Filiorum miraculum

ジュゼッペとトゥルームのおはなし、ジュゼッペ視点。



お名前をお借りしました
猫夢様宅 フェリージアさん
     クレーさん
いりこ様宅 ラルウェルさん
ツミキ様宅 アマーリアさん
旭日様宅 ドロテーアさん
むくお様宅 ヨルクさん
一葉様宅 ヴォルフさん


ふんわりと、猫夢様宅 ハンス君と、おはなし『Mi scusi con sentimento』と『Scintillante Melodia』の流れをお借りしました。
また、『私個人としては名前の(付けられ)ない関係も好きなのですが。』の流れもお借りしました。


ジュゼッペ
トゥルーム







 ――もう少しだけ、この腕の中に。
 
 
 
 秋の香りを纏った風が、森を吹き抜けていく。
 緑が鮮やかさを少しずつ落としていく中、一つの人影が森の小道を進んでいた。
 白地の箱を抱え、結んだ黒髪を軽く揺らし、足取りも楽しげに、跳ねるように。
 目的地は目の前、木陰に隠れるように建つ小さな家。
 こんこん、と軽くノッカーを叩くと、ややあって室内から小さな声。
 かちゃり、と扉が開かれ、中からは金の瞳が覗いた。
「……あら、まあ」
「チャオ! 先生、結婚式以来だね!」
 ジュゼッペは目の前の女性に向け、大輪の花を咲かせた。
 
 
 
