その受難は 前篇

シャトーの受難。
もふり隊の皆様をお借りしました。
長くなってしまったので、前後編に分けさせていただきます。




Cast:
るる様宅 ティアラさん
銀空様宅 シスさん
りしょか様宅 メアツさん
お名前のみ
猫夢様宅 モエちゃん
あけち様宅 パドロさん
みそ様宅 フックさん







……俺はいつから、こんな役回りになった?

公共の場だというのに表情を作ろうともせず、シャトーは考えに耽る。
昼下がりの広場。先日の臨時舞踏会を受けてここ数日は人通りが増え、賑わいをさらに増している。
一曲終えて、ハープを抱えたままの恰好。膝を組んでその上に肘をつく。傍から見れば、次の詩に思いを巡らせているようにでも見えているのだろうか。

この街に来てからのことを思い返していた。
最初はモエだった。まあ、小さい子のやることだからと黙認していた。
次は、図書館で出会った男。パドロと言ったか。本を手渡したのがきっかけだった。
そして、ティアラ名乗った女性。なかなかに、……自分の欲求に忠実な人だ。
最近だとフックだ。ある一件を通じて知られたが最後、酒場で会うごとに絡んでくる。
どうして、誰も彼も―――

―――猫の部分を触りたがるのだ。

てし、てし、と尻尾が左右に振れ、落ち着きなく噴水の縁を叩く。
耳に尻尾、それから。
ハープを抱えたままの左手に眼を遣り、掌を軽く握ったり開いたりする。
触られても怒りやいら立ちといったネガティブな感情は湧かないが、なぜだ、という釈然としない思いはある。
半獣人、とでもいおうか。似たような人は俺以外にも、ここならたくさんいるだろうに。
ただ、確かに―――

―――肉球を持っている御仁には、まだお会いしたことがないな。

てし、てし、じゃぼん。
冷たい感触に、背筋に寒気が走る。
表情を崩さないように後ろを見やると、尻尾の先端が噴水に浸かっていた。
我ながら情けない。考え事に気を取られるあまり、周囲の様子に目を向けることさえ忘れていたとは。
ひょいと手で尻尾を持ち上げ、わずかに憮然とした表情を浮かべる。
「……少し、散歩でもしてくるか」
尻尾を膨らませて軽く水けを飛ばした後、手早く荷物をまとめた。
ハープと二冊の本はそれぞれ布でくるみ、麻袋の中に。マンドリンを斜めに背負い、麻袋は右肩にかけた。
一日ぐらい、街角にいなくても怒られることはないだろう。


「ねえあなた。先ほど、尻尾で水浴びしていたようだけれども」
広場も出ぬうちに、思わぬ伏兵がいた。
「……ええ。ここの所、めっぽう暑くなりましたからね。せめて尻尾だけでも涼もうかと思った次第」
まさか見られていたとは。失態に失態を重ねた気分になったが、表情に出さないように努める。
「そうなの。ならモエにも、おすすめしてみようかしら。あの吟遊詩人さん、尻尾で水浴びしていたみたいだから、あなたもしてみたら、って」
「……しかしこれはなかなか、レディーには向かない荒業かと」
カフェの半二階になったテラスにいる女性、ティアラ。下から眺めやると短い丈のワンピースが危なっかしく思えてしまうのだが、彼女が上から話しかけてくるのだから見上げざるを得ない。
先日の舞踏会の首謀者であり、
「あら残念。見られたこと、そんなに気にしていないのね。口封じ代わりに猫耳を触らせてもらおうと思ったのに」
隙あらば耳を狙ってくる人の一人だ。今も、口では残念と言いながら、手が伸びてきている。

数日前のことだったか。何か飲もうと、カフェの軒先で中の様子を眺めていた時。
上から伸びてきた手に、わしっと耳をつかまれたのだ。
「丁度良いところに耳があったから、触りたかったのよ」
という、なかなか……チャーミングな理論を振りかざしながら。

「ねえ、もう少し背伸びしてくださらないこと」
「……白磁のように美しいお嬢さんの頼みを断るのは心が痛みますが、生憎急ぐ身でして」
ソファに腰掛けたまま手を伸ばしてくるティアラに対し、精一杯言葉を選びながら返す。
何か言いたげな、物憂げなエメラルドの瞳がこちらを見てくる。暫くするとその視線は、興味を失ったようにひざ元の本に戻された。
「そう、じゃあまた今度ね」
さらりと告げられた言葉に、言質を取られてはまずいと判断し、黙って帽子を上げた。
目下の問題は、この通りが広場から宿へ向かう一番の近道であることだろうか。
毎日のように、このやりとりを繰り返すことになりそうだ。


