恋はDYNAMITE


孤爪くんを好きになったのは一年生の、冬が到来する頃の話だ。

たまたま別の学校に進んだ中学時代の友達がマネージャーを務めるバレーボール部が、音駒高校と練習試合をするって言うから、じゃあそれが終わったら久しぶりに会おうよ!となった。そして、どうせなら私のマネージャーっぷりも見てけ!と早めに集合させられて、無理やり試合の様子を見学することになったのだ。

私は部活には所属していないし、バレーボールの知識は体育の授業で習った程度のものしかない。そんな初心者でも上手いのだとわかるくらいには、初めてみる我が校の男子バレーボール部は結構実力があるらしく、素人目にも上手く見えた。へぇ〜凄いじゃんとしばらくぼーっと眺めてみたけど、元々興味が薄い私は段々プレーにも飽きてきて、選手たちの顔を見ながらイケメン探しを始めた。仕方ないじゃん、みんなもそういうことするでしょ。

相手校の選手にちょっとかっこいい人いるな〜。としばらくその人を見ていたら、1セット目が終了した。ゾロゾロのコート外に移動して何やら話し込んでいる。相手校のイケメンはこちらに背を向けてしまったので、目線を音駒高校の方へと戻した。

背の高い変な髪型の先輩がいる。あれはたぶんクラスの子が、「かっこいいけどあの髪型は何なんだろう、セットなのかな」ってこの前話してたクロオ先輩だ。背は低いけど、あの1人だけユニフォームの色が違う人もかっこよくて可愛いな。可愛げのある人が好きだから、この人はかなり好みかもしれない。しばらくその先輩をジッと見ていると、視界から隠れた場所からヒョコッと黒髪のボブっぽい男の子が出てきた。

あの子も選手?さっきコートにいたっけ、あんまり覚えてないや。猫背だしやる気なさそうだし、どこからどう見てもスポーツをしている人間だなんて思えない。それでもあの輪の中にいるってことは、そこそこ実力があるってこと?なんて思いながらジッと観察をしていると、あっという間に2セット目が始まった。

密集していたから顔があまり見えなかったけど、コートの中に入ったその男の子の顔を見たら誰だかわかった。あれ、多分なおピのクラスの陰キャくんだ。たまに教室に遊びに行くと1人でゲームしてる姿を目にする。普段はそんな陰キャくんなんて全然記憶にも残らないし、興味もないけど、チラッと見えた顔が結構私のタイプで覚えていたのだ。ぐるぐる撫で回したい感じの見た目をしている。だからと言って、陰キャすぎて近づこうとかはミリも思わなかったけど。

教室の隅でゲームをしている姿しか知らないから、本当にスポーツができるのか、しかもレギュラーに入っているのかと疑問に思う。もしかしたら練習試合だしみんなが出れるように配慮されてるのかも。なんて思っていたら、彼は華麗にボールを操って次々とみんなの所へと飛ばしていく。え、ちゃんと上手じゃん!なんて失礼ながらに驚いた。そのまま観察を続けていると、どうやら彼はレギュラーの一人で、練習試合だから試合に出ているわけではないらしいというのがハッキリとわかった。

全然動かないし、目立ったプレーも特にないし、やる気もなさそうに見える。けどなんか目で追っちゃうんだよなぁとそのまま見続けていると、相手校の同じポジションの人に何かを言われたのか、ムッとした顔をした。観察してたからわかったくらいの、ほんの少しの表情の変化だけど。

それでもやる気のないような背筋に変わりはなく、忙しくコート内を駆け回るということもない。点を入れられて取り返してが繰り返されていく。表情を変えたのはさっきの一瞬のみで、その後も変わりなく定位置に立ちながら、味方から飛んできたボールを手に収め、そこからフワリと綺麗に仲間に飛ば……さなかった!

ガバッとついつい前のめり気味になってしまった。今までのように味方スパイカーの方へと上がっていくと思っていたボールは、ストンとそのまま相手コートへと落ちた。これ知ってる、授業でバレー部にやられてめっちゃムカついたやつだ!

そのボールが床についた瞬間、本当の本当に一瞬のことだった。フッと目を細めて口角をわずかに上げた顔が、先ほどのダルそうな表情からは想像のできないくらいに挑発的で、そのたった1秒にも満たないほどのわずかな時間で、私の心臓は見事に射抜かれてしまった。

驚く程に簡単に。恋に落ちるのは一瞬だというのを身をもって知った。ドキドキと鳴り響く心臓が、うるさくて痛くて変な感じがした。あ、好き、好きだ。私は単純で馬鹿だから、そう思ったらそうとしか思えなくなってしまって、本当に呆気なく転がるようにして彼のことが好きになった。

