パーティー数日後の、ジュゼッペの日常。 いつもより少しだけゆっくり、歩きましょう。 TL会話で、お人形を貰っていただいた方の流れをお借りしました。 ヴィーニュさん キューレさん ロナンシェさん・リゾさん また、猫夢様のおはなし『子ブタと道化の追複曲(フーガ)』の流れも、少しだけお借りしています。 Cast: そば猫様(@soba_mif)宅 ヴィーニュさん お名前のみ るる様(@lelexmif)宅 キューレさん いりこ様(@ssm_netab)宅 ロナンシェさん リゾさん ふんわりと 猫夢様(@nekomif_s)宅 クレーさん ジュゼッペ 冷たい雨が、柔らかく窓を叩く。 「うー……」 自室のベッドの上で、ジュゼッペはごろん、と寝返りを打った。 壁にかかった小さなからくり時計は、太陽が昇って大分経つことを示している。だが、ベッドが接する壁の向かい、カーテンのかかった小さめの窓からは、今朝は朝日が差し込んでこない。 鳥のさえずりも広場のざわめきも聞こえない。静寂の中に、ただ雨音だけが響く。 「……うーん」 うつ伏せのままくしゃくしゃと髪をかき乱しながら、頭を押さえた。雨の日は、どうしても本調子が出ない。 しばらくぼんやりと窓や壁の時計を眺めた後、もう一度寝返りを打つ。天井を見上げながら、そっと腕を目の上に乗せた。 体が重く、食欲もあまりない。雨の日恒例の不調だが、今日はいつにも増して状況が悪い。 風邪がぶり返したわけではないだろうが、まだ完全に快復したとは言えない。そこに来て、あの夢のような三日間だ。つい病み上がりということも忘れ、三晩続けて華やかな遊びに熱中してしまったが、気づかぬうちにダメージが溜まっていたのだろうか。 「……無茶が利かなくなってきたなぁ」 瞼を押さえていた腕をおろし、前髪を掻き上げながら、苦笑交じりに呟いた。数年前なら、パーティー翌日の朝帰って来ても、半日休めば回復していたのだが。 「……人形、どうしよう」 作成依頼はいくつも来ている。パーティー前に納期があった人形は、風邪から快復した後大急ぎで仕上げたが、ここ数日は次の人形のイメージが全く浮かばなかった。 ―――服の色はどうしよう。瞳の色と合わせる?それとも……? ―――大きさは何センチにしようとしていたんだっけ…… 思考の鈍った頭には、考えを留め置くことができない。ぽつりぽつりと浮かぶ小さなアイデアも、その他の雑多な考えや眠気に押し流されていく。 スランプにも陥っているのだろうか。もう一度前髪を、今度は若干のいら立ちを込めてくしゃりと乱すと、小さく息を吐き出した。 頭がこんがらがりそうだ。 「……もう少し、だけ」 誰にともなく呟き、茶色の瞳をゆっくりと閉じる。 雨の音を子守歌代わりに、再びとろとろと眠りに落ちていった。 次に目を覚ました時は、どうやら昼前のようだった。 僅かな雑踏の音に、ゆっくりと瞳を開く。雨音は聞こえず、軒からの雨だれの音が、ぴちょんと響いた。 ベッドから体を起こし、クローゼットへと歩み寄る。服を着る間、重い頭を何とか支えていたが、朝ほどの重みはない。 服装を整えてカーテンを引き開けると、雪の反射が目に飛び込んできた。雨でも雪は解けなかったのか、きらきらとダイヤモンドをちりばめたかのように光っている。 サイドテーブルに置いていた赤いリボンを手に取り、髪を結いながらキッチンを抜ける。工房に一歩足を踏み込むと、広場に向かって大きく開かれた張り出し窓が左手に広がった。カーテンは既に開けられているが、同居人の姿は見当たらない。どこかへ出かけたのだろうか。 「……わお」 広場の大樹が、太陽の光を浴びてきらきらと光っていた。さながら、クリスタルのビーズを紐に通し、葉の一枚一枚、張り出した一枝一枝、全てにかけたかのように。 透明な雫を時折地面へ落としながら、やや白みがかった青空へ、ぐんと高い背を伸ばしていた。 その背には、空に弧を描く七色の橋。 「……虹だ!」 大きく空に架かった虹は、森の奥へその足を下ろしている。そのふもとには、何があるのだろうか。 「…………、散歩にでも行こうかな」 会いたい顔がいくつも浮かぶ。友人知人の顔に加え、送り出した大切な「子供たち」の顔。 「……うん、みんなに会いに行こう!」 ジュゼッペの顔に笑顔が浮かんだ瞬間、ぐう、と腹の虫も鳴いた。慌てて窓の外や室内に、誰もいないことを確かめると、照れた笑いを浮かべる。 一度自室へ戻り、鏡の前で丁寧に髪を結びなおす。外出用のジャケットを羽織り、マフラーを巻きながら家の扉へと手をかける。「外出中」と札を架け替え、ドアを開けると、梅の香りがどこからか届いた。 まずは広場へ。キューレが先日の疲れも見せず、いつものように芸を披露していた。その左手には、使い込まれた人形が収まっている。 多くの子供たちや道行く大人たちが、しばし足を止めて見入っている。 目が合ったので、右手を挙げて挨拶をする。キューレが抱える人形が、両手を振り返してきた。観客の目を逸らさないようにとほんの一瞬だったが、ジュゼッペには十分伝わった。 キューレとは大樹を挟んだ反対側に、見慣れた荷台が目に入った。ぐるりと大回りをしてそちらを見に行くと、予想通り、山羊の青年がかってってー、と声をかけている。色とりどりの花が満載された荷台には、ちょこんと腰かける山羊の人形。 早咲きなのか、これから来る花や手紙の取り交わしの季節を彩る赤い薔薇が、荷台に数束置かれている。そこにも雨露がきらりと輝き、一瞬の間の後零れ落ちた。 「チャオ、ヴィーニュ!」 声をかけると、くりくりとした瞳が見上げてきた。 「あ、こんにちはー。お花?」 「ううん、人形の様子を見に来たんだ。元気にしているかい?」 「うん、元気」 ヴィーニュがひょいと胴を抱えて抱き上げると、足がゆらゆらと動いた。 「この子すごいね、この間どこまで腕と足が動くか、挑戦してみたんだ」 「え!?」 「でも壊れなかったしすっごく動いた、すごいねー」 可動域の話に、一瞬ぎくりと人形へ視線を送る。腕も足も、特に大きな影響は無いように見える。 「そ、そうかい?なら良かった……」 「えへへー、壊れる心配しなくて良いから、いつも一緒だよ」 ヴィーニュがぎゅっと人形を抱きしめ、頬ずりをする。その様子を眺め、ジュゼッペは頬をほころばせた。 もし何かあったらメンテナンスに持ってくること、数日したら花の注文をしにまた来ることを伝え、手を振って別れる。くるりと体の向きを変え、向かうはロナンシェの喫茶店。 店に来た人から、風邪を引いたと聞いたが、もう店は再開しているのだろうか。もししていなくても、ロナンシェとリゾは人形を窓辺に置いてくれている。その子の様子だけでも見て帰ろう、今日はどんな服を着ているだろうか、と考えを巡らせながら、雨上りの広場をゆっくりと歩き出した。z Homage to "Pollyanna" [目次] [小説TOP] |