恋は時に急ブレーキ!


あの放課後の出来事から早数日。あれからお互いに何だか気まずくなってしまった私たちは、挨拶はすれどそれ以外の会話がほとんど一切無くなってしまった。

なんということだ。馬鹿な私でも事態は確実に悪い方向に進んでいることだけはわかる。前みたいにノリとテンションに任せてギャーギャー突っ走っていきたいのに、どんな内容でどんな勢いでいけば正解なのかが全くわからない。

仲間達からはギャルが廃ると言われてしまったが、こちとら見た目だけギャルとか知らん同級生に言われているくらいなんだぞ!あれを聞いたときはムッとしたけど、今は何も反論ができなくて辛い。自分でその呼び名をちょっと受け入れつつあるのも辛い。

今日も孤爪くんとは何も話せなかったとへこみながら帰り支度をしていると、席を立った孤爪くんがスッと私の机の前に立った。びっくりして教科書を仕舞う手が止まる。そんな私を見ながら孤爪くんは「今日、予定は?」と私にしか聞こえないような小さな声で問いかけてくる。


「なにもないけど…」

「じゃあ準備して」

「はぁ」

「早く。みんな来ちゃう」


目の前の孤爪くんは表情と言葉の強さから若干イライラしているのがわかる。とりあえず言われた通りにさっさと鞄に物を詰め込んだ。課題以外の教科書はほぼ置き勉だし、特にこれといった手間もかからないのですぐに支度を終える。すると急いだ様子の孤爪くんはスタスタと早歩きで教室を出て行ってしまった。

いつもダラダラと歩いているのに今日めっちゃ早いじゃん!と言葉をかける間もなく行ってしまうので慌てて追いかけ靴を履き替える。校門を出てしばらくしても孤爪くんは速度を落とすことなく、私はヒィヒィ言いながらもはやほぼ走っている状態でついていくしかなかった。


「こ、孤爪ぐん…!限界!帰宅部にはもう限界ですっ…!」


学校からだいぶ離れたところで私の体力の限界が来た。こちとら中高筋金入りの帰宅部だ。体力の無さは誇れるレベルなんだぞ!

無言で立ち止まった孤爪くんは、私を一度振り返ったあとにすぐに体を元の方向へと戻して、いつものようにゆっくりと歩き始めた。


「土日は一日中練習と練習試合があったから、今日は部活は休み。急いだのはクロたちに見つかると面倒だから。他の人たちに見られるのも嫌だし学校からは少し離れた」


急にペラペラと話し出す孤爪くんに上がった息を整えながら驚いていると、「いろいろ聞かれる前に答えといた」といつも通りの表情のない顔で言われる。


「疲れた。もうここでいい?」

「どこでも、いいですけど…」

「じゃあ、こっち」


少し広い公園のベンチに二人して腰掛けた。幼稚園帰りの子供たちが遊具で元気に遊んでいて、その近くでは親たちが雑談に花を咲かせている。このベンチは公園の奥の少し隠れた場所にあるので、声は聞こえるもののその姿はここからはよく見えない。

キャッキャと響く楽しそうな子供達の声をBGMに私と孤爪くんは黙ったまま。時間だけがゆっくりと流れていくのに、私の胸の鼓動はずっと早くてなんだかアンバランスだ。


「………なにか話してよ」

「無茶振りが激しい!」


いきなりこんな所まで連れ出したのは孤爪くんなのに!訳もわからずついてきたけど、もしかして孤爪くんも無計画なんだろうか。


「あっそういえば!あの敵倒したよ、やっと!」

「知ってる。プレイマップ進んでたよね」

「相変わらずフレンドの状況まで把握してるのすごい…」

「次のマップいきなりレベル上がるからつまずいてるんでしょ」

「全部おわかりで!!!」


ん、と手を出される。目の前に出された手をどうしていいかわからず、お手よろしくその手に自分の手を重ねてみると「馬鹿じゃないの」と心の底から蔑むような声と顔を向けられた。乙女のハートはガラスだって言ってんじゃん!