「茶葉の好みはあるかしら」
「ううん、特に無いよ! えへへ、先生に入れてもらえるなんて嬉しいな」
 かちゃかちゃと軽快な音を鳴らしながら、茶器が宙を舞う。その様子を珍しそうに眺めながら、ジュゼッペは笑みを浮かべた。
「式にも来てくれて感謝するわ。あまり話す時間がなくて申し訳なかったわね」
「ううん、忙しそうだったしね!」
「それで? 今日は何の御用かしら。ラルウェルなら教会よ」
 竈代わりの暖炉に、小さく火が熾される。薬缶を火にかけたトゥルームが、机に山積みされていた本を脇へと退けながら腰を下ろす。
「うん、先にそっちに顔を出してきたんだ。でも今日は、先生はお休みだって聞いたからさ」
「あら、……私に御用?」
「うん、そうさ!もちろんラルウェルやアマーリアにも見せたいけれど、先に先生に見てもらおうと思って」
 わずかに目を丸くして見せたトゥルームに、ジュゼッペは膝の上に抱えていた箱を持ち上げた。
「これさ! プレゼント! 開けてみて」
 白い箱にかけられた、金と蒼の二色のリボン。中央には、小さな造花の黒薔薇が添えられている。
 その先端を、トゥルームの細い手が引く。
「……まあ」
 かたん、ぱたりと箱が開き、中から顔を出したのは、3体の人形だった。
 一体は純白のドレスを纏った金髪の木製人形。もう一体は、タキシードを着た茶色い髪の人形。どちらも手のひらに腰かける程の、小ぶりの人形だ。そしてその間に置かれていた、先の二体よりも小さな女の子の人形。
「これ……」
「うん! この間の結婚式さ!あの時の先生、凄く綺麗で、幸せそうだったからさ。本当は結婚式前に作って渡したかったんだけれど、ほかの仕事が入っちゃってて、三人作るのは難しかったから」
 えへへ、と少年のような照れ笑いを浮かべるジュゼッペに、トゥルームは一つ感嘆の息を吐いた。
「……嬉しいわ。ありがとう」
 トゥルームが三つの人形を丁寧に両掌に載せ、目線の高さまで持ち上げる。ふ、と柔らかな笑みがこぼれた。
 今度はジュゼッペが目を真ん丸にする番だった。それを目にして、トゥルームが普段の表情へと戻る。
「どうしたのかしら」
「あ、ううん! 何でもないよ!」
「……そう」
 しゅぅ、と薬缶が小さく音を立てた。トゥルームが人形を置いて立ち上がり、そちらへと向かう。視線がそれた事に安堵しながら彼女の動きを追いかけたジュゼッペの瞳が、ふと暖炉の上の一点に留まる。
「……え?」
 唇から言葉が漏れるのと、トゥルームが「何か」を取り上げたのは、ほぼ同時だった。
「覚えているかしら」
 目の前に差し出されたのは、掌に全身が収まるほどの小さな木の人形。削りは荒く、関節の作りも見るからにぎこちなさそうだ。胴体や木の帽子には直接絵具で色を付けてある。
 ジュゼッペは思わず、がたりと椅子を鳴らしながら立ち上がっていた。
「……勿論だよ! 僕が3人目に作った子だもの!」
 そのまま手を伸ばし、小さな人形を優しく受け取る。ひじの関節を動かすと、きぃ、と木のきしむ音がした。驚きに満ちていたジュゼッペの顔が、へにゃりと笑みへと変わる。
「嬉しいな、まだ持っていてくれたんだ。もう10年も前なのに」
「あら。子供たちから貰ったものは、全て大切に保管しているわ。書斎にもたくさんね」
 暖炉の上には確かに、写真フレームが並ぶ合間に、紙粘土の人形や額に入った小さなイラストが置かれている。隅のレターケースにも手紙が入っているのだろう。
「……それにしても、10年、ね。私も年を取るわけだわ」
 ぼんやりと暖炉の上を眺めていたジュゼッペの耳に、嘆息交じりの声が聞こえた。振り向くと、トゥルームが暖炉に一本薪をくべているところだった。小さな炎に照らされる横顔は、
「――先生、昔と全然変わらないように見えるけれど。指先も綺麗だし」
 以前から感じていた想いを、素直にぶつける。10年前に教えを乞うていた時から、1日たりとも年を取っていないかのように。
「お得意のナンパかしら?」
「ち、違うよ! そんなことしたら、ラルウェルに怒られちゃう!」
「わかっているわ」
 慌てふためくジュゼッペに視線を送り、トゥルームが口端を上げる。
「……もしも私が、数百年を生きる魔女だといったら?」
「えっ、先生もそうだったのかい!?」
 途端にジュゼッペの脳裏に浮かんだのは、ドロテーアの姿だった。納得しかけたところで、言葉が飛んでくる。
「それも冗談よ。……変わっていないのは本当でしょうけれど。私は少し魔法をこねくり回せるだけの、普通の人間」
 声のトーンがわずかに落ちた。金の瞳が小さく揺らぎ、逸らされる。そこに何かを感じ取り、ジュゼッペは首を傾げた。それが何なのかまでは読み取れなかったが。
「うーん、……でも魔法が使えるのはすごいと思うよ。僕なんて、全然魔法が使えないもの」
「けれど貴方は、奇跡を起こしたわ」
「え?」
 即座に続けられた言葉の中に、聞きなれない単語を捉えて、ジュゼッペはもう一度首を傾げた。
「あの子の事よ。私がいくら研究を重ねても越えられなかった壁を、貴方たちは軽々と飛び越えていったわ」
 そう言われ脳裏に広がったのは、いとし子の笑顔だった。
 新しい物事を目にしたときの目の輝き、ことりと首をかしげる仕草、「お母様」の所へ遊びに行くと告げに来る時の、楽しげな表情。
 そうだった。彼女の「誕生」は、確かに奇跡としか言いようのないものだった。あの日のことは、今でも鮮明に思い出すことができる。それからの毎日が幸福と驚きに満ちていて、半年が瞬く間に過ぎていった。
「あの子は元気かしら?」
「うん、もちろんさ! 一緒にご飯を食べて、毎晩絵本を読んで。毎日が奇跡みたいに、すっごく楽しいよ!」
「……そう。……貴方たちなら、何度でも奇跡を起こせそうね」
 フェリージアのことになると、話が止まらなくなる。飲み会の席では毎回ヨルクやヴォルフに呆れられるが、毎日新しい発見と喜びが見つかるのだから、話の種が尽きることなどない。
 ジュゼッペは目を輝かせながらあれもこれもと話す。トゥルームは時折小さく頷きながら、静かに話を聞いていた。
 いつの間にかお湯も沸騰していたらしく、ふと気づいたときには目の前にティーポットが浮かび、柔らかに香り立つハーブティーが注がれているところだった。
 一言感謝を述べてからハーブティーを口に運び、一呼吸おいてから、そういえば、と言葉をつづける。
「最近は一人で遊びに行くことも多いんだ。この前、男の子とちょっとだけすれ違っちゃったみたいだけれど、仲直りしていたしね」
「あら、そうなの」
「うん。……何だか、フェリージアが急に大きくなったみたいな。なんだか不思議な気分だったな」
 あの日、どことなく元気のない様子で帰ってきたフェリージアに、最初は何事かあったのかと心配をした。その場に居合わせたクレーに事の顛末を聞き、「ごめんなさい」を言いたいという彼女に、それなら自分もついていく、と告げた。
 父親という重みと、フェリージアが今までとは違う一歩を踏み出したという想いが重なり合って、その日は夜遅くまで何となく物思いに耽ってしまった。……その結果、翌朝起きるのが遅くなり、クレーに叩き起こされたというおまけつきで。
「……子供の成長は、早いわ」
 ぽつり、と言葉が聞こえ、ジュゼッペは視線を上げた。対照的にティーカップに視線を落としていたトゥルームの瞳が、ゆっくりと閉じられた。
「マリアも、教会の子たちも、……貴方たちもそうだったわ。大人がひとつ瞬きをしている間にも、子供はぐんと成長しているものよ。そうしていつか、――私たちの手から巣立っていく」
 紅の唇から、ぽつり、ぽつりと言葉が零れる。ティーカップにかけられた指先に、わずかに力がこもるのが見えた。
「……先生?」
「…………あら、ごめんなさい。少し感傷的になってしまったわね」
 ついと上げられた顔は、普段通りの表情だった。どう声をかけようか迷ううちに、トゥルームが立ち上がる。
「さあ、そろそろ日が傾くわ。大事なお嬢ちゃんが、おうちで待っているのではなくて?」
「あ、うん、今日は遊びに行くって言っていたけれど……もう帰っているかな」
「なら、帰っておあげなさい、ジュゼッペ」
 最後の言葉に、かすかな違和を覚えたのも一瞬。首を傾げる暇もなく、さあ、と促される。
 外に出ると、空がかすかに赤みを帯びてきていた。見上げる雲が高い。季節が変わろうとしているのだろう。
「じゃあ、ラルウェルとアマーリアによろしくね」
「ええ、伝えておくわ。今日はありがとう」
「ううん、こちらこそ!今度はフェリージアも連れてくるよ」
「あら。楽しみにしているわ」
 森の中の一軒家を後にし、湿り気を帯び始めた風を感じながら、ジュゼッペはぽつりと呟いた。
 「子供の成長は早い、か……」
 
