Città che ami

「ただいま、ジュゼッペ。何を作っているの?」
からん、というベルの音と、聞こえてきた高い声。作業机へ向けていた目を玄関へと送ると、ひらりと青い布が舞った。
ことことと軽やかな足音が、あっという間に近づいてくる。
机の隅にちょこんと揃えられた小さな指。その後ろから、緑と桃の瞳が覗いては消える。
「ああ、お帰り、フェリージア!……こっちにおいでよ。見せてあげる」
背伸びをしたり、ジャンプをしたりして机の上を覗き込もうとしているフェリージアに、ジュゼッペは穏やかに声をかけた。
「お人形を作っているの?」
「うーん、半分当たりかな」
椅子に腰を掛けたまま体の向きを変え、2、3歩で駆け寄ってきたフェリージアを、腕を伸ばして抱き上げる。そのままくるりと向きを変えて愛娘を膝に乗せ、もう一度作業机へと向き直った。
暖かな陽光が、左の張り出し窓から差し込んでくる。窓辺の人形たちも広場を眺めながら、楽しげに微笑んでいる。街ゆく人々が、ちらりと眺めやり、あるいは足を止めて見入っているのが、視界の隅に映る。
「これ、……この街だわ!だってほら、これは広場の大樹でしょう?その横に立っているのは、キューレね」
楽しげな声が、抱きかかえた腕の中から聞こえてくる。
机に広がっていたのは、大きな一枚の板。その上には、掌に乗りそうな小さな家や指ほどの大きさの人形がいくつも載っている。
その中央にそびえるのは、広場の大樹を模した一本の枝。
「そうすると……ここが僕たちのおうちだわ!」
広場の脇に置かれた小さな家。それを指さすフェリージアを、ジュゼッペは悪戯っぽさの混じった穏やかな笑顔で眺めやる。
「これは僕?」
「うん、そうさ!」
「じゃあ、これがジュゼッペね!こっちはクレー!」
「そうだよ!えへへ、クレーの人形は、羽を付けるのを彼女に手伝ってもらったんだけれどね」
顔が指先ほどしかない小さな人形は、精巧さよりも、それぞれの特徴が優先されている。フェリージアの小さな人形は、淡い紫の髪と緑と桃の瞳。ジュゼッペの人形は、赤く細い紐で結ばれた黒髪。全身が指先サイズのクレーは、針金で宙を浮いているように仕上げられていた。酒場の模型が置かれるであろう位置には、桃色の髪と灰色の髪の人形が並んで立っている。
「ここがアルルコットのお店でしょう、あら、トゥーヴェリテのお店はやっぱり真っ白ね。それから喫茶リーフと、くろのす……。とっても広いのね、これが街の全部なの?」
「ううん、違うよ!本当の街は、もっともっと広いのさ!」
まだ作られたのは、ほんの一部。
「市場もあるし、ベッラ二人が経営する可愛い雑貨屋さんもあるよ。少し歩けばお城もあるし、森の奥には果樹園もあるんだ」
そう言いながら、街の様々なところを指さす。
「この間街に帰ってきたヴィンフリートの家はここ。それから、教会があって、泉があって……」
「そして、お母様ね」
街の中央から深い森を経て、すっくとそびえる一本の枝。その下には板を削って、土を入れてある。あの時の枝の先端部分を、挿し木したのだ。広場の大樹にも、同じ枝を。
うまく育つかどうかはわからない。
けれど、奇跡が一度きりとは限らない。
腕の中の「奇跡」を抱きしめて、ジュゼッペは笑みを零した。
「……もっともっといろいろな世界を君に見せてあげたくって、何日か前からこれを作ってみたんだけれどね。まだまだ時間がかかりそうだね」
「そうなの、パーパ?」
じぃと見上げてくる視線を感じた。瞳の奥に、きらきらと星が移りこんでいる。その瞳が細舞ったかと思うと、くあ、と小さなあくびが聞こえた。
「……何だかぽかぽかして、眠いわ」
「じゃあ、昼寝でもするかい?」
「ひるね?」
「うん!お昼ご飯の後、少しだけ寝ることさ」
「じゃあ、まずはお昼ご飯を食べないといけないのね」
「あ、そっか……そうだね、今日は何を食べようか!」
フェリージアを抱きしめたまま、ジュゼッペはかたりと立ち上がる。
さあ、今日はどこに行こうか。何を見ようか、何に触れようか。
この子と一緒なら、何でもできる。
腕に座らせるようにフェリージアを抱え直しながら、ジュゼッペは玄関の扉を開けた。

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