総帥の失言

(3/4)

しまった、と思ったときにはもう遅かった。
凍りついた空気はもう戻らない。

言ってはいけない言葉だった。
この俺が、今ここで、こいつらの前で、
絶対に言ってはいけない言葉だった。

「つまんねぇよな、こういうの」


違う、と弁明しようにも
強い否定は余計気を使わせちまう。

だからと言って何事もなく済ませられるほど
俺の発する言葉は軽くない。

目の前で固まってるのは
ミヤギ、トットリ、コージ、アラシヤマ。
全員あの島で共に過ごした仲間だ。

俺が何を考えていたかなんてわかっているだろう。
だからこそ凍りついたんだ。


「すんまへんけど、わて席外しますわ」
場が凍り付いてから最初に口を開いたのはアラシヤマだった。
不機嫌を隠そうともせず眉間に皺を寄せて立ち上がる。

「オラも、気分転換してくっぺ」
「僕もすまんっちゃけど…こげな気持ちで集中できんし」
ミヤギは呆れたような、トットリは何かを押し殺したような顔で
バサバサと適当に書類を片していく。

「わしもちぃと風に当たって来るかのう」
大袈裟に伸びをしたコージが続いて立ち上がると、
誰も、一度も目も合わさずに部屋を後にした。


ああ、なんて失言をしたんだ。
胃にストレス溜めながら苦手な書類整理やってるこいつらに、
ない脳ミソ酷使して俺を気遣ってるこいつらに、
その努力をすべて否定するようなことを言うなんて。

ふと気が抜けて、あの島の事を考えていた。
あの島での生活を思えば、雑務に追われる今の生活は確かに味気ない。
でもこれは俺が選んだ道だ。

総帥の俺が、ガンマ団内で、俺を信じてくれてる仲間の前で、
絶対に言ってはいけない言葉だった。


「は〜〜〜俺って馬鹿だよなァ」
凹みっぷりを体現するように机に伏して呟いた。
そんな俺のもとに窓から強い光が射す。
みると太陽がカンカンに照っていた。
おっかしいな、さっきまで曇ってたはずなのに。

起き上がって窓を開けると、今度は炎の蝶が飛び込んできた。
なんだこれ?アラシヤマか?
つかあいつら仕事ほっぽって何してやがんだ。
そりゃ怒らせたのは俺だけど。
いや、怒ってるんじゃないか。呆れてんだろう。

蝶はひらひらと俺の視線を誘導する。
誘われるままに窓からテラスを覗き込む、と。

そこには、あの島があった。


「やっぱここじゃ広さが足んねーべな」

まあそうだろうな。
けどやっぱ生き字引の筆はすげーよ。
島一個作っちまうんだもんな。

「あの島の気候は独特すぎて真似できんっちゃ」

確かにこことは湿度や空気が違う。
でも能天気雲が作り出す天気も懐かしい。
あの頃の渇いた匂いがする。

「ヤグラはこんな感じじゃったかのう?」

もしかしてあのヤグラか?
ぜんぜん違うけど、それどっから持ってきたんだよ。
まさかわざわざ地下倉庫から運んできたのか?

「ま、ええんとちゃう?一目でわかればええんやし」

わかる、わかるよ。わかるに決まってんだろ。
律儀に住民の人形まで作りやがって!
いつのまにんなもん用意してやがったんだ。


「おし、んだらこれで完成だべ」
「懐かしいのう」
「昔に戻ったみたいだっちゃ」

「ほなさっそく喧嘩売りにいきます?
あん人、随分と退屈してはるみたいやし?」

アラシヤマの挑発的な瞳と目が合う。


ああもうつまんねぇなんて言って悪かったよ!
わかってるだろ、楽しいんだ!お前らといるとすっげー楽しい!


「さっさと降りてくるべシンタロー!」
「そげんとこで縮こまっちょったら身体に悪いっちゃよ!」
「息抜きも必要じゃろ、たまには羽伸ばさんか」
「はよせなティラミスたちにバレてしまいますえ」

俺は返事もせずに急いで総帥室を飛び出した。
階段を駆け下りながら、赤い軍服を脱ぎ捨てる。

こんなことは今日だけだ。
今日だけ、今だけ、俺のワガママを許してくれ。


真夏の太陽に心が騒ぐ。
この懐かしい気持ちを、どうか、今だけは。



***
ミヤギ、トットリ、コージ、アラシヤマ。
この四人には一族とはまた違った部分で、シンタローさんを支えていてほしい。
あの島で一緒に暮らしたという事実は、他の誰にも、何ものにも代えられないはずだから。




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