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Murder on D Street












暫く揺蕩うと太宰の体がなにかに引っかかる。

「ひ、人だァ!」

ガサッと二人して引き上げられ、太宰は逆さまに吊られ、アリスは網に掴みかかり自力で地上に登る。そこには敦と乱歩、そして警察がいる。面子からしてどうやら事件のようだった。

「やぁ敦君仕事中? お疲れ様」

「……助かった……」

唖然とする敦は太宰を見上げて彼にまた入水自殺かと問うたが、同じ場所からアリスが出てきた為に「いや、でも森さんがいるなら……?」と首をかしげた。

「いやぁ、アリスと心中しようとしたんだけどねぇ……
思った以上に浮力がすごくて、ただ川を流れてるだけにしたんだよ」

「心中……?」

「前回で思い知ったのさ。独りで自殺なんてもう古い! 矢っ張り死ぬなら心中に限る!独りこの世を去る淋しさのなんと虚しいことだろう!」

とある場所で女性がぞくっと寒気を感じていた。

「というわけで一緒に心中してくれる美女募集」

「警官さん。それゴミだからそのまま流してもらえる?」

「アリス〜!」

「……自業自得だと思います」

敦と乱歩が太宰とアリスに事件の概要を説明する。

「なんと! かくの如き華麗なるご婦人が若き命を散らすとは……! 何たる悲劇!悲嘆で胸が破れそうだよ!
どうせなら私と心中してくれれば良かったのに!」

目を見開き驚嘆し、嘆く太宰に冷たい視線を送るアリスと呆れる敦。

「誰なんだあいつは」

「同僚である僕にも謎だね。
恋人である彼女に聞いてみれば?」

「私に振らないでください」

「おや、これは残念」

「しかし安心し給えご麗人
稀代の名探偵が必ずや君の無念を晴らすだろう!
ねぇ、乱歩さん」

芝居がかった太宰に困ったようにため息をつく乱歩。

「ところが僕は未だ依頼を受けていないのだ。
名探偵いないねぇ、困ったねぇ」

と言ったところで突然目の前にいた制服警官を指差し、名前を問うた。

「じ、自分は杉本巡査です!
殺された山際女史の後輩────であります」

敬礼し答えた彼に乱歩はポンッと肩に手を置くと唐突に

「よし杉本君今から君が名探偵だ!
60秒でこの事件を解決しなさい!」

「へぇッ!?」

そうのたまった乱歩の言葉に杉本が驚愕し、焦る。

「へっあえー!? いくら何でも60秒は!」

「はいあと50秒」

その姿にアリスは少し彼を可哀想に思い、敦は普段の自分を見ているようだった。

「そ、そうだ山際先輩は政治家の汚職疑惑、それにマフィアの活動をおっていました!」

マフィア、という名称に敦は顔を強ばらせる。
それを反応もせず黙って聞くのは太宰とアリス、そして乱歩だ。

「そういえば! マフィアの報復の手口に似た殺し方があった筈です!
もしかすると先輩は捜査で対立したマフィアに殺され───「違うよ」え?」

口を挟んだのは太宰だった。
その隣に立つアリスは腕を組み、何も映さない目をしている。

「えぇ、これじゃあ不完全。
中途半端な報復は逆に自分の命を縮めるわ」

「マフィアの報復の手口は身分証と同じだ
細部が身分を証明する」

すぐ最近まで何度となく見たその手管は終ぞ自らが手を下すことは無かったが、隣に立つ男は四年前までは数え切れない回数をしていたもの。アリスは思考を巡らせる。

「マフィアの手口はまず裏切り者に敷石を噛ませて後頭部を蹴りつけ顎を破壊」

「そして、激痛に悶える犠牲者をひっくり返して胸に三発

でも、この被害者には『顎の破壊』がされていないわ。それはマフィアにとっては負債に値する。
報復相手の本人への苦痛を与えられてないのだから」

「た、確かに正確にはそうですが……」

「この手口マフィアに似てるがマフィアじゃない。
つまり────」

テンポよく交互に話すアリスと太宰の瞳は芯が冷たくなる程のに冷えており、冷たく遺体を見据える。

「犯人の……偽装工作!」

気づいた箕浦に続き「そんな…偽装の為だけに遺骸に二発も撃つなんて……非道い……」杉本が零した。

その一言に僅かに太宰とアリスが反応した。

「……二発、ね」

「引っかかるかい?」

「それは太宰もでしょう?」

その時、

「ぶー!!!」

乱歩が大声をあげ時間切れを告げた。

「駄目だねぇ君!
名探偵の才能ないよ!」

しかしそんな乱歩に箕浦は苛立つ。

「あのなぁ貴様! 先刻(さっきから聞いてればやれ推理だのやれ名探偵だなどと通俗小説の読み過ぎだ!
事件の解明は即ち地道な調査、聞き込み、現場検証だろうが!」

警察としての彼の仕事であるそれらは間違っていない。しかし、武装探偵社である太宰、アリスは乱歩がそれらを必要としないことを理解している。

「はぁ?」

なぜなら、彼は間違いなく、

「まだ判ってないの?」

名探偵なのだから。

「名探偵は調査なんかしないの
僕の能力『超推理』は一度経始すれば犯人が誰で何時どうやって殺したか瞬時に判るんだよ。
のみならず、どこに証拠があってどう押せば犯人が自白するかも啓示の如く頭に浮かぶ」

