Erneut

トゥルームのtwitter企画アフター期間内最終作品。



いりこ様宅 ラルウェルさん
ツミキ様宅 アマーリアさん
つねこん様宅 アルディオさん

お名前のみ
るる様宅 アンゼさん
旭日様宅 ドロテーアさん

トゥルーム








貴方と、共に歩きたいと思えたから。


「ほらよ、トゥルームさん。お届け物だ」
 ぽん、と手渡された小包に、トゥルームはかすかに目を丸くした。
「あら……ありがとう」
 表の差出票に書かれた名は、確かによく知った相手だった。だが、手紙で届くとばかり思っていた返事は手の中で確かな重みを持っており、その感覚に小首を傾げる。
「で……アンゼはどこだ?」
「彼女なら奥に居るわ」
「そうか」
 アルディオが視線を教会の奥へと向け、そのまま足を進める。どことなく心あらずな表情を最近隠そうともしない彼に、見えないよう小さく苦笑する。
「あれ、ルー? 何か届いたの?」
 ほわりとした声が背後から聞こえ、トゥルームの心臓が一瞬跳ねた。
「……ラルウェル」
 振り向いた先には、教会の子供たちを抱えた夫の姿。子供たちを連れて、散歩から帰ってきたのだろう。ふわりと笑みを浮かべながら首を傾げるラルウェルに、トゥルームは曖昧に頷いて見せた。
「ええ、……頼んでいた物が、ね」
「そうなんだ」
 ふわりと笑みを見せるラルウェルを、今だけは真っ直ぐに見ることができず、トゥルームはほんの僅か視線を逸らした。


 その日の夕方、トゥルームは自宅へ戻ると、小包を書斎の机に乗せた。新居に移すにはあまりにも多すぎる本をどうしたものかと考えながら、包みを解いていく。
 中から出てきたのは数冊の本と、型崩れしないようきっちりと丸められた大判の羊皮紙、分厚い封筒。一番上に乗せられていた封筒を手に取ると、レターオープナーで封蝋を砕く。
 便箋にぎっしりと並んだのは、かつての師の文字。こちらから頼んだこととはいえ、10年以上前の一弟子にこれほどの長文を送って寄越すとは。便箋数枚にわたる文を読み終え、トゥルームは一つ感嘆のため息を吐いた。
 羊皮紙を開き、そこに並ぶこれまた膨大な文字列を眺めやる。
 しばしの間の後、紅の唇が小さく息を吐き出した。金の瞳は、珍しくかすかに揺らいでいる。
 もう一度小さくため息をついた後、トゥルームは羊皮紙を丸めた。爪をきちんと整えた指先が目に入って、ふと動きを止める。
 小さく瞳を閉じて、開いた包みの上に羊皮紙と便箋を戻すと、椅子に腰を下ろした。肘をつき、ぼんやりと窓の外を眺めるままに、時間は過ぎていく。窓の外からは、あと数日で満ちる月が、わずかに顔をのぞかせていた。


 数日ののち、新居にて夕食を終え、一息ついた後。
 紅茶を口に運びながら、熾火になった暖炉をぼんやりと眺めていたトゥルームに、ふと正面から声がかかった。
「ねえ、ルー。何かあったの?」
「え?」
 顔を上げると、眉根を下げたラルウェルの顔が目に入った。青灰色の瞳が、真っ直ぐに捉えてくる。その横ではアマーリアが、紅茶をマグカップで飲みながら、不思議そうに首をかしげていた。
「最近、ため息が多いなって。心配ごと?僕に言えることだったら、話してほしいな」
 最愛の人の言葉が、胸の奥まで染み込んでくる。トゥルームは数度瞬いた後、金の瞳を伏せた。
「そうね……心配事、とは、少し違うのだけれど、……」
 瞳を揺らがせ、数秒のためらいの後、トゥルームは口を開いた。
「――あなたたちに、ひとつ訊ねたいことがあるの」
「うん……? なぁに?」
「何よママ、そんなに真剣な顔をして」
 数日間、何と説明しようか、何と問いかけようか考えて続けていた言葉を、口に出す。声が震えないように気を張りながら。
「――もしも明日の朝、私が"私"でなくなっていたとしたら、あなたたちはどうするかしら?」
 何とも漠然とした問いかけだと、頭の片隅で思った。けれど他に説明する言葉も見当たらず、ふわりとした言葉のまま、大切な家族へと預けることにした。
 小さな部屋に一瞬、静けさが満ちる。
 不思議そうに首を傾げるラルウェルの横で、口火を切ったのはアマーリアだった。
「マリアが竜の姿もマリアだと思えばみんなそれを受け入れる。でもマリアが竜の姿はマリアじゃないと思えばみんなはきっと竜を抑える方法を考える。…そうでしょ? だから貴女の存在を決めるのは貴女自身で、貴女の意思をみんなは信じるわ…マリアもよ」
 そう一息に紡ぐと、アマーリアは自信ありげに笑って見せた。今この場で考えたというよりも、彼女の中で常日頃抱えている言葉を抜き出してきたような、深く重みのある言葉。どきりとさせられる。
「……難しい事はよく分からないけど、ルーはたとえどんな事があってもルーだよ? ぎゅうって抱き締めて、おはようっていいながらキスをしたいな」
 ふにゃりと笑みをこぼしながら、ラルウェルがアマーリアに続けて言葉を紡ぐ。
 その二人の様子を見て、トゥルームは再度目を瞬かせた。ややあって、口元に小さく笑みを浮かべる。
「……そう。…………ありがとう、二人とも」
 瞳を閉じると、トゥルームは机の下で、膝に乗せていた掌に小さく力を込めた。


