うらはら
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「まずい」
「え?」
腕に滲む血を啜っていた同僚は、顔を上げるなりそう言った。
「おめぇの血、まずい」
舌なめずりをして、今度は主語をつけて言い直してきた。
人の身体に噛み付いて傷をつけ、その血を啜っておきながら、なんとも勝手な感想だ。
まずいと言いながらぺろぺろ舐めつけるのにも納得がいかない。
「味の違いてあるんかいな」
「さぁ、でもおめぇの血はまずい」
「なら舐めんときや」
「いやだっちゃ」
何が言いたいのか、何を言ってほしいのか、何がしたいのか、何をしてほしいのか。
彼の言動はさっぱりわからない。
「まずいけど、嫌いやない」
「つッ…」
また噛まれた。今度は指を。
尻尾を振ってじゃれるように噛み付いてくる。彼はまさにしつけのなってない犬だ。
「こげしとると興奮するっちゃ」
「変態」
「…そげかも知らん」
一瞬だけ間をおいて、彼はあっけらかんとした顔で言った。
「なんや、素直やな」
「おめぇの傷だらけの身体に興奮するんだけぇ、変態には違いないわな」
はぁ、と艶めかしい息を吐いて、彼はまた顔を沈める。
今度は肩だ。痛みを感じない程度のゆるい甘噛みを何度も繰り返す。
「なんで噛むん」
「マーキング」
「阿呆か」
「嘘だっちゃわ」
「……」
やがて恍惚とした瞳が、まっすぐに向けられた。
ねだるような視線に、同じく視線だけで頷くと、そのまま唇を食んでくる。
遠慮などする気もない癖に、許されることを確かめたいのだろう。
しばらく啄ばみ合っていると、やはり唇を噛まれた。
それから彼は垂れた血をぺろりと舐めとって、またあの狡猾な視線を寄越す。
「痛ぇ?」
「当たり前や」
「嫌か?」
「いやや言うたらやめるん?」
「まさか」
今更拒めるはずもない。
この身体に爪を立て噛み付いた後、申し訳なさそうに傷口を舐める仕草のせいか、
はたまた、そんな獣のような彼を愛しいと感じてしまったせいか。
今更、拒めようはずもない。
「やっぱりまずい」
何が言いたいのか、何を言ってほしいのか、何がしたいのか、何をしてほしいのか。
彼の言動はさっぱりわからない。
けれど、このままでいいのだ。
きっと彼の感情を理解してしまったら、この関係は終わるのだろうから。
***
イチャコラしてるアラトリが書きたくて書いた。反省はしていない。
トットリは舐めるとか齧るとか、そういう行為が好きそう。
「うらはら」という言葉の意味を調べたら"表と裏"とか"背中合わせ"とか"あべこべ"とかがあって、まさにアラトリだなーと。
自分のものにしたくて、傷つけたくて、わかってる癖に知らないフリして、
トットリの言動も、アラシヤマの思考も、二人の関係も、まさに「うらはら」。
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