『La vita』 terzo movimento - Augurio

→Da "Fortuna"




家の裏手に枝を運び入れ、ヴィンフリートとラルウェルに丁重に礼を述べてから、ジュゼッペは作業机に向かった。
鉛筆とスケッチ用の紙を前に、あれやこれやと考えを巡らせる。
人形の性別は。大きさは。配色は。
服のデザインは、瞳の色は、髪は、靴は。
筆を躍らせ、イメージを紙へと描き上げていく。
「ええと……この色は、……ううん……」
ふと机の上が見づらいと感じ顔を上げた時には、既に空が暗くなっていた。窓辺に近づき広場を眺めやると、一番星が厳冬の空に煌めいている。
「…………」
静かに張り出し窓を開き、半身を乗り出す。日が落ちたばかりの空には、冴えた青が広がっていた。
「……流れ星、かぁ」
ふと、森に向かうまでのやり取りを思い出す。流れ星が落ちてきた、という不思議な話。
灯りがともり始める街並みと背の高い広場の大樹、空に輝きだす星々を眺めながら、ジュゼッペはいつまでも外を眺めていた。


あたたかな陽光の射し込む静かな室内に、かつん、かちり、と小さな音が響く。
小さな関節をはめ込み終え、その部分を指で一撫ですると、ジュゼッペは詰めていた息を吐き出した。
「……うん」
ぐしぐしと目を擦り、微笑みを向ける。長いこと椅子に座っていたからか、体の節々が音を上げた。
全て枝から削り出し、組み上げられた胴体と手足。その動きを一つ一つ、じっくりと丁寧に確認する。
「…………これで、良いかな」
組み終わった人形の体を優しく壁に立てかける。作業机に肘をつき、空いた片手でこつこつと音を鳴らしながら、ジュゼッペはぼんやりと人形を眺めた。その横には散らばった設計図とメモの束、そして山のように積まれた本。そのほとんどが、レオリオズワルドの図書館から資料として借りてきたものだ。一番上には、シイスーンから貰った樹種に関する論文が載せられている。
「……次は」
両の掌ほどに、大きく切り出された木塊を手に取る。出来るだけ木目が目立たない部分から切り出した、一番重要な部分。顔の彫り出しに取り掛かる前に、少し休憩したい。
一度髪をかき上げて大きく伸びをすると、ジュゼッペは張り出し窓の外に視線を送った。街はにわかに華やぎ、薄く開けた窓からは甘い香りが入り込んでくる。楽しげに会話を交わしながら広場を横切る女性たちの腕には、大きな紙袋。
「……そっか、もうそんな時期かぁ」
春の訪れを知らせるように、街に広がる和やかな空気。何はなくとも気分は浮足立ち、屋外へ出たくなる。
「……久しぶりに、遊びに行こうかな?」
丁度、色々なものを依頼しに行かないと、と思っていたところだ。
乱雑に散らばる走り書きをかき集めると、がたん、と音を立てて、ジュゼッペは立ち上がった。

数日籠っていたからか、陽光が目に眩しい。
まず足を向けたのは、街の一角にある仕立て屋。
「新しい人形の服を?」
「うん。今回もお願いしたいんだ」
人形の大きさを伝えると、アルルコットのぱっちりとした紅の瞳が楽しそうに輝いた。
「あら、それならお手の物よ。良く作るのよ、そのサイズ」
「そうなのかい?」
言いながら、ジュゼッペの脳裏に一人の少女が浮かんだ。時折街中や酒場で見かける、青い髪の小さな淑女。確かに、同じくらいの大きさかもしれない。ウィンターパーティーで抱き上げた時の大きさと重みを思い出しながら、ジュゼッペは頷いた。
「それで、デザインのご希望は?」
「そうだな……星をモチーフにしたいんだ。色は、ええと、白と青を基調にして、黄色をところどころに入れたいんだけれど……」
鉛筆書きのラフを見せながら、色を伝えようとしたところで行き詰まる。普段は出来上がった人形を見せ、布を前にしながら色を決めている為、頭の中の色のイメージをうまく言葉にできない。数少ない語彙を、必死で漁りだす。
「夜明けの空みたいな、深くて、でも鮮やかな青で……、黄色はね、そうだな、向日葵の花弁の色かな。うーん……」
頭に熱が回りそうになったところで、考え込んでいたアルルコットがどんと胸を叩いた。
「良いわ、このアルルさまに任せなさい!ぴったりな色の布を探し出してあげる」
「本当かい?ありがとう!」
彼女の色彩センスに任せれば、間違いはないだろう。
「じゃあ、お願いするね!数日後にまた来るよ!」
「はーい、任せなさい!」

