お借りしました いりこ様宅 ラルウェルさん ツミキ様宅 アマーリアさん 時は来たれり。 ――もう少し、共に居られると思っていたのだけれど。 後ろ手に書斎の扉を閉めると、トゥルームは扉に背を預けた。 木の板一枚を隔てた向こうの部屋からは、二人がぽつりぽつりと会話を交わす声が聞こえる。 先ほど二人から聞いた言葉が、何度も脳裏を駆け巡る。 「契約」。旅立ち。 いちどきに与えられた情報を、溢れさせないように整理するのが精いっぱいだ。頭も胸もフル稼働させて、喉から言葉が零れだしそうになるのを何とか抑えこむ。 アマーリアが小さな体に、きっと数日も、あるいは数か月も前から秘めていた事。 伝えてくれたことはとても嬉しい。何も言わずに居なくなってしまうよりは、ずっと。――いや、家を飛び出した自分がこんなことを思うことすら、本来は許されないのかもしれないけれど。 ぐるり、ぐるりと脱線しかける意識を何とか立て直して、トゥルームはきゅ、と手を握りこんだ。 子供はいつか巣立つもの。それがほんの少し早まって――明日になっただけ。 そう無理やりに思考を切り替え、小さくかぶりを振る。 扉の向こうには、今は静けさが広がっている。きっと、ラルウェルがアマーリアの事を、言葉もなく抱きしめているのだろう。 ラルウェルの涙は、初めて見た。だからこそ、何事か大きなことが起きたのだと、一目見ただけで察することができた。 きゅ、と唇をかみしめる。 自分まで別れの寂しさに囚われて気を落としてしまったら、誰が出立の準備を手伝うことができるのだろう。 彼女の「母親」として、最後までその役目を果たしたい。 だから今は、 涙は一粒だけ。 さあ、二人のもとへ戻りましょう。 [目次] [小説TOP] |