▼ 騎士は手段を選ばす
「その港町から、再び国へ帰る事ができたのでは?」
「それが…近頃海賊が多いから、もう船は出せないって言われまして」
「……」
「…今は、可能性のあるソフィアの港を目指して旅をしています」
再び無言になるルカさん。彼の目には憐れみの色が滲んでいた。だからそういう反応は止めてください!余計悲しくなるから!
「そうなると、一つおかしな事がありますね」
何か気掛かりな事があったようで、ルカさんが顎に手を当てる。彼は荷物から地図を取り出すと、私にそれを寄越した。一体何だというんだろう。
「バレンシア大陸の地図ですよね、これ。私も港町でもらいました」
「それなら話は早いです。私達は現在、どの地点にいると思いますか?」
唐突にそんな事を尋ねてくるルカさん。一週間ずっと歩いているのだから、かなりソフィアの港に近付いているはすだ。そう思って港の近くを指差せば、彼は静かにかぶりを振った。
「…私はラムの村に向かっています。この意味が分かりますか?」
そう言われて、ラムの村がどこに位置しているのか再び地図を眺める。
えーと、ラムの村は…大陸の…最南端…。ソフィアの港とは真逆に位置する…。
「えええ!?冗談ですよね!?」
「私も冗談だと思いたいのですが…」
勢いよく地図から顔を上げ、信じられないという表情でルカさんに詰め寄る。対する彼も、困ったように眉を下げていた。
「まさか私は、ソフィアの港とは真逆の道を進んでいたという事ですか!?」
「……そうなりますね。類稀なる方向感覚というか…」
「欠片も慰めになっていない!」
それはつまり、どうしようもない方向音痴という事だ。港に向かって歩いていると信じていたのに、実際は遠ざかっていた。今の私は、絶望のどん底に突き落とされたと言っても過言じゃない。
「通り道には、ドゼー軍も立ち塞がるでしょうね」
「うわああん!」
どことなく申し訳なさそうな顔で、そう追い討ちをかけるルカさん。正直なところ、一人でソフィアの港に辿り着ける気がしない。なんで運命はこんなにも私に厳しいの!?
「……」
失意に陥る私を他所に、ルカさんは何かを思案している様子だった。
「ナマエさん、解放軍に参加する気はありませんか?」
「…え?解放軍ですか?」
地図から顔を上げたと思ったら、唐突にそんな事を言い出すルカさん。突然の話に頭が追いつかず、私は目を白黒させた。そんな私を見て、彼がもう一度バレンシア大陸の地図を渡してくる。
「解放軍は城の奪還を目指しています」
「城の奪還…」
「地図をご覧ください、城と港は目と鼻の先です。つまり解放軍の行く道とあなたの進む道は同じです」
「…本当ですね」
ルカさんに説明されて至極納得する。言われてみればその通りだ。
「港まで連れて行ってやるから、解放軍のために働けという事ですね」
「そういう事です」
よくできましたと言わんばかりに微笑をたたえるルカさん。この短時間で、彼の私への態度が赤子か何かに接するようなものになった気がする。…考えたら負けかな。
「でも良いんですか?知り合ったばかりの人間を軍に入れて」
「ええ、大歓迎ですよ。我が軍は常に人不足なので」
「大変ですね…」
「特に魔道士は貴重な存在ですから」
解放軍はよほど苦労を強いられているようだ。猫の手も借りたいとはこの事か。
「どうです?お互い悪い話ではないと思いますが」
「そうですね…分かりました、私で良ければ」
「そう言っていただけて嬉しいです」
私の返答に、ルカさんはにっこりと笑みを浮かべた。実質、私には解放軍に参加するという選択肢しか残されていない。そうしないとアカネイア大陸に帰れないからなあ…。
「では、まずはラムの村に向かいましょうか」
「助っ人がその村にいるんでしたっけ」
「はい。かつて英雄と呼ばれたマイセン卿ですね」
そんな訳で、私はいったんラムの村へ向かうことになった。…最近は不眠不休だったから、少しだけ村で休ませてもらえると良いな。
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