 
 
「ただいま」
「パーパ」
 扉を開けるなり、声が聞こえた。ことことと歩み寄ってきたフェリージアを抱き上げる。
「フェリージア! もう帰っていたんだね。クレーは?」
「タータはお買いものに行ったわ」
Tata おねえちゃん? ……ああ」
 クレーや誰かと何事か話していたのだろう。タータと呼ばれて真っ赤になっているクレーを想像して、ジュゼッペはくすりと笑いを零した。
 不思議そうに見上げてくるフェリージアと視線が重なったところで、先ほどの会話が脳裏をよぎる。ふ、と茶の瞳を細めながら、抱きしめる腕に力を込めた。
「どうしたの、パーパ」
「ううん、何でもないよ」
 もっと、ずっと、この腕に居てほしいという想いと、成長していく姿を見届けたいという想いとが、ジュゼッペの中でせめぎ合う。
 どちらが良いと、自分が決められることではない。それは人知を超えた何かと、彼女自身が決めることだ。
 だから。
「……もう少しだけ、ぎゅーっとしていて良いかい」
「ええ。ぎゅーっ」
 腕の中から聞こえる可愛らしい笑い声。仄かな木と太陽の香りと、柔らかく頬をくすぐる髪の毛。温かみを感じる木の肌。
 このまま抱きしめていれば、温もりと鼓動が移って、あるいは。
 そんな思いが頭をよぎる。
 どれほどの時間、そうしていただろうか。
 抱きしめていたいとし子を、床におろす。
 「よーし、今日の夕ご飯は何にしようか! パーパが頑張るよ!」
 
 
 
 ――彼女と一緒に、歩いて行こう。




イメージソング:『風といっしょに』
[ 10/23 ]

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