イベント1 序章

「……血気盛んな若人(わこうど)たちだな」
 鬨の声と共に駆け出していく軍服の背を目で追いながら、ジョイス=ワームウッドは感嘆とも呆れともつかない溜め息をこぼした。
あっという間に周囲からは人の気配が消え去っていた。念のために首を動かして近場を探っても、動く影はない。
 そもそも、この宵闇のもとではほとんどなにも見えない。眼鏡をもってしても補いきれない目の悪さは、夜戦ではかなりの不利となることだろう。目を細め、眉根を寄せて暗闇を見遣りながら、ジョイスは胸の内で舌打ちした。
「……さて」
 ひとつ息を吐くと、そろりと足元を探りながら一歩を踏み出す。初めて足を踏み入れる都市――クラーレの中心部ではなく、向かうは人の気配のしない街外れ。
 あちらこちらで戦闘は始まっているらしく、散発的に金属がぶつかる音や発砲音が響く。それらの音には耳を貸さず、ジョイスは足を早めて街並みを通り抜ける。
兵に志願し、後方支援員として配属されたものの、その主たる目的はクラーレとの戦闘にはなかった。
 クラーレに生える見慣れぬ植物。地質の違いから生まれる珍しい鉱石。虫も動物も、町並みを形作る石も、空さえも、デカルトとはまるで違う。それらを直接採取し、自らの研究の一助とする。それが今回の行軍に同行した、本当の理由だ。
 このような場所では、大将の首を取る以外、誰がどう活躍したかなどわからない。後方支援などなおのことだ。ならば、と堂々と任務を放り出し、ひとり別の道を行く。
もちろん、不意を襲われれば武器を取る心構えはできていた。腰に差した二本のナイフに指先を触れさせながら、宵闇を進む。
 立ち並ぶ家が不意に途切れ、中心部の終わりを暗に伝える。昼間のうちに頭に叩き込んだ地図では、この先に森があるはずだ。
足を速めようとしたところで、ふと鼻先を甘い香りがよぎった。顔を向けると、月明かりを受けて淡く光る白色の花が、花壇のような場所に咲いている。
「……ほう」
 見たことのない花だ。この甘い香りの成分は、何か。足を止め、花壇へと近づく。花を一本無造作に摘むと、様々な角度から調べ始める。戦闘の音をはるか遠くに聞きながら、背後がぽっかりと空いていることにも気づかずに。



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