"Ich bin glücklich", sagte sie zu sich selbst.

ラルウェルさんとトゥルームの結婚式、前日譚含む。
本当に素敵なご縁をありがとうございます。


Cast:
るる様宅 アンゼさん
猫夢様宅 クレーさん
ツミキ様宅 アマーリアさん
翡翠様宅 アイリーンさん

いりこ様宅 ラルウェルさん
トゥルーム







とん、と書類を一揃えにする音が小部屋に響く。
「それじゃあよろしくね、アンゼさん」
「もう少し細部を詰めたら、また目を通して頂戴」
「はい、楽しみにお待ちしておりますね」
かたりと音を立てて立ち上がるラルウェルを追うように、トゥルームもバインダーに挟んだ書類を手に立ち上がった。
廊下を抜けて重厚な教会の扉を開けると、風が一陣吹き込ぬけた。初夏の香りを含んだ風が、一筋下ろした髪を揺らす。
手を振り見送るアンゼに目線を送り、夕焼けに染まり始めた大地へと足を出す。
ふと、以前にも同じようなことがあったように思えて、トゥルームはほんのわずか首を傾げた。思考を巡らせ、半年ほど前の出来事だと思い至る。ウィンターパーティーに向けた、小部屋でのダンスレッスン。そうだ、今日打合せをしたのも同じ部屋だった。そこから二人で教会を出て、――違うのは、歩む方向が同じだということ。
「ふふ、どうしたの?」
ふと聞こえた声に顔を向けると、柔らかな笑みが目に入った。名のつけられない暖かな感情が体の中を駆け巡るのを感じて、小さく俯き、何でもないわ、とつぶやくのが精いっぱいだった。
「疲れちゃった?買い物は今度にしようか?」
「いえ、大丈夫よ。今日中に必要なものは買い揃えてしまいましょう。相手の都合もあるだろうから、招待状はできるだけ早い方が良いわ。式の開始時間や送り先のリストも、早いところ決めましょう」
即座に頭を切り替え、今後の予定を頭の中で組み立てる。ブーケは、会食は、式の流れは――
「うん!みんな来てくれるかなぁ。素敵な式にしようね、僕も頑張るよ」
うきうきと楽しげなラルウェルの姿を見て、あれやこれやと回していた思考を一度休める。「……そうね、ともに頑張りましょう」
そうだ、これは一人で考え決めることではない。相手と歩幅を合わせて、一歩ずつ進めていくことなのだ。そしてきっと、これからの人生も。
ラルウェルに歩みを揃えながら、トゥルームは目の前に広がる、街に続く小道へと視線を送った。
「そういえば……ルーがドレスを着たところ、僕も見たかったなぁ」
「……あら」
少しだけ拗ねたようなラルウェルの声に、先ほどの様子を思い出す。
アンゼに式を挙げると報告したところ、驚かれるどころか、笑みとともに教会の倉庫へと案内された。目立つところに置かれた大きな箱を開けると、はたしてそれは、しみひとつない純白のドレス。
つややかな光沢は、まるでこの日のためにしつらえたかのようだった。――いや、実際そうであったようだ。
「準備しておりました」というアンゼの笑顔に、トゥルームは感嘆するしかなかった。
小部屋に持ち帰り試着してみようという話になり、ラルウェルもその姿を見たいと名乗りを上げた。
だがアンゼはにこりと、しかし有無を言わせない笑みで、扉を閉めてしまったのだ。
その時、戸の隙間から見えた表情を思い出しながら、トゥルームは口元に小さく笑みを浮かべた。歩みを止めると、ラルウェルも一歩前で立ち止まる。相手が振り返るのと同時に、人差し指を、紅が付かないよう軽く唇に当てた。
「……式当日まで、秘密よ」
自分のとった悪戯っぽい動作に、我ながら驚きを覚える。ぽかんとした表情を浮かべるラルウェルを横目に、トゥルームは再び歩みを進め、相手を追い越した。
「……えー、ますます楽しみだなぁ」
一瞬の間の後、ラルウェルの楽しげな声が追いかけてきた。自分より背の高い体が並び、次いで大きな手が指を絡めてくる。
薬指に納まる指輪が、絡まった指の中で存在を主張した。
「えへへ、楽しみだね、ルー」
「……ええ」
名を呼ばれるたびに、寄り添って歩くたびに、何かが胸の中で花開く。
これに名をつけるならば、「幸福」が一番近いのだろうか、と、ぼんやりと心の片隅で思った。