仕立て屋を後にし、次に向かうのは靴屋。
「こんにちは、テオドール!人形の靴をお願いしたいんだけれど」
「ああ、いらっしゃいませ。……人形の靴、ですか」
「うん!晴れの日の空みたいな、青色の靴が良いかな」
デザインを伝え、拙い言葉ながらも蒼天の靴を注文する。
「……大体わかりました。承ります」
「わあ、 嬉しいな!ありがとう、よろしく頼むよ!……ああ、それと、オーギュストにもよろしく!彼、最近夜勤が多いのかい?あまり見かけないけれど」
「さあ、僕も詳しくはわかりません。兄さんの体が心配ですね」
「そうなんだ……見かけたら、僕からも声をかけてみるよ!」
そういえば、最近夜遅くまで作業をしているせいで、窓辺の人形を仕舞い忘れることが多い。また彼を驚かせないようにしなくちゃ、とジュゼッペは苦笑した。
「じゃあ、そろそろ行くね!靴、よろしく!」
ドアから一歩踏み出すと、わずかに暖かさを含んだ風が頬を撫でていった。吹き抜けていった風は、家並みに沿って走っていく。
「よーし、このままトゥーヴェリテのところにも行こうかな!」
風を追うように進めば、彼の真っ白な店へとたどり着けるはずだ。足先をそちらへ向けると、ジュゼッペは石畳の道を歩き始めた。
彼が薄紅の硝子がちりばめられた部屋に足を踏み入れるのは、このすぐ後。



少しずつ。
「ジュゼッペ、お前、最近付き合い悪ぃよなー。飲め飲め!」
「まあ良いじゃないですか、打ち込めるものがあるのでしょう。それより聞いてください、ドロテーアとライナルトが可愛いんです」
「またその話かよ!?今日何度目だよ!」
「あはは……」

少しずつ。
「ジュゼッペさん、マスターからのおすそわけです!ウチも少しだけ作ったんですよ」
「わお、こんなにかい!?ありがとう、助かるよ!」
「じゃあ、ウチ、キューレさんにも届けてくるので!お人形、出来上がったら見せてくださいね!」
「うん、完成したらリーフに連れて行くよ!」

