▼ 最高の道行きである
自分が道に迷ったと確信したのは、この森に突入してしばらく経ってからだった。
「…ここ、さっき通った道だ」
ため息をつきながら、木に付けておいた印を見つめる。もしやと思って、あらかじめ木に彫り跡を残しておいたんだけど…。
同じ場所を往復している、という私の予想は正しかったみたいだ。道理で歩いても歩いても出口が見えないわけか。
(まあ、同じ景色ばかりだし迷うのも致し方ないのかな)
落ち込みそうになる気持ちを、それらしい理由をつけて何とか乗り切る。森というだけあって周囲は木々ばかり。
迷子という点を除けば、私は自然溢れる場所を散策している事になる。木には癒しの効果があると聞くし、この中を歩き回るのは丁度良いのかもしれない。
「おい!異国の女はいたか!?」
「こっちにはいないぞ!あっちを探すんだ!」
「異国の女は高く売れるからな、絶対に見つけ出せ!」
そんな都合の良い森林浴がある訳もなく。鳥や小動物の可愛らしい鳴き声の代わりに、森中に響き渡る山賊の怒声。内容は人身売買と、倫理観を疑うものだ。
(山賊に目を付けられた人も大変だなあ…)
木の陰から山賊の様子を窺いつつ、彼らが口にしている"異国の女"に同情の念を寄せる。
結構歩き回って分かったんだけど、この森は山賊の巣窟だ。そこかしこで奴らが目を光らせている。森を脱出しない限り、"異国の女"は奴らに狙われ続ける事になるだろう。
一番の問題は___
「……それで、この状況をどうやって乗り切ろう…」
___その"異国の女"とやらが、私…ナマエを指している事だった。
(人生で一番の危機かもしれない)
苦い顔をしながら、目の前を通りすぎていった山賊を見送る。
アカネイア大陸から海を渡り、このバレンシア大陸へ辿り着いて一週間。よく知らない異国の土地は、祖国よりずっと勝手が悪かった。山賊に見つかった挙句、奴らの縄張りで迷子なんて…普段の私ならそんなヘマはしない(と思う)。
(せめて、森の出口が分かれば…!)
自分の方向感覚のなさに臍を噛む。本当に、森を抜ける事さえ出来れば私の勝ちなのに。
山賊に関しては問題ない。相手は所詮山賊だ。技や気配には疎い者が多いだろう。こちらが息を殺しておけば、多分見つからないと__
__がさっ
そう高を括っていた矢先、背後から微かに物音がした。一瞬呼吸が止まる。ええっ!?今すごく至近距離だったんだけど!?
(全く気配を感じられなかった…!)
どっと冷や汗が噴き出し、吐きそうなぐらい胃が縮む。こんなに手練の山賊がいるなんて想定していなかった。こんな所で捕まるなんて絶対に嫌だ。手遅れかもしれないけど、応戦するしかない…!
「…すみません、驚かせてしまいましたね」
「……あれ?」
魔道書を構え、決死の覚悟で振り返る。そして私は、拍子抜けしたように目を瞬かせた。そこにいたのは、甲冑を身にまとった赤髪の青年だったからだ。
「安心してください、私は貴女の敵ではありません」
小声ながら、はっきりとした口調でそう話す目の前の青年。その精悍な顔に、こちらへの悪意は感じられない。えーと、とりあえず山賊ではないようだけど…。
「こんな所で一体何を?」
「それは貴女にも言える事だと思いますが」
「…あなたは何者なんですか?」
「私も貴女が何者なのか知りたいですね」
全て質問を質問で返された。しかも微妙にイラッとくる返し方だ。この人、穏和そうな表情をしているけど、実は性格が悪いのかもしれない。
「…詳しい話はまた後ほど。今はこの森から抜け出す事が最優先です」
周囲の気配に気を配りながら、青年が私に手招きをする。彼はどうやら、森の出口を知っているようだった。案内役を買って出てくれたのは有難い。だけど、素性の知れない彼に着いていっても良いのかな…。少し不安もある。
「どうして、見ず知らずの私を助けようとしてくれるんですか?」
質問を質問で返される事のない、確かな疑問を青年に伝える。そんな私に、彼は少しだけ真剣な目をした。
「目の前で困っている人がいたから、では答えになりませんか?」
「…尤もです」
彼の真っ直ぐな言葉が心に刺さる。よく考えてみれば、人助けの理由なんてそれで十分だ。少しでも疑ってしまって、ちょっと申し訳ない。
「…まあ、素性の知れぬ男の言葉を、すぐに信じられない気持ちは分かります」
暗然とする私をフォローするように、彼がそう付け足す。もともとこの不信感は、相手が何者か分からないところから来ていた。
「それなら、森を脱出する前にお互い名乗りませんか?」
私がそう言えば、青年が「確かにそうですね」と頷く。お互いの名前を知っているだけで、そういったものはかなり払拭できるはずだ。
「遅れましたが、私はルカといいます」
「ルカさん…私はナマエです」
「ナマエさんですね。では、私の後ろを着いてきてください…この森を抜けます」
ルカさんが、再度確認するように視線を寄越してくる。私は特に反論もせず、彼の言葉にしっかりと頷いた。
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