数日が経った夜のこと。
日付が変わろうかという頃、森と町の境にある小さな家には、まだ明かりがともっていた。
静かな部屋に、かりかりとペンを走らせる音だけが響く。愛用のペンは、今日はノートや書類ではなく、便箋に文字を落としていく。
便箋の一番下、二人分の名を書き終えたところで、トゥルームはひとつ息を吐いた。
まだインクの乾かない便箋を横にやり、リストの横へ印を入れる。
「……これで全員分、かしら」
便箋を封入していない封筒は、あと一つ。これが最後であるはずだ。
インクが乾いたらしい便箋を折り、最後の封筒へ封入する。溶けた蝋を流し、きゅ、と印璽を押す。ユリとヤグルマギクが模された丸い枠が、古めかしい字体のTを囲んでいる。
もう一度リストの頭から流すように読みながら、きちりと束ねられた封筒の山と照合させていく。
その中にひとつ、リストには名のない宛先に、トゥルームの手が止まった。
「…………」
するりと手紙を引き抜き、持ち上げる。いつでも除外できるよう一番後ろにしておいたと思ったのだが、いつの間にか真ん中あたりに紛れてしまっていたらしい。裏に返すと、きっちりと封蝋がなされている。
「……どうしましょう、ね」
ぽつり、と言葉をこぼす。宛先はここから離れた、規模も人口も中程度の街。ほとんど思い出せない風景が、浮き上がっては消えていく。
高等な勉学を修めたくて、半ば逃げるように飛び出てきた、古めかしく保守的な故郷。学問を修めてからも一度も戻ることなく、この小さな街へ移り住んだ。
ようやく大人としての対応が取れるようになった今でさえ、レターズフェスなどの折に触れて、年に一度手紙を送りあうかどうか、といった程度だ。
たとえ送ったところで、来ることはないだろう、と頭のどこかで考える。家と苗字を捨てた一人娘など、歯牙にもかけぬ存在だろう。
一つため息をつくと、その封筒をするり、と引き出しにしまいこんだ。
「……寝ましょう」
小さく独り言ち、シーリングワックスの火を消す。書斎を出る直前、一度引き出しへと視線を送り、ランプを消した。


それから数日は、普段の生活に加えて、招待状配りや式の準備で大わらわだった。互いの家を行き来しながら、一つ一つきっちりと事をこなしていく。
忙しく動き回りながらも、それが幸せを形作っていくように思うと、また次の活力が湧いてくる。
分厚くなったバインダーと紙袋を手に、トゥルームが家に戻ったのは、日もとうに暮れた時間だった。
玄関を開けると、薬缶や茶器が反応して、自動的にお茶の準備を始める。茶葉が入った缶の並ぶ棚の前に立つと、ポットが飛んできて蓋を開ける。最近新しく組み込んだ術式だ。香りの高いブレンドハーブティーをポットの中にひと匙掬い入れ、トゥルームは踵を返した。
お湯が沸くまでまだ時間がある。バインダーを開き、中を捲りながら、必要な部分を書き出し、あるいは削っていく。
手を動かしながら、頭はさまざまに思いを巡らせる。
ふわり、と甘い香りが鼻をくすぐり、顔を上げると、ティーカップに紅茶が注がれているところだった。一度ペンを置き、金の瞳を緩やかに閉じて、ハーブの香りにしばらくの間包まれる。
静かだ、と感じた。
ここ数日は、ほとんどの時間をラルウェルと一緒に過ごしていた。一人の時間はずいぶん久しぶりのように感じる。今までならば、どんな場に置かれていても、必ず一人きりの時間を設けていた。けれど今は、たった一人でいることがほんの少し落ち着かないような、心もとないような、そんな小さな感覚が胸の中に湧き上がってくる。
式が終わり互いの周りが落ち着けば、新しく家を建てて、三人での同居が始まることになっている。きっとそれからは、毎日がにぎやかになるのだろう。
そして、それを楽しみにしているのも、まぎれもない事実だった。
ランプの灯が、じじと揺れた。そちらへと視線を送ったところで、すぐ横の壁に貼られたカレンダーが目に入る。月の最終日に、くるりとつけられた丸い印。その下の余白には、戯れに描いた花の模様。
随分な浮かれようね、と数日前の自分に心の中で苦笑を浮かべた。けれど今日カレンダーに記したところで、同じように花を描くのだろうなとも考える。
紅茶を一口含むと、トゥルームは席を立った。
キッチンへと向き直ると、片隅に置かれた瓶を手に取った。栓を抜くと、蜂蜜の甘い香りが広がる。自作の蜂蜜酒<ミード>は、順調に発酵が進んでいるようだ。この調子でいけば結婚式の当日が、ちょうど飲みごろだろう。
再びきつく栓をすると、ミードの瓶をキッチンの隅に戻し、紙袋から食材を取り出す。
まだ手料理は慣れないが、以前よりは上達している、のだろう。以前よりも滑らかに包丁を使いながら、食材を刻んでいく。
そういえば、今日は一人分だった、とふと我に返った時には、山のような食材がボウルいっぱいに入れられていた。額に手を遣りため息を一つ。
「……ラルウェルのところに、おすそ分けに行きましょうか」