「巫山戯るな! 貴様は神か何かか!
そんな力が有るなら俺たち刑事は皆免職じゃないか!」

「まさにその通り。漸く理解が追いついたじゃないか」

ニッコリと笑った彼を箕浦が血走った目で睨みつける。今にも飛びかからんばかりの間に入ったのは

「まぁまぁ刑事さん落ち着いて
乱歩さんは終始こんな感じですから」

太宰である。

「天才とは私たち凡人には理解できないものですから……いつの世も」

アリスは隣で苦笑した。

「僕の座右の銘は『僕がよければ全て良し』だからな!」

座右の銘聞いてこんなに納得したの初めてだ、と敦が呆れたように見る。

太宰治【座右の銘】
清く明るく元気な自殺

中島敦【座右の銘】
生きているならいいじゃない

森アリス【座右の銘】
自分の道は自分で決める

「そこまで云うなら見せて貰おうか
その能力とやらを!」

「おや、それは依頼かな?」

「失敗して大恥をかく依頼だ!」

ニヤリと笑った乱歩は笑い声をあげ

「最初から素直にそう頼めばいいのに」

と云う。その顔は自信に満ち溢れ、全く不安要素がない。

「ふん
何の手がかりもないこの難事件を相手に大した自信じゃないか。
60秒計ってやろうか?」

「そんなにいらない」

「敦君、よく見てい給え」

「探偵社を支える能力よ」

敦が目を見開き乱歩を見据える。
乱歩はどこからか取り出した眼鏡を掛けた。

────【超推理】

「……な・る・ほ・ど」

「犯人が判ったのか」

嘲笑う箕浦に乱歩は変わらぬ様子で勿論、と返事をした。

「くくっどんな牽強付会(こじつけがでるやら……
犯人は誰だ?」

ゆっくりと乱歩が指を指す。

「犯人は君だ」

指の先は、杉本巡査。

「は───?」

唖然とする杉本に「くっ」と笑いを漏らした箕浦は大笑いする。

「おいおい貴様の力とは笑いを取る能力か?
杉本巡査は警官で俺の部下だぞ!」

その箕浦にも動じず乱歩は未だに笑いを浮かべている。

「杉本巡査が
彼女を
殺した」

アリスは箕浦と杉本を見て云う。

「……警察官が犯罪を犯さないとでも?
私は何度となく見てきましたが、警察官が自身の欲に溺れるのを」

「莫迦を云え!大体こんな近くに都合よく犯人が居るなど……!」

「犯人だからこそ捜査現場に居たがる
それに、云わなかったっけ?
『どこに証拠があるかも判る』って」

スっと手を差し出した乱歩は杉本に「拳銃貸して」と云う。しかし、そんなこと出来るわけがない。
それは警察官として。

「ば、莫迦云わないで下さい! 一般人に官給の拳銃を渡したりしたら減棒じゃ済みませんよ!」

「その通りだ。何を云いだすかと思えば……
探偵って奴は口先だけの阿呆なのか?」

「その銃を調べて何も出なければ僕は口先だけの阿呆ってことになる」

出ないわけがない。必ず乱歩の云うことは正しいのだ。や、まぁ、武装探偵社自体は『一般人』ではないのだが、とアリスは苦笑を漏らした。

「……ふん、貴様の舌先三寸はもう沢山だ。
杉本見せてやれ」

