Sposalizio del albero madre

ジュゼッペのtwitter企画アフター期間内最終作品。







Desponsamus te, mater arbores.


「かんぱーい!」
 がちゃん、と3つのジョッキが宙でぶつかり合う。今日も酒場に響き渡る、乾杯の歓声。
「いやぁ、やっぱり仕事上りのビールはうめぇな」
「うん!」
「そうですね」
 気の置けない友人たちとのひと時。いつも顔を合わせている3人組だというのに、話の種は毎日尽きることがない。
 仕事の話や身の回りの話。
 話題はあちらこちらに飛びながらも、たいていはやれ彼女たちが可愛い、子供たちが可愛いと、彼女と子供自慢にたどり着く。
「そういえばペペ。この前声をかけていた女性とはどうなったんです?」
 ふいにヨルクに話題を振られ、ジュゼッペは一瞬動きを止めた。ヴォルフがすかさず話題に食らいつく。
「お、何だその話聞いてないぞ」
「あー、えーーっと……ご飯を一緒に食べただけ、かな……あはは……」
 視線を逸らし、二人の追従から逃れようとするも、そんなことで離してくれるような中ではない。
「それだけですか?ほんとに?もっとなんかあったでしょう?話してみなさいよほらほら」
「そうだぞ、隠すなって」
 ぐいと詰め寄る二人に、どういったものかと視線をさまよわせる。隠すも何も、事実しか語っていないのだから、虚飾のしようがない。そもそも話を作り上げるようなスキルも持っていない。
「えーと……ご飯食べて、話をして……、……終わり」
 言い終えると同時に項垂れると、そこでようやく察したのか、ヨルクとヴォルフが乗り出していた身を引いた。
「全く、そろそろ貴方も身を固めたらどうです」
 ビールを口元に運びながら、ヨルクが物申す。それに続けて、ヴォルフが口を開いたのだが。
「そうだぞ!リゾみたいな可愛い彼女を」
「何を言っていやがるドロテーアの方が可愛いです」
「んだと!?」
 途端にヒートアップした二人の、彼女の良いところ合戦が始まる。最近ではもはや恒例行事となりつつあるので、もはや止めに入ることもしなくなった。自分が可愛い娘について語っているときに、二人があきれ顔ながらも聞いてくれるのだから、それと同じようなものなのだろうなと思いつつ。
「んー……、あ、とりあえずビールお代わり」
 近くを通りがかった店員に注文を通す。テーブルに片肘をつき、ぼんやりと酒場の内装などを眺めながら、言い争いが終わるのを待つ。
「…………で?」
「え?」
「ジュゼッペ、何お前他人事なんだ」
「そうですよ元はと言えば貴方の話からだったでしょう」
 ぼんやりしていたからだろうか。気づいたときには、二人分の視線が真っ直ぐこちらに向いていた。
「あはは……あ、でも、二人の結婚式は楽しみにしているよ!」
「は、はぁ!?話を逸らすんじゃねぇ!」
「次の飲みでは絞り出しますからね覚悟してください」
 先ほどからぴょこりと飛び出しているヴォルフの耳を眺めながら、ジュゼッペは悪戯っぽく笑った。


「……身を固める、かぁ」
 明かりを落とした工房で、ぽつりと声が響いた。耳に届いた自分の声に我に返り、身を起こすと、フェリージアが耳にしていないかと慌てて辺りを見渡す。工房の中は静まり返っており、耳を澄ましても、奥の自宅から物音は聞こえない。ほんのわずか安心して、ジュゼッペは再びソファに身をゆだねた。窓から見える広場の大樹にぼんやりと目を向ける。張り出した枝のところどころから、満天の星空が伺えた。
「…………うーん……」
 確かに女の子と話をしたり、食事をしたりするのは楽しい。が、それ以上の関係となると、なかなかイメージが沸かない。
「……ま、どうにかなるかな」
 難しく考えようとすると、頭がこんがらがってしまう。ゆるりと思考を投げ出し、ソファへと深く身を沈めた。
 酔いがまだ覚めていないからか、心地よい眠気が襲ってくる。


