開かれた窓からは、柔らかく温かみを帯びた夜明けの風が入り込んできていた。 暖炉には火が熾り、鍋がくつくつと軽快な音を立てている。 台所に立つ背の高い女性は、慣れない包丁を握り、野菜を刻んでいた。 大きさが揃わない蕪や人参が、まな板の上でころりと転がる。 「……難しいわ」 ぽつり、と独り言が零れる。 「…………アンゼは、どうして均等に野菜が切れるのかしら」 魔法に任せっきりだった身の回りの事を、ほんの少しだけ、自分の力でやってみようかと思い始めたのはついこの間。 愛しい人と、彼の愛娘が脳裏をよぎる。 手元に大きな肉の塊を引き寄せながら、トゥルームはほんの僅か、表情を緩めた。 彼らが好むよう大きめに肉を切り、鍋に入れようとしたところでふと気づく。 「……先に炒めるんだったわね、確か……」 大鍋の中のお湯は、既にぐらぐらと沸き立っている。しばし思考を巡らせ、台所に掛かったフライパンを手に取りながら、やっぱり難しいわね、と小さくため息をこぼした。 暁天の下、朝霧が漂う森の中を、草木を踏みしめて歩く音。 木の根元では福寿草が、芽吹いたばかりの黄色い花をのぞかせている。 パンが入った紙袋を抱え、野菜の袋と木蓋の隙間から湯気の立つスープを脇に従え―――そう、宙に浮かべている―――、足を向けるのは泉の傍に立つ家。 視点を森の奥、そして木々の上へと向けると、空へと手を伸ばすように聳え立つ何本もの大樹。一本はかの奇跡が起きた木、二本は教会を守るように生える木々。 やや古ぼけた教会の塔も、木々と競うように高く、空へ空へと伸びている。天と地をつなぐためにかけられた橋。 しばし足を止めてそれらを眺めながら、トゥルームは息を一つ吐き出した。 空へ、高みへと目指すその姿は、有機物も無機物も関係なく。空に近づきたいと考えるのは自然の摂理なのかもしれない、と考えたところで、柄にもなく感傷に浸りすぎたと意識を引き戻す。 真っ直ぐに行先を定め、泉へと足を進める。やがて小さく見えてきた二軒の家。未だ灯りはない。 起こしても良いものかとわずかに逡巡した後、一度トゥルームは振り返った。遠くに視線を一度送ると、その紫色を確認し、扉へと再び顔を向ける。 「おはよう、ラルウェル、アマーリア。朝が来たわ。……開けてもらえるかしら?」 山の稜線から、一筋の光とともに、太陽が顔を出した。 [目次] [小説TOP] |