時は流れていく。

雪は融け、草花は芽吹き始める。木彫りの薔薇の隣には、木彫りの星が二つ置かれた。
ジュゼッペは作業机に向き直ったまま、真っ直ぐその視線を手の中へと送っていた。幼子を見つめる父親のような穏やかな顔と、時折混じる職人の表情。
彫刻刀が、目鼻立ちを削り出していく。普段なら耳や鼻は後から顔の輪郭に組み込むのだが、この人形では木の塊から顔を彫り出すことを選んだ。
ここに彫刻刀を当てて、このくらいの力をかけて。そうすれば、一番良い表情を削り出せる。それらが頭の中に湧き上がってくるような、腕を通して木から伝わってくるような、不思議な感覚が彼の中で起こっていた。
掌の中でぼんやりと、少しずつ、形が見えてくる。その感覚が、どうにも愛おしかった。今までに作ったどの人形達も、自分の「子」と呼び、慈しみ、そして送り出していった。だが、この子はどうしてだろうか、ほかの人形たちに増して愛おしい。
木屑を払い、ふぅと一つ息を吐いたところで、ふと入り口に人影を感じ取った。
「あれ?いらっしゃいませ……チャオ、アルディ!」
「ペピーノ……お前、何回呼んだと思ってるんだよ。ほら、クラインから預かりものだ」
「えへへ、ごめんごめん。もう届いたのかい、ありがとう!」
勢いよく立ち上がると、クリーム色のエプロンから木屑がぱらぱらと落ちた。トゥーヴェリテから貰った硝子のペンで、受け取りのサインをする。なめらかな書き心地と、かりかりと言う音が心地よい。
「中身は何だ?愛しい人へのプレゼントか?それにしちゃ、ちょっと遅いがな」
にやりと笑いながら、アルディオが小さな荷物を差し出してくる。それを受け取りながら、ジュゼッペは返答を探した。
「うーん……そうだね、大切な子への贈り物かな!」
「お?何だなんだ、早く言えよ。どこの子だ?」
「すぐそこにいる、あの子だよ」
作業机を指さすと、一瞬の静寂の後、身を乗り出していたアルディオが、がくりと肩を落とした。はぁ、とため息まで聞こえる。
「……で?中身は何なんだ」
「これかい?あの子のための髪の毛さ!ロナンシェに糸を作ってもらって、クラインに染めてもらったんだ」
先日、息抜きに喫茶リーフへ赴いたとき。ロナンシェが編み物をしているのが目に入った。聞けば、自分で糸も作り出しているという。絹のような糸を探していたジュゼッペは、彼に頼み込んで、細く柔らかな糸を作り出してもらったのだ。
その純白の糸を持って向かったのは、クラインの雑貨屋。染色液を探しに行ったのだが、立ち話をしているときに、「良かったら染めましょうか」と声をかけてもらった。
それが今、手元に届いた。服も靴も、つい先日ファインが工房まで運んできてくれた。
沢山の人の手が、その手から生み出されたものが、そして思いが、一つの人形に集まってくる。それを考えると、胸が大きく高鳴ってくるのがわかった。
「じゃあ俺、帰るわ。まあ頑張れ」
「うん!ありがとう!また今度お茶でもしようよ!」
「おう、楽しみにしてる」
からん、とベルを鳴らして出ていくアルディオを見送ると、ジュゼッペは腕の中の荷物に視線を送った。作業台まで早足で戻り、包みを開ける。
「……わお!」
綺麗に包装された荷物から出てきたのは、つやつやと輝く絹のような糸の束。ライラックの花のような、かすかに青みがかった優しい紫色が、光を柔らかく受け止める。
「すごいな、朝焼けの空の紫、なんて難しい注文をしちゃったのに。美しいや……」
添えてあったメッセージカードには、『アメジスト色の染料を使いました』と、クラインの丁寧な字で書かれている。
ムラもなく染めるのには、相当な労力がかかっただろう。心の中で感謝を述べながら、ジュゼッペはもう一度人形を見やった。
あと、ほんの少し。組み立てて、服を身に纏わせて、瞳を入れて、頬と唇に紅を入れて。
アクセサリーもつけてあげようか。リゼルグやリディリシェンツィアの顔が頭をよぎった。
「……よし」
一言つぶやいて気合を入れ直すと、ジュゼッペは再度、机に向き直った。




