誰かに聞こえていたかもしれない独白

「……死んだのか、…………殺したのか」
誰にも聞こえないような声で呟けば、空いた手で男は前髪をかきあげる。灰の瞳には天井から降る蛍光灯の光も届かず、自分が作り出す影は、今にも自身と入れ替わろうとするかのように揺らぐ。しりしりと耳奥でここ数日微かに鳴り続ける音は、幻聴か、あるいは。
廊下は静まり返っている。高い窓からは、潰えた鳥の消え入りそうな囀り。棚に整然と並ぶ試薬が、物言わずに男を見つめる。
胸が苦しくなってようやく、息を詰めていたことに気づいた。細い吐息と共にゆるりと目を伏せる。
「まだ、確証はない」
自分に言い聞かせるかのごとく、小さく呟く。再び視線をあげたときには、苛立ちも苦悩もそこには見えず。諦めと疲労、そして今までとはわずかに異なる色味をその奥に帯びながら、男は白衣の裾を翻した。数秒の後、普段より荒く鍵がかかる音が、静謐な研究室に響く。


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