昼休みに教室の一角を陣取って、机を並べてキャッキャしているのは我がグループである。元気、明るいと言えば聞こえはいい。派手な容姿に派手な性格。いわゆるギャルというカテゴリーに属するこのグループは、今日もワイワイと盛り上がっている。
「みぃちゃん今日可愛くね?デート?」
「わかっちゃった?今日は放課後デートで〜す」
「彼氏大学生だっけ、羨ましー」
クラスの他の子たちよりも短めのスカート、他の子たちよりも色素の薄い色の髪の毛をくるくるに巻いて、他の子たちよりも濃いメイク。恋愛だって他の子たちよりもたぶん派手だし、経験豊富。これが他から見た私たちのグループのイメージだろう。
それはとても当てはまっている。
「そろそろ彼氏また作ろっかなー。ね、ひそか!」
「え?そ、そうだねぇ〜欲しいね彼氏」
ただそれは、私を除いての話なのだ。
他の子たちよりも短めのスカート、他の子たちよりも薄い色の髪の毛をくるくる巻いて、他の子たちよりも濃いメイク。それはみんなと変わらない。けれど恋愛に関しては慎重なのだ。経験豊富なんて程遠い。みんなの恋愛話はたくさん聞いているけれど、私自身の話すネタはこれっぽっちもない。
しかし、好きな人はいる。
「うちも彼氏とイチャイチャしたーい、前の社会人とヨリ戻そっかな」
「やめとけって、高校生狙う大人とかキモいだけじゃん」
「どうせデートとか言いながらまたご飯からのホテルの繰り返しだよ。前それで泣いてたのなおピじゃん」
「そーだけどさー!」
みんなの会話を聞きながら、手鏡を取りだして前髪をチェック。メイクが崩れていないかサッと確認してグロスをぬり直す。現在時刻は12時56分。あと4分で午後の授業が始まる。そして私たちが占領する机の一つの所有者、孤爪研磨くんが教室へと帰ってくる時間だ。
「…………」
「孤爪くん」
「…………」
「今日も机ありがと!」
「……うん」
私たちには近寄りがたいのか、占領されている机を遠くから毎日眺めては、教室の入り口付近でため息をつく孤爪くん。それを見かけては声をかけてこちらから彼を呼ぶ。そうするといつも、聞き逃してしまうかもしれないくらいの超小声だけど、ちゃんと返事をしてくれる。
「彼氏もいないのに授業にも出なきゃとか、やってらんねー!」
「なにその謎理論」
「ひそかだって彼氏欲しいっしょ?」
「そうだねぇ、欲しい。彼氏はマジで欲しい」
「珍しくひそかが食い気味」
「んじゃー今度合コンすんべ!合コン!」
ウェーイと最後まで騒がしくしながら、各々の場所へと帰っていく友人達。それを見届けてから素早く教科書をロッカーから取り出して席につく。
隣に座る孤爪くんは、やっと落ち着けたとでもいうような安堵の表情を浮かべながら、今日もゲームに熱中している。チャイムが鳴っても先生が来るギリギリまで粘る姿をぼーっと見ていると、不意に顔を上げた彼とパチリと視線が合った。
これは、話しかけるチャンスだ!
「そのアプリゲームって難しくない?」
「……やってるの?」
「うん。毎日孤爪くんがめちゃやり込んでるの見て、面白いのかなぁって思って」
「………そう」
「でも全然ボス戦まで辿り着けないんだよね。やってもやっても負けちゃうの。どうすればいいんだろ」
「………レベル上げて武器強化してフレンド特効揃える」
「なるほど!参考にしよ!」
少しでもいい。ほんの少しでもいいから共通点が欲しい。ゲームには正直そこまで興味ないけど、孤爪くんがやっているのをみて同じのをダウンロードしてみた。
何とかして話題を手に入れたい。何とかして話しかける口実を得たい。どんな形でもいいから少しでも私に興味を持って欲しい。不純な動機かもしれないけど、それでも出来る限りのことはしたい。
「こういうゲーム、やるんだね。館さんも」
「本当はゲームとか普段はあんまりやらないんだけど、やり始めてみたら結構楽しくてハマってる!」
「へぇ」
「そうだ、孤爪くんフレンドなってよ!ボス倒したいし!」
「…………え」
「いーじゃん!お願い!ホラ、これ私のID!」
「……………………」
チラチラとこちらを見ながら、おずおずとIDを入力してくれる孤爪くん。タイミングを見計らって、いつかフレンドになりたいと思っていたけど、まさに今がその時だ。少し強引にでも誘ってみればちゃんと登録してくれる。そして孤爪くんは優しいから、一度登録したら知り合いをフレンドから外すことはたぶんない。ないと思いたい。
「……弱」
「失礼だな!これでも頑張ってるのに!」
「…………」
「てか孤爪くんすごくない!?なにこのレベル!装備も見たことないのばっかなんだけど!孤爪くん一人でボス倒せるんじゃない!?」
「さすがにそれはない」
会話が、できている。会話と言っていいのかわからないくらいに、一方的に私が喋り倒している気もしなくもないけど。それでもとても嬉しい。なかなか口を開かない孤爪くんは、さりげなく話しかけてもいつも一言二言で終わってしまう。最悪目線だけくれて無視だ。それなのに!今日はフレンドにもなれたし、こんなに会話が続いた!とってもいい日だ。神様ありがとう!
喜びに浸っていたら先生がやってきた。もう少し遅くていいのに。そしたらもっと話せたかもしれないのに。
机の中に入れようとしたスマホがブルッと震えた。アプリを開くと、「彼氏いない組、放課後マック」となおピから短いメッセージが届いている。彼氏いない組なんて言い方しないでよ!と思いながらも、了解のスタンプを押した。
今のこの気持ちの昂りを話したい。いつもよりたくさん話せたんだよ、共通の話題も出来たし、フレンドにまでなれたんだよ!みんなに聞いてほしい。でも言えない。私が恋をしているだなんて。しかもその相手が、孤爪研磨くんだなんて。
彼氏が欲しい?欲しいに決まってる。だけど私はただ男とイチャイチャしたいわけではない。好きな人と付き合って、好きな人とイチャイチャしたい。孤爪くんとのそういうのは全く想像できないけど、それでも私が好きなのは、隣の席のこの静かな男の子なのだ。
見た目そこ金髪だけれど、目立つのが嫌いで、目立つ人もたぶん苦手。決してうるさくはせずに、いつも教室の隅で1人ゲームをして、極力人と絡まない。
私たちとは正反対の人物である。
それでも私は、わかりやすく簡単に言えば、超が付くほどの陰キャである孤爪くんのことが、本気で好きなのだ。
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