その受難は 後篇

シャトーの受難、後半戦。  そして、夢。



今回は多少、自キャラやお借りした皆様の外見に触れる記述もございます。





Cast:
龍季様宅 ネージュさん
猫夢様宅 モエちゃん
あけち様宅 ルアさん
 同     パドロさん
斗魅様宅 フォルキスさん
みそ様宅 フックさん
お名前のみ
鋏様(PIF引退)宅 シンディーさん
るる様宅 ティアラさん
銀空様宅 シスさん

シャトー







照りつける太陽も、森の中までは届かない。
適当な木陰に腰を下ろし、背負っていた麻袋やマンドリンを地面に置く。
木漏れ日がちらつき、影の上で躍り回っている。
「木陰の妖精、か」
ふと自分の口から漏れた言葉に、はっとして辺りを見渡した。人影はない。まあ、聴かれていたとしても、詩の一節だと言えば誤魔化せるのかもしれないが。
少し離れたところに、ぬいぐるみを抱えて横たわる青年の姿が見えた。彼の髪の毛や、横に置いてあるハープの周りには、小さな星がきらきらと舞っている。どうやらうたた寝ではなく熟睡しているようで、とても気持ちよさそうな笑顔を浮かべている。
街の人たちは、よくこの森に昼寝をしに来るのだろうか。それとも、元から森に暮らす方々なのか。
何かにつけてすぐに回転し出す頭を休めようと、木に寄り掛かる。
鳥のさえずりや虫の羽音、木々がそよぐ音。
心地よい風が、服を揺らしていく。
ふう、と小さく息をつく。先ほどまでの喧騒が、体の中から溶け出していくようだ。
そよそよと吹く風に導かれ、いつしか瞳を閉じていた。



* * * * * * * * * * * * * * * * *



―――ありがとうな
   お前のおかげで、僕は

   これからは、お前は
   そうだ、名前を

   何か望みは―――


―――いいえ いいえ ごしゅじんさま
   わたしのことなどおきになさらず
   あなたさまがよろこんでくださるだけで わたしはうれしいのです

   わたしはなにものぞみません
   いままでも これからも
   そのようなだいそれたなまえ わたしになどもったいない
   よろしいですから よろしいですから
   けれどもし もしも わがままがゆるされるのならば
   どうか   ―――




シャキ、シャキ、チョキン



* * * * * * * * * * * * * * * * *



何か、夢を見ていた、気がする。
草を踏みしめる小さな足音が聞こえ、薄く目を開けた。
耳を澄ませるが、足音は止んでいる。他には、特に変わった音もない。動物か、あるいは気のせいか。そう思い再び眠りの世界に戻ろうとした、その刹那。
ぎゅむ。
尻尾をつかまれる感触に、跳ね起きた。あまりに突然だったため、感情を整える暇もない。尻尾がぶわっと膨らんだ。
「な……」
「もふもふ……うふふ……」
弾かれたように自分の右側を見ると、透き通った氷のように美しい女性。髪も肌も、雪のように真っ白だ。
その女性が、尻尾を抱え込むようにして寝転がっている。豊かな胸の谷間が目に入り、シャトーは思わず目をそらした。―――なぜだろう、デジャヴが。
「もふもふ……ああ、暑い……でも、猫さん……もふ、も……ふ……」
「……あの、お嬢さん?」
すぐに冷静さを取り戻し、声をかけるも、返事はない。どうやら瞬時に眠りに落ちたようだ。小さく整った寝息が聞こえる。
軽く尻尾を動かそうとしたが、しっかりと抱きかかえられているようで、身動きが取れない。
「……ふむ」
この街のお嬢さん方は、どうしてこう、……積極的、なのだろうか。
今まで出会ってきた街の女性が数人、頭をよぎる。
強く動かせば引き抜けるかもしれないが、起こしてしまうのも忍びない。
すやすやと眠る女性を横に、ひとつため息をつき、おとなしく目を閉じた。
―――何か夢を見ていたような。……気のせいか。


「あ、いた!シャトー!」
広場に戻った時には、すでに太陽が沈みかけていた。
昼寝をしていたはずなのに、何だか疲れた。ふう、と再び小さくため息をつくシャトーの下に、駆け寄ってくる足音。
「どうしたんだい、モエ。手紙でも……」
「シャトー、今日水浴びしていたってホント?」
目を輝かせて聞いてくるモエ。瞬時に、昼間の少女が思い浮かぶ。
「……さて、何の事だか」
「あれ?ティアラに聞いたのです!尻尾を……」
「ああわかった、認めるから、言わないでくれ」
両手を胸の前で広げ、相手の言動を制する。モエはきょとんとした顔をしていたが、すぐに理解したのか、いつものきらめく笑顔を浮かべた。
ふと先日見た彼女の涙が頭をよぎり、きゅ、と唇を引き締めた。それもつかの間、いつもの表情に戻る。
「涼しいの?楽しかった?」
「……そうでもなかったな」
「そっかぁ……あのね、モエも足だけやって」
「やめておいた方が良い」
広場の中心、噴水に向かって歩きながら、他愛もない会話を交わす。
モエと最初に出会ったのも、ここだった。

この街に来て何日目かの夕方。初めて手紙を受け取った。
表に裏にと封筒をひっくり返しながら、小さな視線を感じていた。ふと目を上げると、手紙を届けてくれた少女がじっと見つめている。
中身が気になるのだろうか?とも思ったが、すぐに気付いた。
すっと尻尾を持ち上げる。視線が上に持ち上がった。
左へ、右へ。動かすたびに、少女の目がきらきらと輝きながら追いかけてくる。
「ねえ、触ってもいいですかっ?」