飛ぶように日々が流れていく。気づけば、挙式が明後日に迫っていた
「トゥルーム様」
最終打ち合わせを終え、帰ろうと書類をまとめているところで、後ろから声をかけられた。ラルウェルに目線で、先に戻っていて頂戴と促し、トゥルームはアンゼへと体を向けた。
「何かしら」
「ヴァージンロードのことなのですが」
「…………ヴェールガールはアマーリアとアイリーンが引き受けてくれたし、フラワーガールもクレーに頼んでいるわ。これ以上決めることがあったかしら」
そう言いながらも、相手の真意を感じ取る。同時に、引き出しにしまわれたままの封筒の存在も思い返す。
言い出しづらそうなアンゼに先回りをし、一つため息の後言葉を続けた。
「……ヴァージンロードは一人で歩くわ。実家<いえ>には、連絡すらしていないもの」
「……そうなのですか、……わかりました」
どことなく寂しげに、アンゼが顔を曇らせるのが目に入った。
「……そんな顔をしないで頂戴」
「……その、……招待状やお手紙だけでも、送ってみてはいかがでしょうか。きっと、ご報告だけでも喜んでくださるはずですわ」
「…………考えておくわ。それじゃあ、今日はこれで」
相手の返事を待たず、くるりと踵を返す。扉の外にラルウェルの姿はなかった。家に戻ったのだろうと思い、そのまま自分も家路につく。今日は早めに教会を出たとはいえ、日が長くなったと感じる。
玄関をくぐり、準備を始める茶器たちを横目に、書斎へと歩を進める。ランプに火を入れ、かたん、と引き出しを開けると、中にはあの日のまま封筒が仕舞われていた。
するりと封筒を取り上げると、ランプの灯りを受けて指輪がきらりと光った。宛名に視線を落とし、くるりと裏に反して封蝋を眺め、再び表に反す。
しばらくそれを繰り返した後、トゥルームはひとつため息をついた。
筆立てに差していたレターオープナーを手に取り、封蝋を開ける。ぱきん、と小気味よい音を立てて、封蝋が砕けた。
そのまま椅子を引いて腰掛け、本に埋まった机上から、便箋の束を引っ張り出す。招待状に使ったものとは別の、普段使うレターセットだ。
ペンにインクを含ませ、しばらく考えを巡らせたあと、紙の上へペン先を落とす。
書き出しには両親の名。
それから、ここ一年ほどの近況を書き連ねる。仕事のこと、日常のこと。書き始めると、案外書く内容は次から次へと見つかるもので、二枚目へと筆を移す。
最近あった事柄を挙げる中に、さりげなく、けれどもほんのわずか力を込めて、結婚のいきさつと式の日程を書き込んだ。
大切な相手が見つかったこと。
暖かな人々に恵まれていること。
日々がとても満ち足りていること。
気づけば便箋は、三枚目へと移っていた。
最後に署名を入れ、インクが乾くのを待つ間に、封筒へ宛名を記す。そのまま便箋を封入し、蝋と印璽で封じる。
表裏に反してもう一度確認した後、封筒を手にしたまま、くるりと踵を返す。
沸いた薬缶を火からおろすと、もう一度玄関をくぐり、傾きかけた太陽に視線を送りながら、街へと歩みを向ける。
たどり着いたのは、伝書鳩を扱う鳩舎。
宛名の街へ向かう伝書鳩を一羽頼み、その背に手紙を括り付ける。
「……よろしくお願いするわね、小さな配達人さん」
口元に小さく笑みを浮かべ、手紙の上から鳩の背を撫でると、それが合図と鳩が羽を広げる。
ばさり、と飛び立った鳥の背をしばらく追った後、トゥルームは再び家へと足を向けた。