早く終わりたいらしい箕浦がそう許可を出した。

「え? で、ですが……」

「ここまで吠えたんだ。
納得すれば大人しく帰るだろう
これ以上時間を無駄にはできん。銃を渡してやれ」

しかし、杉本は動かない。いや、動けない。

「おい、どうした」

「いくらこの街でも素人が銃弾を補充するのは容易じゃない
官給品の銃であれば尚更」

俯く杉本に箕浦は目を見開く。

「何を……黙っている杉本」

「彼は考えている最中だよ

減った三発分の銃弾についてどう言い訳をするかをね」

指さした先の杉本は冷や汗をかき、黙り込む。

「オイ杉本! お前が犯人の筈がない!
だから早く銃を渡せ!」

箕浦は部下の無実の為、そう命令する。
杉本は漸く銃を取り出したかと思えば、カチッと音を鳴らして撃鉄を起こした。

「マズい」

「乱歩さん!」

バッとアリスが乱歩の前に出て杉本の銃の標的になる。咄嗟の行動に僅かに手を動かし、異能を発動しようとしたが

「行け敦君!」

笑顔で太宰が敦の背を押した。

「止めろ!」

敦は杉本の背後から飛びかかり、手を掴みあげ銃口を天へ向ける。

ズドンッと云う発砲音が響き渡り、敦が杉本を地面へ押さえ付けた。

「お、やるねぇ」

押さえ付けた杉本の腕には傷のない腕時計が輝く。

「放せ! 僕は関係ない!」

「逃げても無駄だよ」

乱歩が彼の前に片膝を付く。

「犯行時刻は昨日の早朝。
場所はここから140(メートル上流の造船所跡地」

「なっ何故それを……!」

驚愕した杉本に乱歩は言葉を続ける。

「そこに行けばある筈だ。君と被害者の足跡が、消しきれなかった血痕も」

「どうして……バレるはずないのに……」

箕浦が落胆した彼の肩に手をかけ、手錠を取り出す。

「続きは職場で聞こう。お前にとっては……元職場になるかも知れんが」

─────────取調室1

室内には箕浦、杉本、そして乱歩。

マジックミラーの向こうには太宰、敦、アリスが中を見る。

撃つ心算は無かった。

そう始まった杉本の供述。

被害者の山際女史は政治家の汚職事件を追っていた。その中で予想外にも大物議員の犯罪の証拠を掴んでしまった。
それに気づいた議員は権力を駆使し、警察内に内通者(スパイを送り証拠をもみ消そうとしたのだ。その内通者(スパイこそが杉本巡査であった。
彼は警察官に憧れていた。しかし、試験に三度も落ち落ち込んでいるところを議員に声を掛けられた。

─────警察官になりたいか?

その声は、絶望していた彼には甘い誘いであり、その話に食いついた。彼は、市民を守るために警察官になりたかったはずだったのにも関わらず、いつの間にやら、ただ『警察官』になりたかっただけになっていた。

彼女を殺したのか!? という箕浦の問に顔を上げて否定する杉本。彼女に警告をするだけだったと云う。
しかし、彼女はそれに応じなかった。撃つ心算はなかった、だって彼は自分の命を脅しの材料に使ったのだから。
それを止めたがために、山際女史は銃口を自分に向けてしまった。