街を出た、目と鼻の先。森の前に、思わぬ光景が広がっていた。
「さあ『アリス』、たんと食べておくれ。まだまだパーティーは続くからね」
「だからー、俺はメアツだって!いい加減名前覚えてよ!あと俺、もうお腹一杯……」
二人の人影が、長いテーブルを挟んで向かい合っている。一人は自分と同じくらい、一人は隣にいる人影の、胸元より少し低いくらいの背。二人とも、はた目には兎のように見える。
テーブルの上には溢れんばかりに食べ物が乗っている。果物の籠や焼き菓子の籠、ホールケーキもいくつか見える。
「ねえねえ、そこの人ー、ちょっと来て!」
「おや、新しい『アリス』だね」
ふと、同じくらいの背丈の影と目があった。まだ幼さの残る顔にわずかに必死な表情を浮かべ、手招きをしている。奥にいたもう一人の、白兎のような青年―――男性にしては声が高いが、おそらく―――は、笑顔で机を回り込み、近づいてくる。
特に断る理由も見つからず、シャトーは二人の傍へ歩み寄った。ふわり、と果物の甘い香りと焼き菓子の香ばしい香りが入りまじって鼻に届いた。
背の高い男の目が、素早くシャトーの手に走った。途端に、曇っていたその表情が輝き始める。
「ねえねえ、ちょっと手袋とってよ!」
互いに名乗ってもいないうちからの、突然の青年の要求。
「……ふむ、それはまた、なにゆえ」
「んーとね……あのね、これ、このお菓子。外国のなんだけれどさ、素手で食べるのが礼儀なんだって!だからさ、手袋とって一緒に食べようよ!」
ひょいとテーブルにあったお菓子の一つを手に取る。確かに、あまり見慣れない形をしたお菓子だ。
「いや、私は」
「えー?」
「ぜひ食べて行ってよ、ボクたちだけじゃ食べきれないんだ。でもそれ」
兎の青年が笑顔で言う。最後の言葉は、メアツと名乗っていた男に口をふさがれて飲み込まれた。
「すっごくおいしいんだよねー!ほら、ほら!」
話に乗った時点で、急いでいるという断り文句は使えないだろう。人前で手袋を取るのは気が進まないのだが、この場の雰囲気を壊してしまうのも申し訳ない。しばし葛藤した後、右手の手袋をとる。その途端、男の目が光った。
「うっそだよー!」
眼にもとまらぬ速さで手をつかまれた。反射的に引こうとするが、両手でつかまれているためなかなか抜けない。
「ぶっは!もっふもふ!ぷにっぷにじゃん!この兎さんももっふもふだけどさー!」
はちきれんばかりの笑顔で、ぷにぷにと、遠慮なく掌の肉球を触られる。
爪を出そうか、手袋を投げつけてやろうか、と柄にもない感情が一瞬沸き上がり、さざ波のように引いていった。表情は一切動かすことなく、しかし何を言うでもなく、されるがままになっていた。
助け船を出したのは、パーティーの主催者だった。
「ねぇ『アリスたち』。楽しそうだけれどさ、そろそろお茶会を再開しようよ。せっかく新しい『アリス』が来てくれたんだから、仕切り直して、ね」
シスのその一言に、メアツがぎくりとした顔になった。肉球からぱっと手を離し、数歩後ずさる。
「アリス、とは?それは女性の名前ではないのでしょうか」
淡々と手袋をはめながらシャトーが問うと、兎の青年は笑顔を崩さず返す。
「うん、だって僕は、『アリス』の名前を知らないんだもの。だから、『アリス』さ。そうそう、ボクはシスだよ」
不思議な返答に、目を瞬かせる。すると、脇から腕を引っ張られた。メアツがシスから隠れるような位置に立ち、囁いてくる。
「それがさー、さっきからこの子、俺のこと『アリス』って呼んでくるんだよー。それと、俺もう二時間近く付き合っているんだけれど、いつお開きになるのかわかんないの」
「……ふむ、それは」
「ねね、ちょっと、助けてよー」
「どうしたの『アリスたち』。ねえ、早く席についてよ」
笑顔で見つめてくるシスと、自分の背後でおびえたような様子のメアツを見比べる。口端にいつもの笑みを浮かべ、シャトーは口を開いた。
「シスさん、とおっしゃいましたかな。お心遣いいただきありがたいのですが、私はこれでおいとまを。なにぶん、正式な招待を受けていない身分であり、これから向かう先もありますゆえ」
「あ、じゃあ、俺も……」
「ああ、この方は、もう少し紅茶を楽しみたいと」
言いながら、横目でメアツを見やる。兎のような髪型の青年はぱくぱくと口を動かしていたが、その唇からは、あ、とか、うえ、といった単語しか出てこない。
「そうなんだ。じゃあ、新しい『アリス』、残念だけれどさようなら。さて、『アリス』。新しい紅茶を準備するね。さあ、座った座った」
白い兎の青年は寂しそうな笑顔を浮かべたが、それもつかの間。シスはメアツの腕をつかみ、白いテーブルクロスのかかった机へと誘導していく。
「いじわるーっ!」
叫ぶ青年の声を後ろに、シャトーは踵を返した。
これぐらいの仕返しなら、してもかまわないだろう?







後篇へ続きます。
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