イベント1 閉幕

【ジョイス:イベント1閉幕】
「……つ」
 踏み出す度に、右足が痛む。足首よりわずかに上、一すじ横にぱっくりと開いたブーツから、深夜の冷たい風が入り込んでくる。傷口の周りの生地が血を含んでまとわりつき、かすかな痛みとぬるりとした肌触りの悪さを感じさせた。骨までは達していないようだが、厚めのブーツのおかげで奇跡的に難を逃れた、というのが正直なところだろう。
今は月も薄い雲に隠れ、来るときよりも更に世界は暗闇に沈んで見える。左手を伸ばし、家々の壁を伝って歩く。遠く響いていた音はすでに止み、クラーレの街は張りつめた空気ながらも、一時の静寂を取り戻しているようだった。風に乗って硝石と鉄さびの匂いが届き、ジョイスはわずかに顔をしかめた。
 中央線戦の勝敗はどうなったのか。わずかにその思いがよぎったが、何もしていない自分には関係のないことだと首を振って打ち払う。
 中ほどまで戻ってきただろうか、と考えていたところに、つま先が堅い何かを捉え、視線を落とす。影になって見えないが、おそらく来るときはなかったはずの瓦礫。このあたりで大きな戦闘が行われたのだろうか。踏み越えしばらく進んだところで、今度は足の裏がなにか薄いものを踏む。その感触にもう一度視線を落とし、暗がりに目を凝らす。
ちょうどそのとき、月に薄くかかっていた雲が晴れた。月明かりが地上を淡く照らす。ようやく見えた「それ」に、ジョイスはわずかに目を見開いた。
踏みつけていたのは黒い布、そして足のすぐ横には「人だったもの」。
 ほんの一時立ち尽くした後、無意識に詰めていた息を吐く。
「これが戦争……、か」
 聞き取れないほどかすかな声は、街並みを吹き抜ける風に押し流されていった。
 軍隊式の弔意の表し方を知らず、ジョイスはかすかに首(こうべ)を垂れる。右手に握ったままだった白色の花が、視界の端に入った。同時に、巨大な鎌を振り回す白い少女が脳裏をよぎる。
 あのまま無事に家まで帰り着けば良いが。
 そう考え、わずかな間ののち、なぜ「敵」を思いやっているのかと我に返る。しかし、もう一度考えを回し、首を振る。
人間の本質などそういうものだ。
 思い浮かんだ言葉がどういう意味かを深く考えようとはせず、ジョイスはもう一度目の前の遺体へ軽く頭を下げると、踵を返した。
 もうすぐ日付が変わるころだろう。空が白むまでに、陣営にたどり着けば良いが。
 ただ、この国の朝日を眺めてみたい、という思いが、わずかに心をよぎった。





イベント1 ジョイス戦況

○まさき様宅のリリィさんと戦闘させていただきました。
○右足、むこうずねの下あたりを負傷。横一文字の切り傷。歩ける程度。
○そのまま撤退します。軍に合流後は行動を共にします。軍の任務はおさぼりした分、デカルトまでの帰路でのお仕事はしたと思います。……たぶん。


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