!」 ふと、明るい声が聞こえた。子供たちが集まる方向を見ると、ひとりの少女がその輪から外れ、こちらに向かってくるのが見えた。 「先生!何のおはなし?アイリに教えて!」 無邪気に膝に抱き付き、まっすぐな薔薇色の瞳を向けてくる。アイリーンの純粋な瞳に何と答えたものかと、ふと思考を巡らせた。 「そうね、……お城で開かれる、パーティーの話よ」 「お城?パーティー!ねえ、それ、アイリも参加できるの?」 上手い言い回しも見つからず、そのままの言葉で伝えたのだが。途端に瞳を輝かせるアイリーンの姿を見て、さて次の言葉はどうしようと思い悩む。 「……パーティーのことは、詳しくはアンゼか、ラルウェルに聞いて頂戴」 「はーい!じゃあウェルウェルに聞いてくる!ウェルウェルー!」 くるりと踵を返し、部屋の外へと走っていく少女の背を見送ると、トゥルームは再び机へと向き直った。 「……トゥルーム様は、やはり参加なさらないのですか?」 ことり、と小さな音を立てて、湯気の舞うカップが置かれた。柔和な笑顔に少しだけ寂しさを宿らせて、アンゼが盆を左手に持ち代える。 「あら、ありがとう。…………そうね、私はいいわ。参加義務はないのでしょうし、招待状や参加証も届いていないしね」 暖かな紅茶に口を付けながらほんの僅か考えを回し、トゥルームはそう答えた。カップの縁に、薄く紅が付く。 カモミールの香りに包まれながら再び視線を書類へと落とす。朱を入れ、丸を付け、しっかり知識を自分のものにした子どもには、小さなご褒美の花丸を。 すっかり慣れきった行動を繰り返しながら、思考は自在に動き始めた。 請われれば行く。あるいは、それがルールなのならば従う。 来る者は拒まず、去る者は追わず。 それは確かに自分の中での信念なのだけれど、裏を返せば自分を守る盾になる。 その中で安寧と過ごしてきた日々は、静かで穏やかで、何の味もしなかった。 そう、今とまるで正反対。 「ただいまー!」 「せんせー!あのね、あのねー!」 ばたばたといくつもの足音と共に、重なる声が廊下に響く。外に遊びに行っていた子供たちが戻ってきたのだろうか。 「あらあら、賑やかになりましたね」 アンゼの穏やかな声が、背後から届いた。 色とりどりの服を着た子供たちが、小さな部屋に次々と飛び込んでくる。子供たちが持ち帰ってきた森の冷たく柔らかな風が、教会が抱く重厚な空気と混ざり合う。 空間が一気に色づいていくように感じられた。 その奥で一つ、ゆったりと床を踏みしめる音がした。 「ただいまぁ」 ほんわかとした笑顔を浮かべながら、廊下からひょっこりと顔を出す、一人の青年。子供たちに抱きつかれながら、大股で机の方へと足を運んでくる。 「ウェルウェルに聞いてきたよー!」 ラルウェルに抱えられながら、アイリーンが笑顔で手を振った。彼女をそっと床におろしながら、ラルウェルがふわりと微笑んだ。 「トゥルーム先生。お城でダンスパーティーがあるそうだけど、先生は行くのかい?」 「右足をこの位置。次に左足を軽く下げて、こう」 緩やかな体の回転に合わせ、ふわり、とスカートの裾が揺れた。 「ええと……?こ、こう?」 「もう半歩、右足を後ろへ。それから、体がやや開きすぎるわ。左足をもう少し近くにおろしましょう。もう一度」 「う、うん、半歩後ろで、近く……」 眉根を下げながら、ラルウェルがステップを踏む。その横でトゥルームは見本となりながら、所々で指示を飛ばす。 西の窓からは傾いた太陽の光が差し込み、教会の小部屋を淡く橙に染め上げていた。 「そうね、今のステップは良かったわ。―――今日はこの辺りにしておきましょうか」 基礎的なステップは、今日までに大体教え終えた。あとは、本番まで何度も練習をこなし、体に覚えさせるだけだ。 「どうする?最後に一度、おさらいをしておこうかしら?」 高いヒールを履いた自分よりも、なお高い背を見上げながら、トゥルームは問うた。 「うん、先生が良ければ、お願いしたいな」 にっこりとした笑顔が返ってくる。覚えることも多い中、ラルウェルは疲れをほとんど見せようとしない。 「わかったわ。……なら、今日は実践といきましょうか。少し待ってもらえるかしら、灯りを付けるわ」 小さく靴音を立てながら小机へと歩み寄り、愛用の杖を手に取る。指揮棒を振るようにくるりと動かしながら、口の中で言い慣れた術式を唱えた。 マッチ箱が宙を舞い、中から一本のマッチ棒が飛び出す。擦れる小さな音と共に燃え上がったそれは、真っ直ぐにランプへと飛び込むと芯を燃え上がらせる。 