「ただいまぁ、良い子にしていたかしら?」 部屋の奥に声をかける。返ってくるのは静寂。ひゅう、と風の音だけが耳に届いた。 「……あら?」 山のように買い込んだ食材を床に置くと、靴も履き替えずに部屋の中へ。開かれたクロゼットと窓、壁にかかった軍服は、腰元に備えたナイフの数が合わず。 窓の外をのぞき込んでも、あたりには何も見当たらない。工場の吐き出す煙と、乗り物が行き交う音。青銀の髪は、窓枠にも床にも、一筋たりとも落ちていない。 「…………、……そう、逃げちゃったの」 踵を返すと、つま先に当たる感触。自らの手で切った縄を拾い上げ、手持ち無沙汰に手のひらで転がす。 「飛んで行っちゃったの、小鳥さん」 窓の奥に広がる鈍色の空を見上げ、ぽつりと零す。 「……綺麗な鳥さんだったのに。だめね、しっかりと籠に入れておかないと」 細い指でつまみ上げた縄を屑箱に落とすと、その蒼い瞳は小さく揺れた。 悲しみの奥に灯る、かすかながらも強い炎。つぐんでいた唇は、次第に笑みを形作る。 「もしまた会えたら、拾ってきましょ。今度は大事に、だぁいじに、可愛がるの」 宝物を夢見る少女のような、甘やかな声。 「可愛いお洋服をたぁくさん着せて、美味しいものをたぁくさん食べさせて、良いことをしたら頭を撫でてあげて、おいたをしたらお仕置きをして」 歌うように紡ぐ言葉には、氷のような冷ややかさが倍音として響く。 靴を履いたままの足で、くるり、ひらりと舞い踊る。かすかな"彼等"の痕跡をも踏み消しながら、彼女は一人、回り続ける。 「可愛い首輪をつけましょう。かたぁい足枷もつけましょう。お外なんて見たくなくなるくらいに、だぁいじに、だぁいじに。そうしてつめたくなったら、ううん、つめたくなる前に、白い首筋を掻ききって、赤い、赤い血を飲むの。きっと甘くて、美味しいわ。ああ、素敵!」 忍び込んでくる夕方の冷気が、頬を撫でて正気を引き戻す。表情を消し、ぴたりと足を止め窓を眺めると、ぴしゃりと窓を閉めて吹き込む風を遮る。 もう一度、鉛の空を見上げ、彼女は囁く。 「さよなら、青い小鳥さん。元気でね。また会えたら、そのときはまた、遊びましょ」 ついった投稿版より狂気ましまし [目次] [小説TOP] |