 大きな月が、明るい影を森の中に落としていた。
 片手にランプをかざし、何冊もの本や羊皮紙を抱えながら、トゥルームは白い月と向かい合う。
 森の奥深く、空気が澄み渡り、魔力が集まる場所。魔の力が最も高まる、満月の瞬間。
 地面には昼のうちに準備しておいた、術式の効果を最大限に高める魔法陣。
 師から送られた本を参考に、ドロテーアの手を借りながら、編み出したものだ。
 魔力は持ち合わせているものの、“魔法使い”と呼ばれるにはその一線を越えられない、中途半端な存在。小さな魔法さえ長い詠唱が必要なトゥルームにとって、今から行うことは、相当の覚悟と入念な準備が必要とされるものだった。
 失敗する可能性も大いにある。
 最も確実なのは、師の下へ足を運び、術を施してもらうことだった。けれど、たとえ失敗するリスクが付きまとおうとも、自分の手で幕を下ろしたかった。
 トゥルームは近くの木にランプを括り付け、陣の真中へ立つと、巻いていた羊皮紙をするりと広げた。指先がかすかに震えているのがわかる。
“昔と全然変わらないように見えるけれど。指先も綺麗だし”
 先日の、教え子との会話が脳裏をよぎり、トゥルームは瞳を閉じた。
 何一つ間違ってはいない。10年ほど前、確かに自分は師の手を借りて、時を止めたのだから。

 けれど、それももう御終い。

「Incipiō」
 発動の単語とともに、術式が光り始めた。
 羊皮紙に書かれた術式を、途切れることなく読み上げる。意識を研ぎ澄まし、膨大な量の文字列を追う。一文字たりとも飛ばすことは許されない。
 つぅ、と汗が首筋を流れた。季節は秋へ近づいているというのに。
 心臓はかつてないほどに大きく打ち付け、酸素を求める頭がくらりとする。
 あと数行。
 心にほんのわずかできた隙間に、不安が流れ込む。もしも、文字をひとつでも飛ばしていたら。術式が効かなかったら。
 湧き上がる恐怖を打ち払い、最後の行まで一文字一文字を拾いあげ、唇から紡ぎあげる。
「――finis」
 術式を結ぶ言葉を唱えると同時に、魔法陣がひときわ強く光った。陣の中で踊り狂う魔力に、思わず目を閉じる。数秒の後、光が収まると同時に、トゥルームは膝から崩れ落ちた。片腕で呼吸の乱れた体を支え、もう片方の腕は胸元を握りしめる。
 これで良かったのだろうか。見た目も体の内側も、息が切れていること以外、今までと変わったところはない。
 重い体に叱咤をかけ、何とか立ち上がる。地面に落ちていた羊皮紙を拾い上げると、途端に指先からさらりと砂に変わっていく。
 封筒に書かれていた言葉が蘇る。羊皮紙が塵芥に帰せば、それはすなわち、術式が成功したことを意味する、と。
 しばらく呆けたように立ち尽くしたまま、トゥルームは森の中に一人、佇んでいた。ぼんやりと、星の瞬く夜空を見上げる。丁度満月の時を迎え、青白く輝く月が、静かに彼女を照らしていた。


 鳥のさえずりと、誰かの声が聞こえる。
 自分の名を呼ばれた気がして、トゥルームはゆるりと瞳を開けた。
 新居の、真新しいベッドの上。体に鞭うち、何とかもぐりこんでいたらしい。目の前には、首を傾げて自分の顔を覗き込む、ラルウェルの姿があった。
 視線が絡むと、相手の顔がへにゃりと微笑みを浮かべる。
「おはよう、ルー。今朝はお寝坊さんだね」
 トゥルームは数度瞬いた後、相手と同じように体を起こした。顔に掛かった金髪を耳にかけ、そのまま真っ直ぐに顔を向ける。
「――おはよう、ラルウェル」
 がっしりとした肩にこつんとおでこを乗せると、ラルウェルの義手が背に回るのを感じた。
 ほんの僅か眉根を下げて、トゥルームはゆるりと微笑んだ。泣き出してしまいたくなるくらい、胸の奥が暖かい。
 唇を重ねながら、トゥルームは再度決意を胸に灯した。
 この愛しい人と、ともに時を刻んでいきたいと心から思えたから。
 止まっていた外見の時を、もう一度動かすことにした。


 ともに年月を重ねていきましょう。







Special Thanks
 ラルウェルさん
 アマーリアさん
素敵なご縁を、本当にありがとうございます!





半年間、素敵な出会いとご縁をありがとうございます。本当にお世話になりました。
トゥルームは、(時を止める)安寧からの脱出と変化、をテーマにしていた子でした。一人で真っ向から世間と立ち向かい、酸いも甘いも噛み分けながら、それでも尚、どこかに夢見る少女を残した、「魔女」と呼ばれる存在。でした。
大切な人との出会いとご縁をきっかけに、人と歩調をあわせ、前へ前へと共に進んでいけるようになったのは、彼女にとって大きな出来事です。
トゥルームにお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
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