「ゲーム」

「あっはい」


よろしくお願いしますとスマホを差し出すと勝手知ったように私のスマホを操作してゲームを起動していく。いつものようにパーティを組む画面でキャラクターや武器を確認する孤爪くんを見つめる。すいすいと動く指が綺麗だなぁと思っていると、フッと顔を上げた孤爪くんが膝に乗せていた私の手を見ながら「館さんの手も綺麗だと思うけど」と言った。


「…え!?」

「口に出てる」

「マジで!」


アワアワと慌てている私をよそに再度ゲームへと視線を戻した孤爪くんは、そのまま「この前さ」と話を切り出した。


「おれに館さんのこと好きなのかって聞いてきたけど、館さんはどうなの」


突然切り出された話題に目を丸くしながら孤爪くんを見る。それでも孤爪くんはゲームから一切手を離さない。


「え、な、なんで!?」

「おれに聞いておいて自分は答えないの」

「孤爪くんだって答えてはないじゃん!!」


手の先をブルブルと震わせながら反論するも、それに続く言葉は出てこない。好きだけど!?去年からもうずっと孤爪くんしか見てないけど!?と言いたいけど、そんな勇気が湧いてこない私はただその場で固まることしかできなかった。

孤爪くんに恋をしてから自分がこんなにもヘタレだったことに気がついた。前まではきっと私も恋愛したら周りのみんなみたいに積極的な肉食乙女になるんだと思っていたのに!これじゃまるでダメな女だ。


「…………例えばの話なんだけどさ。孤爪くんが誰かを好きになったとして、その女の子が自分とは正反対の見た目をしてたら、どうする?」


馬鹿な質問だと思われるだろうか。それでも聞いてしまった以上もう逃れることはできない。ずるい聞き方だ。でも怖くてこうやって質問することしか出来ない。

さらりと揺れる金髪は染め直していないせいでプリンが目立つ。そこだけは派手なのに、それ以外は私と全く正反対な孤爪くんは数秒考え込んだあとポツポツと口を開いた。


「見た目の印象がどんなに違くても、うるさくても、好きになったならその人と、その人を好きになった自分を信じたいと思う。容姿とか、特に関係ない」

「…………なるほど」

「まぁでも、俺がその人から外見で相応しくないと思われてたら何にもできないけど」


私の馬鹿な質問にもちゃんと答えてくれた孤爪くんは「どう?解決した?」と首を傾げて聞いてくる。そのポーズめっちゃくちゃ可愛いですありがとうと心のシャッターを一枚切って、解決?と聞き返した。


「それが館さんの悩み?」

「えーっと…」

「そんなので悩んでるなら、かなり馬鹿だよ」

「いきなり辛辣じゃん何!?」


ハイっと手渡されたスマホには新しい編成に新しい武器。「これを今度は強化して、ある程度レベル上げたらボス戦に進んで」と先程の会話なんて何でもなかったかのように説明を始めた。

孤爪くんの男の人にしては細くて綺麗な指がなぞるスマホの画面を目で追いながら、チラリと一瞬目線を上げた。顔の横に垂れた髪の毛をすくって耳にかける孤爪くんがとても綺麗で思わず息を飲む。その姿にぼーっと見惚れていると、同じように視線だけをこちらに向けた孤爪くんが控えめにフッと笑った。


「例えばって切り出す話題ってさ、大抵はその人自身の話だよね」


見透かしたように微笑むその姿に私の体温はあっという間に急上昇。チークなのか自分の熱なのかわからないくらいに顔を赤く染めて、変えたばかりのネイルがキラキラと光る指先をわずかに震わせた。


「館さん」


触れる指先を押さえ込むようにして孤爪くんの掌が私のそれを包み込む。至近距離で名前を呼ばれて、どう返事をしていいかわからずパクパクと動かすことしかできない唇を空いている手の親指でスッと撫でられた。少しリップが移ってほんのりと赤くなったその指先がとても艶かしくて、赤い頬がさらにカッと赤くなるのを感じた。

そっと掌で頬を包まれて、握られた手にキュッと力を入れられる。ゆっくりと動き出した孤爪くんに、耐え、きれなくて…………


「うわぁああっご、ごごごごごめんなさいっっ!!!!!!」


逃げた。




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