* * * * * * * * *


当日は抜けるような青空だった。
夏の明るい朝日を受けて、教会の尖塔と、金色の鐘が輝いている。
「こんなもんかしら!どう?」
「とても素敵ですわ、クレー様」
頭上から明るい声が聞こえた。瞳を伏せ、わずかに上を向いていた顔を戻すと、目の前の姿見へと視線を送る。
きっちりと結い上げられ、花冠で飾られた金色の髪が目に入った。
「……ええ、綺麗よ。ありがとう、クレー」
「あら、良かったわ!どういたしまして」
姿見の自分が、ゆるりと微笑むのが見えた。自分はこのような笑いを見せるのかと、心の中で小さく驚く。
「トゥルーム様、きつくないでしょうか」
「ええ、ちょうど良いわ」
アンゼが腰元のリボンを後ろで結いながら、あれやこれやと気を回す。
腰元からゆるく広がる、たっぷりと布を使ったドレス。後ろで結ぶリボンは大きく、それでいて甘すぎない。試着の後、改めてサイズを測り、仕立て直しはアンゼに任せていた。そのおかげか、ぴったりと体にフィットする。
ロンググローブをはめ、薔薇をあしらったチョーカーの位置を正す。
「ルー!」
「すっごぉい、綺麗!」
ばたん、と勢いよく開く扉の音が背後で響いた。姿見には、駆け寄ってくる2人の少女が写る。
「アマーリア、アイリーン」
「えへへー、ウェルウェルより先に、ルーのドレスを見てやるんだーって」
「マリアが言ったのよ!」
きゃいきゃいとはしゃぎながら、少女たちがトゥルームの周りを跳ねまわる。2人が一周しやすいようにと、アンゼが一歩後ろに下がって、一つ頷いた。
「さあ、出来ましたわ。私は外の様子を見てきますね」
「じゃああたしも、ヴァージンロードに蒔く花を準備してくるわ」
「ええ、……二人とも、ありがとう。この後もよろしくお願いするわ」
扉を出ようとするアンゼとクレーに向き直り、精一杯の笑みを送る。二人から満面の笑みが返って来て、胸の中がふわりと暖かくなる。
「……あれ?なんでこんなところに、鳩?」
「お手紙持っているよ?」
気づけば2人の少女は、窓辺に歩み寄っていた。やっとのことで窓枠を掴んでいる一羽の鳩を、不思議そうに見やっている。ちらりと見えた宛名に、トゥルームは金色の瞳を瞬かせた。
「……アマーリア、その手紙を取ってくれるかしら。アイリーン、あの机から、鋏を」
「はーい」
「わかった!」
ひょい、とアマーリアが鳩から手紙を外し、トゥルームへ手渡す。同時にアイリーンから鋏を受け取りながら、表面の宛名にもう一度目を落とす。くるりと裏へ反し、差出人にまた目を丸くして、封筒に鋏をあてがった。
はやる気持ちと多少の不安を抑え、開封し、中の便箋を開く。
本文に目を通し、トゥルームは三度目を見開いた。僅かな間の後、口元に笑みを浮かべる。
「ねえねえ、誰からー?」
「何が書いてあるのー?」
「トゥルーム様、外にはたくさんの方が……あら?」
戻ってきたアンゼが、首を傾げる。便箋から顔をあげないトゥルームの周りでは、アイリーンとアマーリアが手紙を覗き込もうと、ぴょんぴょん跳ねまわっていた。
「……何でもないわ。……いえ、何でもなくはないかしら。…………式の途中、飛び込みでカメラマンが来るそうよ。他の参列者と同じくらい、丁重にもてなしてもらえるかしら。それからあの鳩にも、たっぷりの水と餌を」
「……わかりましたわ」
顔を上げると、アンゼの驚いたような表情が、次第に笑みへと変わる。
「あんたたち、まだここにいたの!ラルウェルが待っているわよ!」
開いたままの扉からクレーが飛び込み、花を抱えたまま飛び回る。
「では、行きましょうか。私は一足先に、式場へ向かいます」
「ええ」
便箋を畳み封筒に戻すと、窓際へと歩み寄り、机の上へ丁寧に手紙を置いた。開け放った窓から、爽やかな夏の風が吹き込んでくる。
「今日はよろしくお願いするわ、アンゼ、クレー、アマーリア、アイリーン」
姿見で最後の身支度を整え、姿勢を正す。
小部屋を出て、細い廊下を進むと、次第にオルガンの音が聞こえてきた。閉じられた扉の前に立ち、二、三度呼吸を整える。
「――新婦の入場です」
言葉とともに目の前の扉が、内側へと開かれた。正面から差し込む光に、軽く目を伏せる。真っ直ぐと続くヴァージンロードの先には、愛する人。
目を上げると、相手の穏やかな瞳と目があった。



――ラルウェル。

こんなことを私が言っても、誰にも信じてもらえないのでしょうけれど。


私は今、とても幸せよ。



*** Happy Wedding! ***
ラルウェル・メアルート
トゥルーム・メアルート

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