▼ 惑う魔道士
「無事に森を抜けれましたね」
「ルカさん…!本当にありがとうございます!」
ところ変わって穏やかな風が吹く草原。鬱蒼とした森を背景に、私はルカさんへ目一杯の感謝の言葉を述べていた。
「その様子ですと、随分と困っていたみたいですね」
「ルカさんは命の恩人です…!」
「大げさですよ…まあ、ナマエさんの助けになれたようで何よりです」
私の気持ちの入り様に、ルカさんが少しだけ苦笑を溢す。大げさと言うけれど、彼がいなければ私は今も森を彷徨っていただろう。運が悪ければ山賊に捕まっていたかもしれない。そう考えると、やっぱりルカさんは命の恩人だ。
「それでは、そろそろ本題に入りましょうか」
「本題?」
「お互いが何者か、という事ですよ」
「ああ、そうでしたね」
森を脱出できた喜びで忘れていたけど、そういえば森の中でそんな話をしたんだった。ルカさんが先陣を切って口を開く。
「まずは私から話しましょうか…私はソフィア解放軍の者です」
「…ソフィア解放軍?」
「ええ。その様子だと、ナマエさんは知らないようですね」
騎士団ではなく、"解放軍"という単語に疑問を覚える。このバレンシア大陸に辿り着いて日は浅い。故にこの大陸の情勢について、お世辞にも詳しいとは言えない。南にソフィア王国、北にリゲル帝国があることは分かっているんだけど…。
「先日、国王が宰相ドゼーに弑逆されたのです」
「国王がですか…!?」
「ドゼーは、このソフィア王国をリゲル帝国に売ったのです。城は奴等に占領され、多くの人々が不当に虐げられています」
「そんな…」
あまりにも酷い話に言葉を失う。民を統べる者がそんな事をするなんて、あってはならない事態だ。
「我々ソフィア解放軍は抵抗しているのですが…戦況は思わしくありません」
「…そうなんですか」
「そこで、ある人にお力添え願えないかと、この先にあるラムの村へ向かっていたところです」
「だからあの森にいたんですね」
「ええ、あそこは通り道でしたから」
つまり、ルカさんは解放軍の騎士で、いるべくしてあの場にいたという事だ。騎士であるなら、あの訓練された気配の消し方も頷ける。
それにしても…宰相ドゼーの策略や、隣国とのいざこざ、圧されている解放軍。私はなんでこんな大変な時に、この大陸に足を踏み入れてしまったんだろう。
「ナマエさんは、見たところ異国の方ですね」
「えっはい、まあ…」
頭を抱えていると、ルカさんからそんな言葉が飛んでくる。私は曖昧な笑みを浮かべた。別に後ろめたい事はないんだけど、身の上話は反応に困るというか…。
「私は一応魔道士で…色々な所を旅して回っていたんです」
「魔道士ですか。このバレンシア大陸にも、旅の一環として?」
「…えーと」
軽く言葉に詰まる。ここで「はいそうです」と言えれば楽なんだけど、あまり嘘は得意じゃない。
だからと言って本当の事を言うには、ちょっと勇気が__
「…もしや、闇商売などの怪しい事を」
「違いますよ!?」
「では、何をしにこのバレンシア大陸へ?」
「そ、それは…」
徐々に疑わしげな眼差しになっていくルカさん。えーい!恥を捨てて真実を言うしかない!私は腹を括ると、訥々と事の顛末を話し始めた。
「この大陸に用事はなかったんです」
「…どういう事ですか?」
「…船を乗り間違えたんです」
「……」
「本当はマルス王子にお会いする為、アリティア行きの船に乗ったはずだったのに…!なぜかバレンシア大陸に…!」
船を降りたった時の事は、とても鮮明に覚えている。閑散とした港町に、見慣れない服装の人々。"うっかり"を軽く凌駕する出来事に、あの時は立ちすくむ事しかできなかったっけ。今思い出しても悲しい。
「…ナマエさんなら、有り得そうなところが恐ろしいですね」
「ひ、酷いですよルカさん!」
言葉を失っていたルカさんが、少し顔を引き攣らせながらそう呟く。絶対こんな反応をされると思ったから、あまり話したくなかったんだよ!
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