「そういえば、今日はどこに行っていたの?いなかったからびっくりしたんだよ!」
噴水に腰掛け、小さなヤギの足をぱたぱたさせながら、モエが不思議そうに尋ねてくる。
「ふむ、すまない。少しばかり散歩にね」
「そうだったんだ」
モエの手には、シャトーの尻尾が握られていた。ぬいぐるみを可愛がるような触り方。他の人も、これくらいの扱いをしてくれるならいいのだが。心の中で嘆息する。
「よーし!次の配達に行くのです!」
「……そういえば、何か用事があったのではないのか」
「ううん、シャトーの尻尾を触りたかっただけ!じゃあ、行ってくるのです!また明日ね!」
笑顔で走り去るモエを見送った後、シャトーはかくりと頭を垂れてため息をついた。尻尾も力なく垂れ下がる。再び噴水に沈めないよう拾い上げながら、思案を巡らせる。
今日は何か。
柔らかいものを触るのが、流行しているとでもいうのだろうか。
「……ふむ」
この後の流れも想像がつく。だがもう、なんとなれ、だ。
さらさらと流れる噴水の音に乗せて、すべて流してしまおう。
荷物を担ぎ直し、酒場へと足を向けた。


一度荷物を置きに宿に帰った後、隣接する階段を通って真下の酒場へと降りてくる。
いつものカウンターに座ろうとしたとき、あれ、という声が背後から聞こえた。聞き覚えのある声に振り向くと、二人の男性が4人掛けのテーブル席を陣取っているのが見えた。
一人は先日図書館で会った、呪いで南京錠に変えられてしまったという男性。もう一人は先日の臨時舞踏会で見かけた、狐耳の男性。その時も二人一緒にいた様子からして、仲が良いのだろう。
「シャトーさん、こんばんは。先日はどうも」
声をかけられ、すっとテーブルに近寄る。
「こんばんは、パドロさん。こちらでお目にかかるとは、奇遇ですね。それから」
「フォルキスだ、よろしく」
「はじめまして。シャトロバドゥール・ド・レボット、シャトーとお呼びください。先日の広場での舞踏会の折、お見かけしたような」
「……ああ、シンディーやティアラと一緒にいたときか」
初めて聞く名前に、頭を巡らせる。おそらく、ティアラの横にいた女性のことだろう。
「私たちも今始めたばかりですので。是非かけてください」
そう声をかけられ、ちらりとカウンターを見やる。彼女の姿はまだない。そもそも毎日会うと約束をしたわけでも―――まあ、日課になっているのは否めない。
「ふむ、それではお呼ばれして」
来るまでは、良いだろう。促されるままに二人の間の空いている席にかけ、店員にいつものウィスキーとナッツを注文する。机の上には、栓の抜かれたワインが置かれていた。
「それで、何か手がかりはあったのか」
「いえ、それが……」
向かい合い、おそらく呪いに関する何事かを話し合っている二人を見ながら、考えは今日あった出来事へと向かっていく。耳に、尻尾に、肉球に。
ふと、フォルキスへと視線を送る。彼には尻尾がない。猫と狐で種族が違うとはいえ、この外見の違いはどこから来るのだろうか。今日会ったシスという青年や、モエについても同じことが言えそうだ。
あまりちらちらと眺めやるのは失礼だろう。自分に集まる視線を受け流しているときの、小さなさざ波のような感情を思い出し、視線を机に落とす。
似たような姿のこの男性ならば、何か似たような経験があるかもしれない。あるいは何か、知っているかもしれない。
「……フォルキスさん」
話題が終わるのを待って、声をかける。
「ああ、どうした」
「些末な質問なのですが、……この街で、肉球を持つ方、というのを、お見かけしたことがありますか」
言葉を選んだつもりだったが、結局は直球での質問になってしまった。
「いや、ない」
一瞬の間の後の、即答。
「……そうでしたか」
「あ、……何か気を悪くしたのならすまない」
「いえ、お構いなく」
焦ったような表情を浮かべるフォルキスに、いつも通りの笑みで返す。
「何か知りたいことでもあるのか。お望みならば調べるが」
黒縁眼鏡の奥の、黒い瞳に、きらりと光が宿った。
「いえ、そこまでしていただかなくても結構。少し気になっただけですのでね」
隣でパドロがうずうずとしているのが伝わってくる。
「あ、あの、シャトーさん……」
彼が口を開きかけたその時。
「よう、猫坊。今日はこっちなのか?」
ずし、と右肩にかかる重さ。見上げると、フックの左腕が肩に乗っているのが見えた。
「あ、……、……ええ、少しばかり話をしていまして」
ふといつもの言葉で話しかけようとして、同席する二人の存在を思い出す。どうしてか、第三者の存在があると、無意識に言葉を整えてしまう癖がある。一度つめた息を吐き出してから、改めて言葉を紡いだ。
あ?と呟いて、フックが眉根を寄せる。何を言っているんだ、と言いたげだ。
「んー、……まあいいや。後でぷにらせろ」
そう言い置き、カウンターの方へと大股で歩み去る。その様子を見送りながら、視線が集まるのを背に感じていた。
「ぷにらせろ、とは」
フォルキスがきょとんとした顔をしている。その彼の向かいで、パドロが水を得た魚のように活気づき、手をわたわたと動かしている。
「あああ、あの、私も、……肉球触らせていただいても良いですかっ!」
「……ほう」
二人に挟まれる形では、逃げようもない。
観念したように軽く目を閉じ、シャトーは両手を差し出した。

































  あなたさまのよろこぶかおが わたしはみたいのです
  ただ それだけで わたしは
  まえにすすむことが できるのです

  なまえなどいりません わたしにはもったいない
  ですが もしも ひとつだけ わがままをゆるしてもらえるのなら
  ての ぬくもりを かんじたいのです







たてよーみ。いずれ回収されます。
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