それ以降私は地味に地味に彼のことを少しずつ調べていった。陰キャくんと心の中で呼んでいたその子の名前は、孤爪研磨くんと言うらしい。誰にも打ち明けることなくそっと想いを寄せ続け、二年生進級時に同じクラスになって一人嬉し涙を流し、さらに席替えで席が隣になって喜び舞い上がる日々を送っていた。

べつに、孤爪くんに恋をしていることが恥ずかしくて誰にも言えないわけではない。ただ、孤爪くんは目立つのが苦手で、派手なグループもたぶん苦手で、きっと私も苦手な部類なのだ。

友人たちを信じていないわけでも、面倒に思っているわけでもない。けれどちょっとでも友達に漏れたりしたら、絶対孤爪くんに絡み出したり、何かしらのアクションを起こすだろう。そういうやつらなのだ。無駄な気を使ってくれる。優しさからだ。私の邪魔をしようとするのではなくて、私を想って。見た目から怖がられることは多いけど、ギャルは基本優しい。好きになった相手が他の男の子ならありがたいかもしれない。でも孤爪くんだと、絶対それが逆効果になることが目に見えている。

優しさだとわかっていても、今、特に拒絶もされずに会話ができている日々を壊したくないのだ。会話と言っても一言二言だけど。会話っぽいことができたこの前が、本当に本当に貴重だっただけだけど!


「黒尾先輩だっけ?部活中やばいらしいから見学行こうよ」

「やばいって何が?急にどしたん、なおピ先輩狙い?」

「勝ち目ないよ」

「別に狙ってないですけど〜!?てかなんか新しく入ってきたリエーフ?とかいうハーフめっちゃ顔良い」

「まじ?どこハーフ?」

「ロシア」

「いく、見に行く」


今日もワイワイと騒がしい我がグループは、放課後何するかと教室でダラダラ決めていたところ、まさかのバレー部への見学に行く流れとなった。これって必然的に孤爪くんのバレーも見れるよね?やばい、テンションかなりあがった。ありがとうなおピ!


「お〜やってるやってる」

「ジジィかよ」

「つかひそか今日大人しくね?」

「別に何でもないのでご心配なく!いたって普通なのでご心配なく!」

「別に心配はしてないけど、そのテンションなんなん?」


バシバシとボールが床に叩きつけられる音とともに、キュキュッと鳴る靴の音。いろんな音が混ざり合って騒がしい体育館のギャラリーに私たちはやってきた。


「あっいたいたハーフくん!あの子じゃん背高いやつ!」

「……ありゃイケメンだわ」

「勝ち目ないよなおピ〜」

「みぃちゃんそればっかじゃん喧嘩売ってる?」


リエーフくんの姿を確認すべく盛り上がる友人達を置いて、私は一人とある人物を探す。孤爪くんは少し離れた場所でトスをあげていた。力強く元気に飛んでいるあの人は……確か山本くん?だっかな。そんな山本くんとは正反対に、いつも通りの猫背で脱力感の漂う姿勢のままバレーをしている。


「ねぇ、あれ孤爪じゃね?」


なっちの言葉に思わずビクッと体を揺らした。


「マジだ、孤爪ってバレー部だったの!?どっからどう見ても帰宅部じゃん!運動部とかウケるんだけど!」

「見た感じやる気ないのに意外と上手いじゃんね」

「……孤爪くん、レギュラーなんだよ」

「まじ〜?!」

「うちのバレー部ってそこそこ強いんじゃなかったっけ?」


山なりにレシーブされたボールが孤爪くんの方へ飛んでゆく。孤爪くんは頭の上に到達したボールを、ふわりと操るようにスパイカーの元へと正確に飛ばした。かっこいい。思わずニヤけそうになる顔を必死におさえた。


「お、休憩じゃん」

「ハーフくん呼ぼ。リエーフだっけ名前」

「リエーフ〜!!頑張れ〜!!!」


知り合いですとでもいうかのような馴れ馴れしい態度で、いきなり話しかける友人たちに、呼ばれた本人はびっくりした様子を一瞬見せた。まぁ当たり前だよね。だけどその次の瞬間には満面の笑みで、「めっちゃがんばります!!!」と大きく手を振ってくれる。顔も良ければ体格も良い。そんでもってコミュ力も抜群。思っていた以上にリエーフくんは凄い子っぽい。

チラリと、ほんとうにチラリと一瞬だけ孤爪くんに見られたような気がして、急いで視線をそちらへ向けた。けれど孤爪くんはゴクゴクとドリンクを飲んでいるだけだった。私の勘違いか。さすがに自意識過剰過ぎてちょっと恥ずかしくなった。あーでも胡座をかいて座ってるの、とても良い!片手でドリンクを一気飲みするのも、普段の教室での様子からはあまり想像できない仕草でグッとくる。

思わず胸に手を当ててハァと息をこぼした。今日も孤爪くんが最高っ!!




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