「実践?」 横から聞こえた声にふと顔を向けると、ラルウェルが首を傾げていた。机に杖を置くと、その長躯へと向きなおる。 「私が相手役をこなすわ。あなたは、これまで教えた通りにステップを踏んでみて頂戴」 「え、……え!?先生と踊るの?で、できるかなあ……」 途端に動揺し始めるラルウェルを意に介さず、トゥルームは数歩足を進めた。 「私相手なら、いくら間違えても構わないでしょう。失敗は今のうちにしておくものよ。さあ、スタートポジションについて」 教師は、間違いを受け止める存在だ。 てきぱきと指示を出すと、ラルウェルの瞳にも意志の強い光がともった。 「う、……うん!やってみるね。……それで、ええっと、手は?」 相手の言葉に、トゥルームは金の瞳を数度瞬かせた。 「…………あら、私としたことが。教え忘れていたわね。ここで、こう支えるのよ」 「え?……えぇっと……?」 「右手はこの辺り。左手は相手の手をとって」 緊張からか、どこかぎこちなく腕を動かすラルウェルの左手を取る。ひんやりとした義手の感触が、掌に伝わってきた。 「わあ!……先生、冷たくない?」 「いつもメンテナンスで触れているでしょうに」 相手の心配をさらりと受け流し、トゥルームも立ち位置へとつく。 「あなたのタイミングで動き出して良いわ」 日の落ちた室内に、ランプの灯りの中、2つの長身が舞う。 「流れを意識して。相手の動きも自分の動きも止めないように」 集中する相手を邪魔しないよう心がけながらも、適所で言葉を挟む。 「そう、落ちついて。1、2、3―――」 「疲れたあ……」 先ほどまでとは打って変わり、明らかに疲れを見せるラルウェルを見やりながら、トゥルームは先ほどまでのダンスを思い返していた。 「最初にしては、まあまあ筋が良かったわ。あとはそうね、滑らかな動きを目指して練習あるのみ―――」 「らるうぇー!」 言葉を遮るかのように、ばたんと大きな音を立てて、扉が開かれた。直後、小さな影が疾風のように、ラルウェルへと駆け寄る。 「窓からずーっと見ていたのに!パパ、全くきづかなかったの!?」 「あれ、そうだったの?ごめんね」 ぐいぐいとラルウェルの腕を引っ張りながら、少女は頬をふくらます。かつん、と靴音を立ててそちらへと向き直ると、赤と紫の瞳が真っ直ぐにトゥルームを捉えてきた。 「……どうかしたのかしら、お嬢ちゃん」 むっすりとした表情を隠そうともしない少女に、トゥルームも視線と言葉で答える。 「……なんにも。これは人間のフーシューなんでしょ?パパも、べんきょーだって言っていたもの。パパの敵じゃないなら、マリアはたたかわないでおいてあげる。ふところがひろいでしょ」 矢継ぎ早に言葉を紡ぐと、ふぅ、と余裕のある笑みを浮かべながら肩をすくめるアマーリア。それを見ながら、ラルウェルがふんわりと微笑んだ。 「そうだね、アマーリアは優しい子だよ」 途端に恥ずかしがるようなそぶりを見せるアマーリアと、にこにこと笑顔のラルウェルに交互に視線を送りながら、トゥルームは口を開いた。 「大分遅くなってしまったわね。また時間のある時に、練習しましょう」 「うん。ありがとう、先生!」 「……またね」 手際よく室内を片付け、塔から降りてきたアンゼに場所の礼を述べると、出入口へと向かう。扉を開けると、夜の闇と身を着るような寒さが広がっていた。 簡単な別れのあいさつを交わし、二人は森の奥へ、トゥルームは一人、街の方角へ。森の入り口に立つ小さな一軒家は、木々と夜が作り出す闇の中でぽつんと佇んでいた。 ドアノブに手をかけると同時に簡単な呪句を唱えると、複雑に仕掛けてある術式が一気に稼働し出す。部屋には灯りがともり、暖炉が火を熾し始め、ティーポットがかたかたと歌いながら机の上へと鎮座する。 それらを横目に、トゥルームの視線は奥の壁へと走った。カーマインと紅桔梗のドレスが、汚れやしわのつかないように丁寧に掛けられている。その横には、黒で統一したショールと髪飾り。先日、ラルウェルとその幼馴染とともに、街で調達したものだ。 椅子を引いて腰を下ろすと、目の前で茶葉がポットに飛び込むのをぼんやりと見つめながら、机に肘をかける。 教会中を巻き込んだすったもんだの駆け引きの挙句、最終日のみの参加ということで落ち着いたが、当日はさて、どうなることだろう。 ふう、と一つため息をついた後、思いつく限りの状況を頭に浮かべる。 「まあ、―――悪くはないでしょうね」 口端に一瞬浮かんだ笑みは、誰ぞ知る。 [目次] [小説TOP] |