 大きな窓から差し込む朝日が眩しい。目を細めながら窓辺へ目を遣ると、フェリージアが一人ずつ人形の向きを並べ替えているところだった。声に気付いたのか、振り向くと小さく首を傾げ、とことこと歩み寄ってくる。
「おはよう、パーパ。もう朝よ。ソファだと、良く眠れるの?」
「あ、えーっと……真似しちゃだめだよ」
クレーが居たらこっぴどく叱られていたところだろう。片付けられた棚の上にちらりと視線を送った後、ジュゼッペは苦笑いを浮かべた。
「……おはよう、フェリージア」
 ぎゅぅ、と抱きしめると、暖かな温もりが伝わってきた。柔らかく暖かい肌に、いまだに夢ではないかと考えてしまう。
「……パーパ、苦しいわ」
「あ、ごめん!」
 いつの間にか、腕に力がこもってしまっていたらしい。慌てて緩めると、緑と桃の輝く瞳が見上げてくる。少しだけ寂しげな瞳はジュゼッペのさらに上、先ほどの自分と同じように、棚へと向く。それを追って、ジュゼッペも再度、軽くフェリージアを抱きしめた。
 身支度を整え、簡単な朝食を作っているうちに、ゆっくりと目が覚めてくる。食後のコーヒーで活力を入れてから、工房『bambola』の扉に掛かった札を「OPEN」へと反す。
「よおし……!」
 クリーム色のエプロンを身に着け、ジュゼッペはひとつ気合を入れた。
 机の上には、最近依頼を受けた人形が置かれていた。顔のパーツに入ったから、そろそろトゥーヴェリテに瞳を、アルルコットに服を、それぞれお願いしないと。あとは、来年の材木を準備しないといけないかな。冬の間に、ラルウェルやヴィンフリートに協力してもらえないか頼まないと。
 手を動かす傍らで、今後の見通しを組み立てていく。仕事の事だといろいろ考えられるんだよなぁ、と心の中で苦笑する。
 フェリージアは工房に並んだ、彼女が「お兄様」や「お姉様」と呼ぶ古参の人形たちと、楽しげに会話をしている。
 静かな、それでいて互いがそばに居ると感じられる、父と娘の程よい距離感。
 簡単な昼食をとりながら、フェリージアが柔らかく首を傾げた。
「ねえ、パーパ。午後は、お外に行ってくるわ」
「うん、良いよ。今日は何をするんだい?」
「お母様のところへ行くの」
 フェリージアの顔に、幸せそうな笑みが浮かぶ。その豊かな表情を眺めながら、ジュゼッペは二、三度瞬きをした。
いってらっしゃい、と言いかけた口を閉じる。代わりに口から出たのは。
「……そういえば、最近行っていないなぁ、お母様のところ」
 天に向かって枝葉を伸ばす、森の奥の大樹。フェリージアが「生まれた」頃は、彼女を抱えたまま何度か足を運んだのだが。最近はフェリージア一人でも自分の脚で向かえるからと、大樹のもとへ久しく向かっていないように思う。
「……今日は僕も、お母様のところに一緒に行くよ!」
「パーパも?」
「うん!」
 じぃと見上げてくるフェリージアに、ジュゼッペは笑顔を見せた。


 工房の札を「CLOSE」へひっくり返し、父娘は手をつないで森へと向かう。小さくて柔らかい手のひらが、手の中に納まる。
 途中すれ違う人がフェリージアに声をかけ、彼女も手を振って返す。自分が知らないところでどんどんと交友関係が広がっているのだな、と、胸がどきりとする。
 森の入口へ足を踏み入れると、二人を秋の風が包んだ。ひやりと涼しい空気に、そろそろ二人分の秋物の準備をしないと、と考える。
 二人で出掛けると、新しい発見がまた一つ増える。
 迷うことなく真っ直ぐに足を向けるフェリージアと、手をつなぎながらほんの僅か後ろを歩くジュゼッペ。さくさくと地面を踏みながら、二人は奥を目指した。
 やがて、正面の木々が開け、緑の香りが強くなる。
「お母様」
 フェリージアが小さな手で、ぐいとジュゼッペの手を引いた。引っ張られるように木々をくぐると、目の前に、森の大樹が姿を現した。
 辺りには鳥のさえずりと、草葉がこすれ合う音ばかり。自分の鼓動さえ聞こえそうな静けさの中、フェリージアがふ、と手を離した。
「お母様、こんにちは。今日はパーパも一緒よ」
 背中から風が吹き抜け、フェリージアの声を乗せて、上へ上へと届ける。見えないその流れを追うように、ジュゼッペも顔を上げた。
 太い幹から幾本もの枝を張り、太陽の光を一身に受けて、伸びやかにたたずむ姿。瞳を閉じて揺蕩う女性の姿が見えたような気がして、ジュゼッペは茶の瞳をぱちりとさせた。
「……こんにちは、フェリージアのお母様」
 そっと大樹へ近寄り、幹に手を伸ばす。風の涼しさを受けてひんやりとした樹皮の中に、ほんの僅か温もりを感じる。フェリージアは大樹の根元で、「母」に語り掛ける。
「…………フェリージアは、とても元気に、素敵なベッラに、育っているよ。街の皆と、お母様が、見守ってくれているからかな」
 一言ごとに噛みしめながら、ゆっくりと語り掛ける。きっと言葉が届いていると信じて。
「友達も増えて、みんなから大切にされて、この子は育っているんだ。だから――どうか、安心して」
 さやり、と枝が揺れた。