このままでは殺人犯。警察にもいられなくなる。
しかし、彼には頼れる人間は一人しかいなかった。

議員の指示通り、マフィアの仕業に見せるため遺骸に二発撃ち、川へ流した。

「山際が入手したという証拠品はどこだ」

答えない杉本に箕浦が机に手を叩きつける。

「その議員は山際の仇だ! 云え杉本!」

乱歩が杉本の背後に周り、優しく手を肩に手を置く。

「ねぇ、杉本君。
彼女の最後の台詞(セリフ(ててみせようか─────ごめんなさい」

「……本当に……(すべてお見通しなのですね……」

涙を流して机に伏せた。

証拠は机の抽斗、そう云って黙った。

───────探偵とは難儀な物で、犯人を完全に追い詰めるわけにはいかない。

それを見た後、廊下で三人は話しながら歩いていた。

「凄かったですね乱歩さん!
真逆全部(てちゃうなんて【超推理】本当に凄いです」

「……半分、くらいは判ったかな……アリスは?」

「同じくらい。多分分かんないのは同じところよ」

と話す二人にキョトンと敦は「判ったって……何がです?」と問う。

「だから先刻(さっきのだよ
乱歩さんがどうやって推理したか」

「え? だってそれは能力を使って……」

「あ、敦君まだ知らなかったのねぇ」

「あのね、実はね、乱歩さんは能力者じゃないのだよ」

「へ!?」

「乱歩さんは異能力者揃いの探偵社では珍しい何の能力も所持しない一般人なんだ」

「あ、あと因みに26歳よ」

「え!?」

驚きの連続に敦が固まる。

「本人は能力を使ってる心算みたいだけど」

しかし敦の疑問はひとつだ。どうやって事件の真相を(てたのか。

「彼、云ってたよね。『偽装の為だけに遺骸に二発も撃つなんて』って」

「でも、三発撃たれてるでしょう?
普通ならそれを見たら『三発同時に撃った』って思うじゃない?」

「そう。バンバンバンで、死亡」

「あ……」

「つまり彼は一発目で被害者が死んだことを知っていたのだよ」

「そんなことを分かるのは、法医学者とか医者とかその道のプロか……」

「……犯人だけ」

廊下にて始まる答え合わせに敦は導かれる答えを理解する。

「その通り」

「でも犯行時間も(ててましたよ?
『昨日の早朝』だって」

「遺体の損傷が少なかったから川を流れたのは長くて一日。昨日は火曜日、平日よ」

「なのに遺体は私服で化粧もしてなかった
激務で残業の多い刑事さんが平日に私服でかつ、化粧もなしとくれば死んだのは早朝。一応推理できる」

「ほかの、犯行現場とか銃で脅したとかはどうやって……」

「そこまではお手上げだよ
乱歩さんの目は私なんかよりずっと多くの手掛かりを捉えていたのだろう」

「私達が判ったのは犯人までね。
それ以上の証拠はなんとも」

と踵を返し肩を並べて歩く二人に敦はまた問を投げる。

「あ、でも! 彼女の台詞(セリフまで(ててましたね」

「うん、あれはね……彼女には交際相手はいないって話だったよね。
でも、彼女の腕時計は海外銘柄(ブランドのものだ
アリスならそんなもの、自分で買うかい?」

「独り身ならもっと身の丈にあったのを買うわよ。
勿論、ペアになりうる同じ機種(モデルのないものをね」

「そう。そして、巡査の腕時計は同じ機種(モデルの紳士用だった」

「っじゃあ、あの二人は」

気づいたらしい敦は目を見開き、瞠若する。

「アリス、君なら早朝に呼び出されて誰ならば化粧もせずに駆けつける?」

眉を顰めて彼女は太宰を見遣る。太宰はどことなく真剣な目をしていた。

「そうね、身内か、余程心を許している昔からの友人か、太宰くらいかしら」

「だろうね。そして、同じ機種(モデルの腕時計を付けてるとなると」

「恋人同士だった。職場にも秘密の。
だから、彼女の顔を蹴り砕けなかった。そうしないとマフィアの仕業に見せかけられないと判っていたのに」

「却説敦君、これで判ったろう?」

「なにがです?」

クスリと笑ったアリスにニッコリと振り返る太宰。

「乱歩さんのあの態度を探偵社の誰も咎めない理由がさ」

─────「……世話になったな」

箕浦に見送られ四人は署の外にいる。
彼は乱歩の力を見てどうやら認めたようだった。
これで良好な関係を築ければいいのだが。

と、アリスは苦笑して認め合う二人を見ていた。

幾分か乾いたにも関わらず服が濡れているのは代わりない、ということで今日は直帰でいいと社長から許可を得て、敦に乱歩を頼み帰宅すれば太宰も彼女に続いて部屋へ上がってきた。

「……ちょっと太宰」

「良いだろう? なにも初めてなんて清らかな関係じゃあないんだから」

「……久々の血に盛っちゃったならそこらで女でも引っ掛ければ?」

「やだなぁ、もう私はアリスだけだよ?」

「信用ゼロ」

「私は」

グイッといつもより力が込められた手によってアリスが壁に押し付けられる。

「アリスでしかもう、満足出来ないさ」

ニッコリと笑った太宰に彼女は顔を歪めた。

「処で、アリスなら私の顔を蹴り砕けたかい?」

「……さぁ? その時によるわね。
でも、貴方が私をまた裏切ってどこかに行くなら、ちゃんと私が叩き砕いて、殺してあげる」

────その時はマフィアとして。

「それは楽しみだ」

「織田作の言いつけは守らねばならないもの」

彼女の一言に真意を汲み取った彼も笑った彼女に倣い笑顔を浮かべた。

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