「チャオ、トゥーヴェリテ!お願いがあるんだ」
真っ白な店内に入ると、探していた人物はすぐに見つかった。奥でうっとりと鏡を見つめていた男性が、こちらを振り返る。
「やあ、ジュゼッペ君。……おや、新しい子だね」
ジュゼッペが抱きかかえていた人形を見つけ、トゥーヴェリテが柔らかく微笑んだ。以前までとはどことなく異なるその笑顔に、何か心境の変化があったのだろうか、と考える。
「うん、この子の瞳をお願いしたいんだけれど」
一度そこで言葉を区切ってから、人形を抱え直す。ふんわりとしたドレスと、星のモチーフが揺れ動いた。
「瞳の中に、星を閉じ込めることはできるかい?」
すらりと背の高い友人を見上げながら、ジュゼッペは問う。相手はと言うと、純粋な瞳にきょとんとした表情を浮かべながら、真っ直ぐに見つめ返してくる。
話題の切り出し方が単刀直入すぎたか、とジュゼッペが慌てかけたところで、トゥーヴェリテの頬がふわりと緩んだ。
「……ふふふ、面白い注文だね、ジュゼッペ君」
くるりと踵を返し、水皿の置かれた机へと歩み寄る白い背を、ジュゼッペも追いかける。
「そうだね、前に見せた二重硝子の要領で作ってみるよ。色の指定は?」
「ええと……片方は、常緑樹の葉っぱのような緑。片方は、優しくて暖かいピンクで、こっちの中に星を入れてほしいな」
頭の中に、森の奥の大樹が蘇る。冬でもなお鮮やかな常盤の色は、見る人すべてを魅了する。
「ふふ、ますます面白いね。珍しいな、いつも同じ色を二つ注文するのに」
「うーん、そうだね……何でだろう」
「まあ良いんじゃないかな。素敵だと思うよ。少し待っていて」
小さな呪文を聴きながら水皿に目を落としていると、次第に硝子の球が姿を現してくる。それを目にした、ジュゼッペの茶の瞳が大きく輝いた。
「どうかな?」
「……すごいや、ぴったりの色だ!」
鮮やかな緑と、星を抱いた柔らかな桃。トゥーヴェリテの細い指先が、小さな箱に二つの球を移し入れる。
「ありがとう、トゥーヴェリテ!今度お礼に来るよ!」
「それは嬉しいね。完成を楽しみにしているよ」
はやる気持ちをできる限り抑えながら、白い店を後にする。日は既に西の稜線へと沈みかけ、辺りには夜のとばりが下りてきている。
抑えようと思っても、自然と足は歩みを早め、やがて走り出す。
腕に抱きかかえた人形の髪が、足の運びに合わせてさらさらと揺れ動く。
工房まであと少しと言うところで、入り口に置かれたプランターがふと目に入った。フリージアの花が、今にも芽吹こうとしている。
勢いのまま部屋に飛び込み、作業机へと駆け寄った。
「……どうしたのよ、そんなに慌てて」
棚の上の自室から、クレーがひょっこりと顔を出す。机の上に置かれた人形と小さな箱を見て、理解したような表情でふわりと顔の横へと飛び移った。
ようやっと椅子に腰を下ろして息を整え、気持ちを落ち着かせてから、ジュゼッペは静かに箱のふたを開けた。
小さな硝子の球を、そっと人形にはめていく。ぴったりと嵌ったそれは、淡い灯を受けてまるでたくさんの星を浮かべたように輝く。
言葉を紡げないままに、ジュゼッペは目の前の人形をまじまじと眺めた。耳元で小さな息遣いが聞こえる。
同じ枝で作った星の髪留めと、胸元にひらりと揺れる淡い黄色のリボン。
頬にはほんのりと紅が載っている。
「……ああ、忘れるところだった!」
顔をじぃと眺め、ジュゼッペはふいに大きな声を上げた。
「もう、さっきから!ちょっとは落ち着きなさい!」
クレーの怒ったような声を片耳で聞きながら、慌てて机の隅から絵具と筆を取り出し、淡い赤を作り出す。
「ごめんね、最後に塗ろうと思って、あやうく忘れるところだったよ」
ゆるり、と唇に、紅を引いていく。
筆を下ろすともう一度体を引いて、人形の全身を見渡す。
髪の毛も、瞳も、服も、靴も。頬も、唇も。
見落としはない。
小さな両の腕を、体の前でそっと重ね合わせた。
「……でき、た……」
小さく、ぽつりと呟く。
次第に笑みが、頬へ上ってくる。
あの日と同じように、腕を伸ばす。そのままさらりと撫でた髪は、柔らかくしなやかだ。
「うん。腕も、足も、ちゃんと動く」
両腕を伸ばして抱き上げると、腕と足が揺れ動いた。
花と星をかたどったデザインの服。凪いだ海のような穏やかな青の靴。星を抱いた瞳。
「……うん、凄く可愛いよ。皆のおかげだね。そうだ、名前も決めないと。―――」
いくつも言葉を紡ぎながら、ジュゼッペは腕の中の「子」を抱きしめる。
ああ、何を伝えれば良いだろう。
「――やっと会えたね、僕の可愛いbambola」
親愛と祝福、万感の思いを込めて、ジュゼッペはその額に、唇を落とした。



窓の外で、流れ星がひとつ。

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