「パーパ」
「あ、ごめんね!もうそんな時間かい?」
 森から帰った時には、街の石畳に夕焼けの赤みが落ちていた。そのまま外で一緒に夕食を取り、工房に戻った後、ジュゼッペは作業机でぼんやりと考えに浸っていた。
「今日は何の絵本にしようか?」
 寝室へ移動し、絵本を何冊か手に取る。可愛らしい表紙の絵本を一冊手に取り、ベッドに腰をおろし、愛娘を膝の上へ抱きかかえたところで、ジュゼッペはふと、フェリージアを抱きしめた。不思議そうに首を捻って見上げてくる彼女に、ジュゼッペはしばし逡巡した。
「……フェリージア。ひとつ、聞いても良いかい?」
「? ええ」
 頭の中でできる限り言葉をまとめあげ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……ええと。君は、僕が今までに作った人形たちを、『お兄様』とか『お姉様』とか、呼んでいるよね」
「ええ、そうよ」
 工房に並ぶ人形も。
 喫茶『リーフ』でロナンシェとリゾに大切にされている人形も、シイスーンや、セリオンや、キューレの手元にある人形も。
 沢山の人に貰われていった、たくさんの人形たちも。
 きっと彼女の兄姉たちなのだろう。
 けれど、それは。
 抱きかかえる腕に力を込める。
「……僕は、君やお母様が居た森から、木をわけて貰ってきて、人形を作っているんだ。そのことを、君のお母様は、どう思うんだろうって」
「……なんだか難しいわ」
 腕の中でフェリージアが首を傾げる。その可愛らしい顔が困ったような表情を浮かべるのを見て、ジュゼッペは頭を一度撫でた。
「…………うん、僕もなんだかわからなくなってきたや」
 へにゃり、といつもの笑みを顔に浮かべ、えへへと笑う。
「ごめんね。じゃあ、絵本を読もうか――」


 数日経ち、完成した人形が引き取られていった後、ジュゼッペは家の裏手の木材置き場へと足を運んだ。
「ええと、……あった」
 手に取ったのは、ほかの木材の上にちょこんと置かれた、小さな木材のかけらたち。拾い上げるとほんの僅か、小さな光が走る。
 しばらく手の上でそれらを転がすと、きゅっと握りしめる。
「……よし」
 工房に戻ると、作業机の上に二つの木材を置く。使い慣れた彫刻刀を手に取ると、木材を数度回して最適な位置を見つけ、刃をあてがった。
 指先の感覚だけで、迷うことなく、形を削り出していく。時折彫刻刀を持ち替えては、弧を描き、中をくりぬく。
 太陽が広場の真上に上る頃、、ようやくジュゼッペは彫刻刀を机に置いた。その傍には、2つの形が削り出され、置かれている。
 サンドペーパーを手に取ったところで、ぱたぱたという足音に気付き、視線を送る。
「パーパ?それはなぁに?」
「これかい? ……そうだな、約束のしるし、かな」
「やくそく?」
 掌に載せたそれを見せると、わからない、と言いたげに、フェリージアが首を傾げる。
「うーん……フェリージアにも必要になるときが来たら、パーパが作ってあげるね」
 来てほしいような、来てほしくないような。ほんの僅か複雑な心持ながら、ジュゼッペは娘へ約束をした。
 サンドペーパーを当て、形を整える。手のひらや指先で何度も向きをかえ、全体を確認したあと、ジュゼッペは小さく頷いた。
「……さて。パーパはちょっと、出かけてくるね」
「どこへいくの? お昼ごはん?」
「ううん、――君の、お母様のところへ行くんだ!」
 手のひらの中の「しるし」を握り、ジュゼッペは破顔した。
「お母様のところへ? ぼくも行きたいわ」
「うん、じゃあ、一緒に行こうか!」
 先日と同じように、連れ立って工房を出る。片手は愛娘と繋ぎ、もう片手には木製の誓いを、ひとつ。


