2.月の目玉

「クロちゃん、分かってるでしょう。私が出たら星が消えるだけでなく月の目玉が転がり落ちるわよ。」
「月の目玉かい?どこの神さんの天罰だ、オレが木の棒拾って打ち返すさ。」
「天罰も、最近元気な風の神さまならばやりかねない。」

 この世界には神がおわす。地水火風を司る守り神。彼らは人間から見れば異形の存在。ついでに強い魔力と寿命を備えるもので畏怖の対象だった。

「風の神は誰だっけ?」
「トエルとシャルトと呼ぶわ。」
「風の神様が暴れるもので、世界は冷えるだけの冬待ちになってしまったとはもっぱらの噂だな。こんな小さな村にも風は吹く。そんな風の噂。」

 双子の風神が狂ったとは近年もっぱらの噂だった。双子が通れば町が死ぬと言う。冷え込むとは単なる例えだが、災厄がちらつくのは本当だ。突風で、作物を腐らせるゆるい風で、人の住む地は活力を失っていく。ここはそんな世界だった。


「今日は湿気た風の話なんかよそう。ほら、頼むからちょっと付き合えよ。」
 終わりが見えていたとして、だから何だと言うのだ。そう言わんばかりのクロはリエンにローブを着せた。フードを深く被らせ手を引く。自然な動作にするりと少女の足も動いた。
 はて、と逡巡したリエン。そうだ、抵抗するのを忘れてた!
 クロの絡む指を一本一本丁寧に外してから、自由になった腕でばしっと叩いた。
「悪魔は人間の祭りに参加しません!」

 一度隠されたものを派手に広げた。地中深くに埋まっていたような緑色をした髪、動物とも人とも異なる耳、そして背中に蠢く三対の翅。
 神とは呼ばれなかった異形も数多だが、彼女もその内の一つだった。悪魔族。その昔唯一の天使を手に掛けた種族で、彼らにより世界には天使が不在となった。事はどれだけ重要だろう?理そのものが変化した後の世でも、それは憎むべき、悲しむべき出来事とされた。
 残忍な悪魔は孤立した。
 今なお独自の集落に生きる悪魔。しかし彼女が遠ざけられたのは人間からだけではない。人に極めて近い容姿を持った悪魔の少女は、仲間からも疎まれたのである。

「ひねくれものー。」
 クロが横目で見る。
「分かっているなら諦めれば良いのにさ!変わりものー。」
 小さく舌を出して、リエンはローブを羽織りなおす。
「変わり者も悪魔も一緒だ、ほれ、行くぞ。」
「しょうがないなあ。」
 問答のわりに、あっさりと歩き出したリエンだった。

 足は賑わう村の広場へと向かう。飾りの無い、しかし活気に光る家々の壁を伝い、高鳴りの理由を探す。ざわざわとうるさい人垣の中心部を見ようと、クロとリエンは屋根に上がる。果たして目に入ったものは。
 土埃、くすんだ空間、鮮やかな布……質素な村に華が散る。舞う巫女の姿だ。
「月の目玉が落ちたわ」
 ぼそりとリエンが呟いた。


-3-


/ぱらり→



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