「孤爪くん!!」
「…………なに」
「おはよう!!!!!」
「っ声大きい、やめて、いきなりどうしたの」
翌朝、張り切って孤爪くんに挨拶をしようと意気込んでいつもより少しだけ早く登校して孤爪くんを待った。孤爪くんが来るより早く教室に行くんだ!って意気込んで来たけど、よく考えたら孤爪くんは朝練で基本的に私よりも教室に来る時間が遅いから、いつもと同じ時間に来ても孤爪くんより早く来れるんだった。とんだ空回りだ。
普通に…挨拶は至って普通に…と心がけながら気持ちを落ち着かせていると目当ての人物がガラッとドアを開けて教室に入ってきた。そのまま数人に声をかけられている彼はいつものようにペコっと頭を下げたり、男子にボソッとおはよと返事をした後に私の隣にある自分の席にやってきた。
そして冒頭に戻る。
普通ってなんだっけ?!私の普通って一体どんなだっけ!?と暴走した結果、教室に響き渡るくらいの声量で叫んでしまった。顔が引きつる。みんなの視線が半端ない。孤爪くんの視線も半端ない。やべー、やらかした。これは確実に。孤爪くんの顔見てみ?やらかした以外の何者でもないっしょ。
「……………」
無言のままフイッと視線を逸らした孤爪くんは、そのまま私に目も合わせずに俺は関係ないですとでも言うように席についた。そしてそのままスマホを取り出してすぐにゲームを始める。完全に逃げられた。これは完全に失敗した。
「こ、孤爪くん…………」
「なに」
目線はゲームの画面のままこちらは見てくれない。けれど返事を返してくれただけでも今はとてもありがたい。無視じゃなくて良かったと安心する。マジで。
「ホントにごめん、ちょっと声大きかった」
「………ちょっと?」
あれで?とでもいうように視線を向けられる。やっと見てくれた!と一瞬心臓が跳ねたが、向けられた視線の冷たさに別の意味で今度は心臓が飛び跳ねた。これは完全に怒っている。
「館さん基本的にうるさいけど、おれの前では静かだったのに」
「え!?し、静かっていうか抑えてただけっていうか……とにかくごめん!戻す!いつも通りに!」
「………別にいいけど、あんなにうるさいのは嫌」
眉間にシワを寄せながら孤爪くんはまたゲームへと視線を移行する。物凄い動きで画面を叩く指に私も視線を向ける。
「私、今まで孤爪くんの前で猫被ってたんだけどさ」
「…………」
「今日から、やめるね」
「クロに言われた?」
「え!?なんで知ってんの!?」
「やっぱり」
ハァ、と一つため息をついてスマホを置いた孤爪くんは顔だけではなく体ごとこちらを向く。いかにも面倒ですとでも言うような表情を崩さず、孤爪くんは言葉を続けた。
「おれは目立つの嫌いだし、うるさくはしないでほしい。話しかけるなとは言わないけど、館さんってただでさえ目立つのにあんな大声出されるのは嫌」
「そうだよね!ごめん!他にも嫌なことあったらすぐに言ってね!気をつけるし!」
あれ、もしかして今のも声でかかったかな。失敗したかも。でも孤爪くんはそれには何も言わなかった。今は何言ってもから回って声が大きくなりそうだし、しばらく話さないでおこうと私も前を向く。その後授業が始まるまで孤爪くんもこちらを向くことはなかった。
「ひそか、朝の何あれ。めっちゃ笑ったんだけど」
「………別に何がってわけではないんだけど、今まで孤爪くんの前では孤爪くんに合わせて私も静かにしてみてたけど、そろそろ素を出してみようかな〜みたいな?」
「どんな心境の変化だよ、ウケる」
友人たちは幸いツッコむのみでそれ以上のことは追求はしてこなかった。孤爪くんを完全に面白い人物として見ている友人たちからすると、そんな彼にまたいきなり絡み出した私も面白い対象でしかないらしい。
昨日黒尾先輩に難しいけど頑張ると言ったのはどこの誰だったのかというようにいきなりフルオープンで行った私も悪いんだけど、それでもこれからもあのノリで孤爪くんに話しかけて良いものなのか迷う。あっ、言っておくけど普段の私でもさすがにあそこまで大声ではない。あれは気が動転して焦っていたからです。言い訳。
「お、きたきたー!研磨おかえり〜」
「………」
「無視すんなって!親友がせっかく話しかけてるのに!」
「………」
今日も今日とて孤爪くんが教室へと帰ってきた。え、帰ってきた!?もうそんな時間!?メイクもチェックしてないしリップもまだぬりなおしてない!急いでぬりなおそうかと思ったけど、そのまま研磨くんは黙ってなおピから席を奪い取り次の授業の用意を始めてしまった。話せなかったけど顔は見られなかったからちょっとラッキー。一応リップだけは塗り直そう。
みんなも各々の席に散っていき、先生が来るのを待つのみとなって教室はザワザワとし始める。孤爪くんは相変わらずアプリゲームを熱心にしていたけれど、ちょうどキリが良くなったのか一度その手を緩めた。そのタイミングを逃さずすかさず話しかける。
「ねぇねぇ、孤爪くんがこの前フレンドになってくれたおかげでボスが倒せたの!見て!」
「…ほんとだ」
「でも次の敵が、孤爪くんがいても私のパーティが弱いせいで倒せない…」
もしかしたら話のきっかけになるかもしれないと不純な気持ちで始めてみたこのゲーム。確かに最初はそこまで興味がなかったもののだんだん楽しくなってきて、最近は以前よりもしっかりやり込めている。
それにフレンド選択画面を開くたびに表示される"kz_ken"というIDの超強いキャラクターが登場するたびにテンションも気分もあがってしまうため、今じゃ家に帰ればフレンド選択リストが見たくて隙あらばゲームをしているくらいだ。
「………ちょっと貸して」
「え」
あろうことか孤爪くんは私のスマホを奪い取ってゲームを操作しだした。孤爪くんが…私のスマホを…持っている!?やばい。何?この光景。写真に撮りたい。あっでもそのスマホは孤爪くんが持ってるから撮れない!悔しい。目に焼き付けなくては。とその光景を凝視していると、操作を終えたらしい孤爪くんが「はい」とスマホを返してきた。
受け取る時にほんの一瞬触れ合ってしまった指に心臓がドギャッと変な音を上げる。口からはンギャっと小さい変な声が出た。出てしまった。最悪だな。そんな私を怪訝な顔で見つめながら、小さな声でポツポツと話しだす孤爪くんに全神経を集中させる。
「次の敵、火だから。パーティ属性水で揃えておいた。俺のメインも水にしておくよ」
そう言うと自分のスマホでゲームを起動してフレンドに表示されるメインキャラクターの属性を変えた。私のために、キャラクターを変えた。私のために、パーティを組んでくれた…!
私のために。何回でも言う、私のためだ。
「ありがたき幸せっ…!!!!」
「その変なキャラ何?やめて」
あぁ、最高すぎる!パーティ画面もフレンド画面も全部スクショしておこう。スマホを胸に抱えて嬉しさに悶えながら、これは黒尾先輩に絶対報告しなきゃならないと幸せを噛みしめた。
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