 森に入ると、風と木々の香りが出迎えてくれた。奥深くまでの道のりを進み、やがて大樹へと対面する。
「お母様、フェリージアよ」
 ぱたぱたと大樹に駆け寄るフェリージアの背を見ながら、ジュゼッペは一度辺りを見渡した。
 真夏の緑から、実りの茶へと移り変わろうとしている、エネルギーにあふれた木々。その中で目の前の大樹は、鮮やかな常緑の葉を茂らせている。
 丁度木陰に入る位置で、ジュゼッペはひとつ深呼吸をした。そうして、ほんのわずかに緊張した表情で、大樹を見上げる。
「フェリージアのお母様、――森の木々の、守り神」
 口を開く。
「僕は――ジュゼッペ・アウグーリオは、貴女と結婚することを誓います」
 ゆっくりと一言一言、噛みしめるように告げる。レオリオズワルドから本を借りて格好良い言葉を探したのだが、結局紡ぎ出されるのは、自分の中で納得のいった言葉だった。
「貴女が守る森を家族のように愛し、ともに守ることも。貴女から預かった、大切なフェリージアを、この手で育て上げることも」
 目の前には、大樹に触れながら振り返るフェリージアの姿。
「だから――」
 握りしめていた片手を開く。
「――受け取ってください」 
 勢いを付けて腕を上へ振る。宙に放ったのは、樹を削り出して作った、簡素な指輪。かつてフェリージアを生み出した時の、かけらのひとつ。
 誓いの品は枝や葉の間に吸い込まれ、――そのまま、落ちてくることがなかった。
 大樹の根元で、フェリージアが微笑んだ。
 暫く大樹の枝葉に眼を遣っていたジュゼッペは、長く大きく息を吐いた。ポケットへ手を入れると、シンプルなチェーンネックレスに通した、もう一つの指輪を取り出す。それを首にかけると、服の内側へとしまった。
「パーパ」
「……さ、街に帰ろうか! えへへ、緊張したらお腹がすいたね!」
 駆け寄ってきたフェリージアを抱き上げ、抱きしめる。
 もう一度大樹を見上げると、ジュゼッペはいつもの、太陽のような笑顔を見せた。
「よーし、走って帰ろうか!」
「ぼくも? 転んだら危ないわ」
「大丈夫だよ、ゆっくり走るから!」
 愛娘としっかり手をつなぐと、ジュゼッペは森の中を駆けだした。体の傍を駆け抜ける風に、フェリージアが小さく声を上げた。




La sua storia non finisce.






Special Thanks to:


*28歳組、最高の3人組です*
むくお様宅 ヨルクさん
一葉様宅 ヴォルフさん

*お人形を貰ってくださってありがとうございます*
いりこ様宅 ロナンシェさん
      リゾさん
ワラビー様宅 セリオンさん
るる様宅 キューレさん

*お人形作りでお世話になりました*
みそ様宅 トゥーヴェリテさん
やこんぬ様宅 アルルコットさん

*仲良くしてくださってありがとうございます*
旭日様宅 ドロテーアさん
やこんぬ様宅 レオリオズワルドさん



**ルームメイトとして本当にお世話になりました**
猫夢様宅 クレーさん



***そして親愛なる***
フェリージアさん




ultimo storia di Giuseppe Augurio

et "Merry in Fairytale".




おまけ

ジュゼッペは、大樹と「結婚」という形で、巨樹と森を大切にする、という誓いを立てました。(cf.「海との結婚」(wikipedia))

森の大樹から命を預かったフェリージアさんを、今度は街で、大切に育てますよ、という約束も込めて。

この件に関連して、仕事としてのお人形作りも尚の事魂を込めて取り組むようになると思います。




半年間という期間の中、ジュゼッペに本当に素敵な出会いと関係を、ありがとうございます。
彼は周りを取り巻く環境の中、敢えて変わらない勇気を持たせつつ、好機に恵まれれば風に飛び乗り、あるいは広い大地を駆けていくような、そんな子を目指しておりました。
天真爛漫、けれど、考える時は考える。そうしてこんがらがって投げ出しながらも、与えられた責務はきちんとこなす。相反するものを抱えながら生きる、人一倍感受性が豊かで、なんだかんだ職人肌の青年です。
ジュゼッペにお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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